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旧海軍の翔鶴型航空母艦に爆雷が6個積まれていたと「海軍造船技術概要」という本で読みました。この爆雷はどのように使われたのでしょうか? 1)艦から直接投下する。 2)搭載航空機から投下する。 3)搭載艇から投下する。 4)他艦への補給用。 5)その他 個人的には2)3)あたりに可能性があるのかなと考えていますが、いずれにせよ航空母艦に爆雷が搭載されていたことは知りませんでした。 よろしくお願いします。 太助 |
- 漁ったら翔鶴ではありませんがこんな情報が。
ttp://www.geocities.jp/tokusetsukansen/J/104/104_001.htm
爆雷兵装新設:爆雷手動投下台1組、九五式爆雷8個と記載されています。
暇人
- 回答ありがとうございます!
そうですか、春日丸→大鷹は爆雷8個&爆雷手動投下台1組ですか。
小生も調査中ですが、5001号艦雲龍型天城は95式爆雷6個のようですね。5021号艦型改大鳳型航空母艦は爆雷なしで計画です。爆雷の数はいろいろ出てきましたが、投下装置その他については追加情報なしです。
太助
- 全戦艦とほとんどの空母は九五式爆雷装備になっています。
重巡は全艦二式爆雷装備です。
空母では瑞鳳・龍鳳のみ九一式爆雷、千代田・千歳が二式爆雷ですが、千代田・千歳の場合は、巡洋艦に準じた存在である水母時代に爆雷兵装が追加されていたためでしょう。
片
- >全戦艦とほとんどの空母は九五式爆雷装備になっています。
大和型や長門型に付いては聞いた事が有ったのですが、全戦艦だったのですね。
扶桑型の装備の仕方がどうだったのかモヤモヤします。
暇人
- 色々な情報ありがとうございます。
戦艦・航空母艦の爆雷って、危険ばかり多くて得るものが少ない感じがしますが、建艦当時はどう考えられていたんでしょうね?
あと10個未満の爆雷ですが、これらに充てる要員はどうしていたんでしょうか。専従の要員がいたのか、兼任だったのか?分からないことだらけです(笑)
太助
- 戦時中の新造艦を除いて建艦当事には当然配慮されてないのは、5021号艦に爆雷兵装がないことからわかるとおりです。
海戦後17年前半までに得られた戦訓に基づき、敵潜水艦に対する抗湛性を高めることを考えて訓令工事が行われたのだと思います。
そして、その時期に設定された爆雷兵装はその後も長い時期に渡って撤去されていないどころか、18年度計画艦である伊吹は九五式爆雷18発装備で薦められています。それなりに意味あるものと思われ続けていた、ということになります。
片
- >>2で「5001号艦雲龍型天城は95式爆雷6個」と書きましたが、S.19年末で同型艦の笠置は爆雷30、伊吹も爆雷30との記載があります。確かに意味あるものと思われていた感がありますね。ちょっとその思想には違和感がありますが、何にせよ、航空爆雷や内火艇用爆雷という線はないようだということはわかりました。
太助
- 17年中期からは、民間船徴用の特設艦船や陸軍の船舶も爆雷装備になります。
ある種最低限必要なものと考えられていたのは間違いないところでしょう。
しかし、水雷科の配置がない艦ではどの部署が運用していたのか、といわれると難しいですね。
片
- 回答になっておりませんが、水雷科が配置されていない艦では防雷具は何処の部署の所掌でしょうか?
防雷具を扱う部署が、水雷科がない艦での水雷係的な役割を果たしていた可能性はありませんでしょうか。
西海路
- 海軍水測史という本があるのですが、P.312に瑞鶴に関する記事があります。曰わく、伊島衛所から瑞鶴に機雷の要員と水測の要員が転勤命令。配置は両名とも運用科で驚いたとのこと。もっとも水測は後に航海科に編成替えとなったとのこと(P.323)。運用科は雑用科とでも形容されたいようで、錨作業などにも狩り出されたようです。掌機雷長くらいは配置されていたのかもしれませんが、科としては「運用科」が怪しいかなとも思います。
ところで、駆逐艦などでは爆雷は水雷科担当なんでしょうか?これも調査不足でよく分からないんですよね。
太助
- ん〜、翔鶴には「運用科」というもの自体存在しませんね。兵科、飛行科、整備科、機関科、工作科、軍楽科、医務科、主計科。兵科に含まれているんでしょうか?
太助
- >11
もう一度、資料を確認することをお勧めします。
令達の、下士官兵のところの前を読みましょう。
時期により、運用科長以下運用科、あるいは内務科長以下内務科の編成がうたってあるはずです。
応急を統括する部門がない正規軍艦ということはないと思いますが……
有野尼升・河田