1697 中島の四式戦疾風において、それまで同社の隼、鐘馗、天山等で採用されてきた蝶型フラップの円弧状の部分(蝶型の由来)が省略され、直線状になったのはなぜでしょうか(ファウラーフラップなのは同じ)?

過去ログで「蝶型フラップ」を見ると円弧上であることのメリットは縷々述べられているのですが、戦訓等によってこれらのメリットより生産簡易化の方が優先されたのでしょうか?
備後ピート

  1. 最初は四式戦も同じ形状だったんですよ。
    蝶型フラップの糸川技師の退職によって見直されているようです。
    BUN


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