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帝国海軍の艦砲についてお教えください。 榛名、霧島の装備した四一式36サンチ砲についてなのですが、 1) 四一式」とは何の数字でしょうか? ・明治X年かと思いましたが、そもそも四一式の元になった毘式を積んだ金剛の起工日でさえ明治44年ですので、それより後に開発された砲が四一年というのもおかしな気がします。 ・皇紀かとも思いましたが、榛名の起工は明治45年(=皇紀2572年)ですから、それは考えられません。また、兵器名への皇紀の採用は昭和初期からではなかったかと思います。 ・可能性としては、ヴィッカースでの設計年の明治X年かと思いましたが、毘式の設計年が分かる資料を持ち合わせておりません。 2) 四一式、で間違いないのですよね? http://www.navweaps.com/Weapons/WNJAP_14-45_t41.htm には 「41st Year Type」とあり、これをそのまま訳すと「四一年式」となりますが これは日英の訳の問題であって、日本語での正式名称は「四一式」でよいのでしょうか。 先に検索したのですが、ヒットするのは「四一式山砲」ばかりであり、 陸海軍の間で命名法の違いがあることを考えますと参考になりませんし、 そもそもその四一式山砲でさえ設計年などの情報が分かりませんでしたので行き詰った次第です。 よろしくお願いいたします。 Jack |
- 内令兵で確認できる名称は「四十五口径四一式三十六糎砲」です。
ちなみに、同文書を接収した連合軍では「Type 41」と添え書きしています。
片
- 砲の「〇〇式」とは砲身そのものの名称ではなく、尾栓の形式を言います。 即ち当該砲の「四一式」とは有坂造兵中監が考案し明治41年に内令149号で制式採用されたものの事です。
『砲熕呼称附与法』によって砲の一般呼称が「口径を以てする長さ、尾栓の式、口径」をもってすることが定められたのは大正2年の内令兵11号でのことですが、これはそれまでのものを改めて明文化し直したものです。
なお、当該砲の当初の名称は「四十五口径四一式十四吋砲」ですが、大正6年の内令兵17号により「同 三十六糎砲」に改称されました。
艦船ファン
- 片様、艦船ファン様、回答ありがとうございます。
なるほど、尾栓の形式ですか。
そういえばどこかで読んだような気もしますが、完全に失念しておりました。
ありがとうございます、助かりました。
Jack