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兵隊さんの装備に携帯食料などは含まれているのでしょうか? 戦闘用の装備に加え、食料も自分で持つのか、食べ物は食べ物で専門の部隊が取り扱っているのか気になりました i-min |
- 食料は毎日消費するものです。命がけで銃を撃ちあっているとき、数日分の食料を背負っていたら、数日後どころか今日命を落としてしまいますよね。
最近のことはよく知りませんが、第2次大戦当時のドイツでは缶詰やチューブ(チューブ入りのチーズなどというものもありました)の食料を、1日食い延ばせる程度兵士が持っていたり、中隊(200人くらい)の荷物を運ぶ馬車に人数分用意したりしていました。
通常の食事は中隊の炊事係がまとめて調理して大きな缶で運んできますが、あわせて翌朝までのパンや肉製品も持ってきます。だからその間はパンの切れ端だのソーセージだのを兵士が持っていたわけですね。ソヴィエト兵はそば粉の固い粥(たぶん手に入る材料がいろいろ入っていてそば粉とは限らない)であるカーシャを飯盒などに残したり、干し魚を配給されて持っていたりしました。
そのほか、カフェインがたくさん入った軍用チョコレートが長い行軍の前にめいめいに配られたりしました。
マイソフ
- 日本陸軍の場合、九九式背嚢に入れるもの(入組品)として平時は携帯口糧2日分(合計重量1704g)が指定されています。
実戦では補給困難や強行作戦の為に6日分の食料を携帯する場合もあり、背嚢及び雑嚢へ入れる分量として合計6600gが指定されています。
「帝国陸軍 戦場の衣食住」に陸軍野戦糧食史として食料に関する話が色々纏められています。
薩摩
- 解答ありがとうございます。
持つとしても最低限、稀に多く持つこともあったというところでしょうか。
確かに普段から何日分も背負ってたら戦うのに大変ですよね。
i-min
- 行軍間は部隊に随伴する炊事班が食事の調理と配給をしますが、その材料の供給源は部隊(聯隊大隊など上級組織)の大行李(糧秣被服陣営具を運搬する車輛班)です。
戰闘になると炊事班は後方にさげられて、戰闘の合間を縫って調理された食事が前線に届けられますが、彈丸飛び交う激戰になると第二線あたりまでは配給ができますが、第一線にある中隊にはそれが出来なくなり、中隊長の命令により兵が豫め自分の背嚢に携帯していた調理不要ないし簡單に自分で調理出来る戰闘糧食を食べる事になります。罐詰、乾麺麭、粉末味噌、或いはレーションパックの類です。これは戰闘間も中隊に密着随伴して消費の激しい彈藥を主に供給する小行李(彈藥其の他戰闘に直接必要な器具及び非常糧食を運搬する車輛班)が供給源です。その為兵隊は重量のある大量の糧食を携帯して行軍及び戰闘をする必要はありませんでしたが、長期間を中隊から離れて行動する場合や中隊そのものが糧秣補給を上級部隊から期待できない場合は任務豫定日數分の糧食を携帯しました。その場合は中隊長の命令により戰闘糧食であったり、通常の食材であったり、それらの混合であったりします。糧食不足の時は現地調達をします。また車輛行の運行が困難な場合は現地地方人を臨時に徴用して糧食や調理器具を人力運搬させたりもしました。通常の食材は飯盒炊爨などで調理しました。
兵站線上では配置された兵站司令部(陸上)や運輸船(海上)が食事を供給しましたが、兵站終點で兵站地區から離れていざ戰闘區域に入ると、上記のような形の糧食供給形態となりました。
あるめ