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Wikipediaによると、第二次大戦時の傑作機関砲であるボフォース 40mm機関砲は1930年代に開発されていますが、なぜ日本軍はライセンスを取得しなかったんでしょうか? 単純にビッカース40oの二の舞を恐れたからなんでしょうか? 安井 賢一 |
- ライセンス生産がなされていたかどうかは分かりませんが・・・。
同じWikipedia内に「五式四十粍高射機関砲」というコピー品が存在したと記されておりました。もっとも、製造に時間がかかり、終戦間際に2門が存在しただけのようです
M16A3
- 1.「ライセンス生産がなされていたかどうかは分かりません」
あくまでコピーであり、ライセンスを取得したかどうかを知らないという意味で申し上げました。分かりにくくてすみません
M16A3
- M16A3さん。ありがとうございます。
しかしながら、マレー作戦時から製造まで3年以上もかかっている事を考えますと、40o機関砲の優先順位が低かったんでしょうか?
この辺は40o機関砲の位置付けと共に考えなければなりませんが。
安井 賢一
- うろ覚えですし、ご承知のこととは思いますが、ラインメタルの37mm砲を先に捕獲しまた少数輸入も行い、かつ一式三十七粍高射機関砲として国産化を進めていた事を考慮すべきかと思います。
それがうまくいかず次にボフォーズに云々という記述を過去にみた気がしますのでその辺から資料を当たられた方が良いかと考えます。
記憶書き込みですいません。
bugaisha
- bugaishaさん。ありがとうございます。
ちょっと調べてみますとマウザー20oと同様にバネの作成困難で一式三十七粍高射機関砲は少数の生産に終わっていますね。
ボフォース40oもはやりバネの作成が困難だったんでしょう。
安井 賢一
- 五式40ミリは元々海軍が手をつけていた機関砲です。
一式37ミリの生産が思うように進まなかった陸軍が、陸海協同ということで海軍と同じ40mmの生産に着手したのが大戦末期だったのです。
SUDO