CINCPACFLT雑記録番外編
「ある巨大戦艦の真実」


下僕 大塚好古
kotsuka@mx1.alpha-web.ne.jp


大塚「ええと、今回は真実一路に無理矢理参加しております」
紐緒「8ヶ月ぶりの新作が人様のところ用なわけね」
大塚「はっはっは(^^;。いや、そろそろCINCPACFLTの裏ページもメンテナンスしないといけないことは確かなんですよね」
紐緒「どうせ誰もみてないからいっそのこと裏ページ閉めてしまいなさい。私も呼ばれなくて済むから助かるわ」
大塚「いや、裏ページだけのコアなファンというのもおりますので閉めるわけにも行かないんですよ。やはりこれも閣下の御威光のお陰であらせられるかと」
紐緒「あら。そうなの?それなら仕方がないわね」
大塚「(はは、疲れる…A(^^;)。それでは始めますが、今回の座談会のメンバーは例によって私こと大塚好古と、CINCPACFLT技術顧問である紐緒結奈閣下でお送りします。宜しくお願いします」
紐緒「…宜しくね(にこ)」
大塚「さて、早速今回のお題ですが、とある国の巨大戦艦の話です」
紐緒「…確か最後の時「次はヘリウム冷却炉の話」と言ってたわよね?」
大塚「ぎくっ」
紐緒「あれはどうなったのかしら?返答如何によっては人体実験の材料になってもらうわ」
大塚「あ、あれは水面下で現在も作業中です」
紐緒「そう?それなら良しとするかしら。次はちゃんとやりなさいよ(にこっ)」
大塚「(こ、怖い(^^;)」
紐緒「ところで、大和を題材にするとは貴方も良い度胸しているわね。日本中を敵に回すつもり?」
大塚「ほえ?誰も大和をやるとは言ってませんぜ?」
紐緒「?。普通巨大戦艦といえば大和よね?それから類推すれば日頃の言動からいって巨大戦艦→大和をへっぽこ呼ばわりする話、という推測が成り立つんだけど?」
大塚「大和は良い戦艦ですよ。個人的には副砲配置を少し変えたい、と思うくらいで良くまとまった設計の戦艦ですよ」
紐緒「それじゃ珍しくアイオワ級の悪口でも書くつもり?」
大塚「敵国艦船研究家の名にかけて言います。アイオワは巡洋戦艦系の集大成みたいな艦ではありますが、あれもまた実に良くできた戦艦です」
紐緒「それじゃ一体なにを題材にやるわけ?」
大塚「一般に精強だと言われ、時には世界最強を謳われる事もある下の戦艦をヘッポコピー呼ばわりしようというのが今回のお題です」

新造時のビスマルク
新造時のビスマルク




紐緒「ああ。確かにこれも巨大戦艦と言うわね。アイオワより小さいけど」
大塚「アイオワは巨大戦艦といって貰えないのに、何故にこれが巨大戦艦と呼ばれるのか、という気もしますが」
紐緒「周りが騒ぎすぎただけでしょう?それに一般的にドイツの兵器は過大評価される傾向があるから、それも影響しているんじゃないかしら?」
大塚「さすがは閣下。良いところをついておられますね。今回はこの世間一般から軍艦として良くできており、加えて強力であったとされ、またその乗組員も類をみない精鋭であると言われていた強力無比な戦艦であったと評される巨大戦艦の正体について、色々と真実を述べたいと思います」
大塚「ええと、まずは乗員の練度から検証してみたいと思います」
紐緒「列強の海軍に比べてドイツは精強だったというわね」
大塚「ええ、ビスマルクの乗員は実に精強ですね」
紐緒「ふ〜ん、その根拠は?」
大塚「例を挙げると、ビスマルクはあの短い作戦の間に多数の電信を受信し損ねています」
紐緒「ああ、逆説的比喩なのね」
大塚「このため艦隊司令部から出た多くの日時通信ををプリンツ・オイゲンから転送して受信しています」
紐緒「艦隊旗艦の方が通信能力が低い…、実に精強だわ」
大塚「あと通信関係が続きますが,ビスマルクは5/24に発信し損ねた艦隊司令部向け通信を5/25に4通再送信を試みています」
紐緒「あの作戦では確か長文を送信して位置を突き止められているわよね。それとは別に送っているの?」
大塚「あれとは全く別です」
紐緒「位置を悟られないでいるのが重要な通商破壊戦でそんな馬鹿な事をしたわけ?」
大塚「したんです」
紐緒「艦隊司令部が無能なのか、それとも全般的に兵員の錬度が低いのでそうせざるを得なかったか、というところが問題よね…」
大塚「兵員の練度の方が問題でしょう。艦隊司令官のリュッチェンス提督はその前のベルリン作戦ではそれほどとち狂った事はしていませんし」
紐緒「その他の面からみた場合、乗員練度はどの程度なの?これだけで低練度と決めつけるのは危険だわ」
大塚「そーおですねぇ、この他には砲撃による命中弾が殆ど無かった事実がありますので練度は高くなかったと言っても良いんではないかと思いますが」
紐緒「フッドを沈めてウェールズを中破させているけど?」

ビスマルク神話を生んだデンマーク海峡海戦においてフッドが沈没した状況を示した絵
ビスマルク神話を生んだデンマーク海峡海戦においてフッドが沈没した状況を示した絵


大塚「デンマーク海峡で命中率5.4%をあげたのは事実ですが、あの後一発も当ててませんからね」
紐緒「言われてみればそうねぇ。巡洋艦と数度にわたって砲戦をしたものの命中弾無し、ウェールズとの再戦でやはり命中弾無し、駆逐艦との交戦で命中弾無し。最後のキングジョージ五世とロドネーとの砲撃戦でも命中弾無し。…無様ね」
大塚「ロドネーがビスマルク追撃戦参加後アメリカで大修理を行った結果「ビスマルクとの交戦によって得た被害を隠している」という説もありましたけど、実際にはロドネーはオーヴァーホールしに行っただけですし、戦闘による損傷は主砲の発砲による爆風によるものだけですしねぇ。」
紐緒「ビスマルクの乗員に随分と訓練不足の様相が見受けられるけど、訓練の状況は実際のところどうだったの?」
大塚「ビスマルクは公試と基礎的な訓練を1940年の9月から12月初頭にかけて実施しています。その後一旦ハンブルグに戻って整備を行なった後,1941年1月末から3月の間バルト海に回航して訓練を行なう予定でした」
紐緒「日程的にはかなりの期間を訓練に割いているけど、それなのになんで練度が低いのよ?」
大塚「冬のドイツは寒う御座います。1941年1月から3月の間ビスマルクはハンブルグに閉じこめられて洋上訓練が出来なかったようです」
紐緒「はあ?それはどういうこと?」
大塚「当時の状況は気温は-15℃以下に下がり,そのため各機器が凍り付く様な状況であったようです。おまけにその影響で一時的にはボイラー室を閉鎖する必要が生じたため,訓練どころの話ではなかったようです。まあこれは2月中旬には修復されてますが、キール運河がこの時点で閉塞されていた関係でバルト海に抜けることが出来ず、結局3月までハンブルグ港に居座ったままでした。ある研究者の表現を借りれば「5週間という貴重な洋上訓練の機会を失わせたも同然であった」と言う事になりますね」
紐緒「…ということは実際に洋上訓練が出来たのは3月から5月の2ヶ月間なわけね?」
大塚「いや、実際にはもっと状況が悪いんです。ビスマルクの早期投入を海軍司令部が画策した結果ビスマルクの組織的な訓練は4月初頭で切られています。ただライン演習作戦実施直前にプリンツ・オイゲンが触雷したり、ビスマルク自体の機器が故障したのを修理するとかの諸理由が複合した結果、作戦開始が1ヶ月延びています。その間を貴重な訓練期間として有効に活用した事は確かですが、元々予定した練度には程遠い状況であった − というのが現実のようです。実際ビスマルクの艦長自身が1941年4月28日の戦時日誌に「敵より練度で劣っている」と書いているそうですから」

ライン演習作戦に出動するビスマルク
ライン演習作戦に出動するビスマルク


紐緒「…何をやっているのかしらね」
大塚「あと訓練体系も出来ていないのが実情でした。就役から半年以上たった1941年4月の段階でも対空戦闘に関する教範は充分な数が供給されていなかったとされています。また1940年8月に完成した後、各種艤装が遅れたのも訓練に大きな影響を及ぼしています。特に射撃指揮装置やレーダーの装備・運用試験の遅れは酷く、対空射撃訓練に至ってはHe111を標的とした訓練がおこなわれたものの、計90分しか行うことが出来なかったと記録に残っております。実際にドイツ海軍の報告の中にも「就役後6ヶ月が経過しているが、乗員は必要とされる多くの技量を欠いている」と書かれています。これからみても「ビスマルクの乗組員が精強であった」とする一般的評価は誤解であり,むしろ練度は劣っていたと見るべきだと思いますね」
紐緒「ところでちょっと気になるんだけど。完成時期はビスマルクもオイゲンもほぼ一緒よね?それなのになんでビスマルクの方がオイゲンより練度が劣るのよ?」
大塚「ああ、それは両艦の所属部隊に由縁するみたいです。ビスマルクはバルト海基地の所属ですが、オイゲンは北海基地の所属です」
紐緒「所属基地によって水兵の練度が違ったわけ?」
大塚「両基地で水兵への訓練程度が違ったみたいですね。あと北海所属のプリンツ・オイゲンは完成後の就役訓練をハンブルグ及びバルト海の奥の方では行なっていない様なので、それなりに訓練が出来たみたいですし」
紐緒「…あの小さなドイツ海軍で、所属部隊が違うだけでこれだけ訓練レベルが変わるのね…」
大塚「まあ北海基地の乗員も決して練度が高いわけではない、というのはアトランティス艦長の手記を読めば一目瞭然ですので、実際のところはドイツ海軍の兵員層の薄さがもろに影響した、というところなんでしょうね」
紐緒「その点完成後二ヶ月で実戦に引っ張り出されて戦った上、それなりの損傷をビスマルクに負わせる事に成功したプリンス・オブ・ウェールズが良い例だけど、英海軍の層の厚さと兵員の平均練度の高さを伺い知ることが出来るわね…」
大塚「流石は世界三大海軍の一つですよね。逆にビスマルクにとってはあの状態で戦う羽目になったのが悲劇の一つであったわけです」
紐緒「そんな状態の戦艦を実戦に投入せざるを得なかったドイツ海軍は英海軍と戦える状態では無かった、と言う事よね」
大塚「海軍総司令部が早期の実戦投入を強要した面はありますからね。とはいえあの時期を逃すと大西洋の天候状況から言って当分大西洋作戦に投入出来る状況でなかった事も確かです。完全に状態が整ったビスマルクとティルピッツが戦隊を組んで戦う事が出来たら英海軍にとっては更なる脅威となった事は確かですが、それを投入する時期があったかと言われれば疑問無しとは言えません。やはりドイツ海軍は英海軍に喧嘩を売ってはいけなかったんですよ」
紐緒「そういう事ね」



大塚「さて続いては装備関連です」
紐緒「良くドイツの兵器は世界一、という根拠薄弱な言葉が出てくるけど、実際には決して良好では無かったことは事実が証明するところよ」
大塚「全くその通りだ、という話をするわけですが。まずは主砲関連から行きましょうか」
紐緒「主砲の口径はヨーロッパでは新型戦艦の標準ともいうべき15in砲よね。スペック的には使用する弾丸が比較的重くて威力が高く、その上初速が早いと悪い砲では無いように思えるわ」
大塚「ただカタログデータを鵜呑みにすると痛い目に遭います」
紐緒「ふふ…、その通りよ。隠された本性を見抜かないとね…」
大塚「まあ砲の細かいところはそのうち某SUDO記者あたりが書いてくれると思うので、ここでは機構上の問題点のみを話します。まず第一に主砲装薬の移送機構に問題がありました」
紐緒「それは初耳ね。どこからの情報かしら?」
大塚「ドイツ海軍の兵器試験局の要員が1941年3月19日から4月2日にかけてビスマルクに座乗して実地見聞を行っているのですが、その結果を1941年5月31日に纏めた報告書が出ております。私は原文は読んでいないので二次資料からの孫引きですけどね」
紐緒「それは興味深いわね。どういう内容なの?」
大塚「ええと、これによると装薬移送用のホイストは重量による影響を受けやすいため、装薬の移送時に装填位置が正規の位置からずれる事がある、とされてますね。実際公試中にホイストが重量に耐えかねて破損した事もあったようです」
紐緒「由々しき問題だけど,修正はされなかったのかしら?」
大塚「ビスマルクの出撃までには根幹的な修正は間に合わなかったみたいですね」
大塚「次も主砲関連で砲塔です。ビスマルクの主砲塔は立て付けが悪いらしくて水漏れが酷いそうです」
紐緒「あんまり他国の戦艦では聞かない話だけど、そんなに酷かったの?」
大塚「砲塔測距儀が一応水密構造になっていたものの,水密性が不足していたと見えてここから浸水するという問題がありました。特に波が荒い状況では前部砲塔は波を被るので深刻な問題となっていたようです。これはベルリン作戦時のシャルンホルスト級でも問題になり、その戦訓で1番砲塔の測距儀が撤去される事になります」
紐緒「それで改善されたわけ?」
大塚「一応それなりに改善されたみたいですが、根本的な解決にはなかったみたいですねぇ。測距儀以外の場所からも浸水していた節があります。実際ビスマルク級の砲塔って至る所に観測窓がありますから、そこいらからも浸水していたんではないかと思います」
紐緒「元々からダメだったというわけね。これはかなり影響が出たのではないかしら?」
大塚「これについての作戦中の記録が無いので確実な事はいえませんが,研究者の中には5/24のウェールズとの交戦後損傷によって艦首が通常より下がった結果として、前部砲塔及び砲塔の射撃指揮装置は絶え間ない追加ダメージを受けていた可能性がある、とする人もいます。5/27の交戦時に前部砲塔が急速に沈黙したのはその影響もあるのでは無いか、と考えているみたいですね」

大塚「主砲に関連するのが続きますが、次は弾丸の話です」
紐緒「弾丸にも問題があるの?ボロボロねぇ」
大塚「兵器試験局はドイツの大口径及び中口径の被帽弾に問題があると報告しています」
紐緒「被帽に問題?」
大塚「ええ、ドイツの砲弾は遅動効果を得るためだと思われますが,砲弾と被帽の間隔を連合軍の同種砲弾より多く取ってます。まあそれはそれで良いのですが,その被帽の取り付けが弱いのが問題であると」
紐緒「それが事実だとしたら,命中した時の効果に影響するわよね?」
大塚「それもありますが,装填演習でも問題が出るくらいだったらしいです。これについて兵器試験局は「全面的な改修が必要である」としています」
紐緒「まあそれはそうでしょうね。実際のところ影響がどの程度あったのかが興味があるわ」
大塚「ウェールズに命中したドイツ側の砲弾の多くは不発だったそうですから、結構な影響があったんでは無いでしょうか?」
紐緒「とどのつまりは敵にやさしい砲弾なわけね。まるで役に立たないわ」
大塚「ダメダメ装備まだまだ続きます」
紐緒「しかし良くまあこれだけダメと言うネタがあるわねえ」
大塚「それだけ彼の艦がヘッポコピーだという証拠でしょう。さて、今度は対空砲関係です」
紐緒「ドイツの高角砲は良いというけど、ダメなのね?」
大塚「高角砲そのものより射撃指揮関係ですね。まずは対空戦闘指揮所が独立していないというのが問題にされています。前檣楼の射撃指揮所内に対空戦闘指揮所もあるのですが,狭い中に要員25名がひしめく中,対空戦闘指揮官は人を掻き分けて左右に移動しつつ対空射撃指揮をしなければならない、という状況でした」
紐緒「それでは迅速な対空射撃指揮は出来ないわね」
大塚「実際にその通りで,兵器試験局は前檣楼の要員を減らすほか,下部甲板に「高角砲射撃指揮所」を作るように勧告しています。また前部の対空戦闘対勢表示室をより有効にすべく高角砲座への電話網を作るようにも勧告をしていますね。あと高角砲の射撃指揮装置についても改善を要求しています」
紐緒「ああ、あのプラネタリウム式の全天候高角射撃指揮装置ね。一般的には評価が高いけど、あれもダメなの?」
大塚「性能はともかく,訓練中に駆動用のモーターが壊れて動作しなくなる、という問題が結構発生したみたいです。ある場合だと修理に丸二日間かかり、その間使用不能であったと記録されています」
紐緒「兵器はカタログ値だけで判断してはいけないという好例ね。例えその兵器が高性能であったとしても、武人の蛮用に耐えなければ意味が無いわ」
大塚「あと高角砲にも実際には問題がありました。ビスマルクは両舷に各々四基、計八基の10.5cm連装高角砲(十六門)を装備していますが,砲座の形式が統一されていないという問題を抱えていました。C31型とC37型が混在していたという話ですね」
紐緒「砲座の性能が違うのでは,恐らく射撃指揮の際の指揮管制に問題が出るわよ。全く何をやっているんだか」
大塚「兵器試験局では早急にC37型砲座に改変するよう要望はしていますが,実際にはC31型砲座の安全装置と射撃照準機の電動機構をC37型に準拠するような形への改修勧告を出したに留まったようですね。まあ急に改変しろといっても改変出来なかったんでしょうけど」
紐緒「搭載するときに問題にしないのがそもそも間違っているわよ」
大塚「まあ、その通りですよね」


大塚「対空砲関係、続けます」
紐緒「まだあるの?」
大塚「今度は軽対空砲関連です。これについて兵器試験局は装備及び配置について改善勧告を出しています。まず装備関係ですが,軽対空砲が射撃指揮装置に連動していないのが問題視されています」
紐緒「指揮管制が出来ないわけね」
大塚「そういうことですね。ビスマルクの軽対空砲は四群で構成されていますが,これが其々管制無しに射撃するわけですから射撃指揮の面で有効性を欠く結果になる事が想像されます」
紐緒「配置に関してはどうなのよ?」
大塚「前部の37mm対空砲の配置が不適切である、と言ってます。理由としては上部構造物によって射界が制限される、というものです」
紐緒「設計の段階で気がつきそうなものだけどね」
大塚「あと対空砲の不足及び弾薬供給能力の不足も指摘されており、20mm四連装機銃の追加装備と急速な射撃に耐える給弾機構の整備を緊急に必要とする、と報告しています。特に首尾線方向の対空火力が弱いと認められたため、前部サーチライトのプラットフォーム上に20mm四連装機銃の装備を必要とした他、新造戦艦には更に砲塔上に多連装機銃を配備する必要がある、と勧告しています」
紐緒「…で、改修はされていないのね」
大塚「何しろ報告書が出たのが沈没した後ですから^^;」
紐緒「ところで兵装関係以外で問題は無かったの?今までのダメ度ぶりからいくと結構有りそうだけど」
大塚「この他の点では搭載したレーダーが良く壊れたとか、機関が結構腹下しをしているとか、舷側のクレーンが物凄く脆弱で主砲を打つたびに壊れるとか色々あったみたいですねぇ」
紐緒「そういえばあの作戦中ビスマルクのレーダーが活躍したというのを聞いた事が無いわね」
大塚「そりゃしょっちゅう壊れているからですよ。プリンツ・オイゲンの戦時日誌に「レーダー装置だが…、ビスマルクに搭載されていたものはしばしば作動しなくなった」と書かれてますからねぇ」
紐緒「…無様ね。ここまでダメだった理由は何?」
大塚「本来公試で出る初期不良が根絶されないで残っていたのが問題でしょう。特に主砲の装薬移送装填機構のところや高角砲座のあたりは元来公試後に修正されていて然るべき点ですからね」
紐緒「それだけ実戦化が急がれたわけね?」
大塚「日数かけた割には問題が根絶されていませんので、彼等が就役を急いでいたかどうかは良く解りませんが、艦の整備が未了の状態で実戦投入された事は確かでしょうね」



大塚「次は艦自体についてですが…、語り尽くされている感がありますので防御関連を話題の中心として簡単にいきましょう」
紐緒「設計は旧式だが、近距離からの打撃からの耐久力は強く、沈みにくい艦ではあった、というのが一般的評価ね」
大塚「まあ、そういう評価しか出せませんね」
紐緒「設計はバーデン級からの発達という事だけど、装甲配置とかは事実上踏襲よ。全然新味がないわ」
大塚「ドイツはジュトランドの戦訓からアレで良いと思ったんですよ」
紐緒「あくまで第一次大戦の思想で作ったわけね」
大塚「そうですね。彼等は第一次大戦後に戦艦の主砲射程が延び、また威力が増大した事を考えていたとは思い難いです」
紐緒「第一次大戦後、ベルサイユ条約によって新型戦艦の保有が出来なかったのだから仕方が無いといえば仕方が無いけど、先を見る眼が無いわね」
大塚「彼等が遠距離砲戦を考えていないのは、水平防御が弱い事からも推測できますよね。これは砲弾が遠距離から大落角で落ちてくる事を想定していない証拠と言えるでしょう。あくまで近距離から飛んでくる弾丸を舷側部の外部と内部の装甲、また中甲板の装甲で止める事を狙った設計だという事ですね」
紐緒「舷側部の装甲部分か中甲板で止まれば、機関等の重要な機械類は無事だものね」
大塚「ただビスマルクの場合、指揮通信等の重要区画が上甲板と中甲板の間に配置されているので、これが問題にならないわけではなく、実は大問題になるのですが」
紐緒「…」
大塚「因みに設計がバーデンの延長で良し,とされたのにはドイツ戦艦の主要作戦海域であるバルト海・北海は天候が悪い事が多く、視界が開けないので近距離戦になる事が多い、と考えられたせいもあるとは思います。ただこの思想って第一次大戦で否定されているのも確かなんですよね」
紐緒「そうね、第一次大戦時のドイツ巡戦は最初その考えで主砲の射程が短かったけど、イギリス側にアウトレンジされた結果そう都合良くはいかない、と思い知らされたわけだものね。それにドイツの近距離で戦うからバーデンの装甲配置を踏襲したというのは理解出来なくも無いんだけど、近距離での叩き合いを想定している割には船体・砲塔部共々防御力は他の列強戦艦と大して変わらないわね。これだと他国の同程度の砲撃力を持つ戦艦と撃ち合った場合、相打ちになるだけではないかしら?」
大塚「実際装甲厚はKGVやバンガードと変わらないか、むしろ薄いぐらいですからねぇ。第二次大戦型の戦艦としては平均的な装甲厚しか無いのは事実ですね。第一次大戦時のドイツ戦艦の場合相手より一方的に装甲が厚いのでジュトランドみたいな事が起こったわけですけど、その優位性は第二次大戦時には既に消滅していたわけですよね」
紐緒「あと排水量から見て予備浮力は大きいみたいだから、多数の命中弾を受けても中々沈まないとは思うけど、とはいえ沈まないけど打撃力を失う、では戦艦としては意味が無いと思うのだけど?」
大塚「ジュトランドでもそうじゃないですか。ドイツ戦艦は浮かんでいる事が大事なんですよ」
紐緒「戦闘力を軽視すると言うのは、軍艦としては本末転倒のような気がするけど…」
大塚「沈まなければ良いんです。沈まなければ軍港に帰って修理することが出来ますから」
紐緒「本当にジュトランドから発想が変わっていないのね…」
大塚「ただ問題なのはジュトランドでは確かにあの設計で近距離の叩き合いに耐えられたわけですが、既に状況は変化していたと言う事です」
紐緒「相手のパンチは更に強力になっていたわけね…」
大塚「その通りです。イギリス戦艦の代表的主砲である15in砲は第一次大戦時より重量のある砲弾を用いて更に強力化されています。また第一次大戦当時には存在しなかった16in砲艦が第二次大戦終結までに各国合計17隻もいたわけです。彼女達と対戦した場合、砲力に劣るビスマルクは早期に砲撃力を失う可能性があるわけで、これらの艦と互角に戦えたかと言えば、疑問であるとしか言えないでしょう。また彼女達の遠距離からのパンチは命中確率は低いとはいえビスマルクの砲塔を含む重要区画の垂直防御をかなりの距離から貫く事が出来ますからね」
紐緒「想定した交戦形態が成り立たなくなっていたが故の悲劇ね」
大塚「KGVは15in砲弾に対して垂直防御では約13700m以上の距離であれば安全圏であると計算されており,、水平防御でも約28500m以下であれば安全圏であると計算されていました。しかしそれ以上の砲撃能力を持つ16in砲戦艦と戦った場合、この安全距離は更に縮まるわけです。ビスマルクが仮に第一次大戦時における戦艦の主要交戦距離である10-20kmで16in砲を搭載した戦艦と戦ったとしても、出だしでいきなり砲撃力を失って後は一方的に叩かれる可能性は充分にあると思います。ましてや米海軍が使っていた大重量大威力の16inSHSで遠距離から叩かれた場合にはどうなったことやら」
紐緒「因みに実戦での防御力の評価はどうだったの?」
大塚「ビスマルク最後の戦いである1941年5月27日のKGVとロドネーとの交戦の際、前部の15in砲塔が比較的早期の段階で装甲を貫かれて破壊された結果沈黙していますが、確実に10km以上、恐らくは15km以上の距離から前面水平装甲を撃ち抜かれたみたいですね。因みに英海軍はその際の状況を「我が戦艦の14inと16in砲弾はビスマルクの主砲塔の装甲を貫徹し、その結果ビスマルクの砲塔はスイスチーズの如き様相を呈した」と報告書に書いているみたいです。船体防御に関して言えば船体装甲及び上甲板の装甲を撃ち抜いたものの、内部の中甲板以下の重要区画は無事だったと言われてますので、一応「撃たれ強く沈みにくい」という設計の当初目的は達していたと言っても良いのかも」
紐緒「繰り返して言うけど戦艦は戦闘不能になったら意味が無い物よ。やはり最初の構想が根幹から間違っていたとしか思えないわ」
大塚「防御の最後の項目として水中防御を取り上げますが、ビスマルクはこの点も決して良好とは言えません」
紐緒「燃料槽を防御に使うぐらいの事はしてるんでしょう?」
大塚「ビスマルクは燃料槽による防御を実施していますが、これは多層防御ではなく一層防御になっています。一層の厚みはあるのでそれなりの衝撃吸収力はあると考えられ、ある程度の防御力は期待できますが、舷側部分の燃料庫が艦底部分まで達していないので水線部の深い部分に魚雷が命中した場合や機雷による損傷を受けた場合かなりの損害を受ける可能性があります。まあ幸いなるかなビスマルクの水密区画は細分化されており、区画の数が多いので被害は局限できるとは思いますが」
紐緒「随分な設計だけど、これもバーデンの影響なのかしら?」
大塚「恐らくそうでしょうね。あの燃料槽を石炭庫として考えると第一次大戦型戦艦の標準的な水線下防御方法に見えますので。私見ですけど、水線下防御はフッドより旧式だと思いますよ。フッドはジュトランドの英戦艦の戦訓を取り入れた結果、バルジ・水密鋼管層・燃料槽による多層防御を採用してますからね」
紐緒「他に水中防御で問題になるのは艦尾部分かしら?」
大塚「そうですねぇ。あの頃のドイツ艦は基本的に艦尾の結合が弱いので艦尾が意外と簡単に取れますからね。戦艦主砲の水中弾か、Mk8魚雷が命中した場合当たり所が悪いと艦尾が脱落して行動不能になる事は充分に考えられます。関係ないですが、WLシリーズのシャルンホルストが艦尾部を別パーツにしているのはこれを再現するためかもしれません」
紐緒「…そんなわけがないでしょう」



大塚「それでは最後に総括の真似事を」
紐緒「ビスマルクは確かによく作られた艦ではあった。しかし基本的に設計が古く、またその装備も良好な状態にあったとは言えなかった。そしてその乗員も精強ではあるとは言い難く、決して一般的に言われるような精強な戦艦では無かった、というところかしら?」
大塚「全てを言い尽くして戴いてどうも有難う御座います」
紐緒「そういえば同型艦のティルピッツはどうだったのか?というのを全く考察してないわよ」
大塚「ティルピッツはビスマルクより改正が行なわれた結果、更なる脅威と認めることが出来る戦艦であると言えるが、設計が旧式な事に起因する問題点は解決するに至っていない。本級は同時期の戦艦と比較して決して卓越した性能を持つ戦艦では無く、設計面等で劣る面が多々見受けられる戦艦であった − というところでどうでしょう」
紐緒「まあ、そんなところかしらね」
大塚「何か他に思うこととかありましたらどうぞ」
紐緒「なんであれだけ過大評価されたかが知りたいわね。やはりフッドを短時間で沈めたせいかしら?」
大塚「それもありますけど、チャーチルやルーズベルトがビスマルク恐怖症とも言うべき状態に陥り、回顧録等で「ビスマルクは強大!」と言ったのが大きく影響していると思いますよ。チャーチルは1939年11月にビスマルクが戦闘に投入された場合について
『それは最悪の大災害である。我々はそれを捕まえる事も殺す事も出来ず、またそれは その長大な航続力によって全ての大洋の隅々まで航海ができ,全ての通商網を 破断させる事が出来る』
なんて言ってますし、ルーズベルトはルーズベルトでフッドが撃沈された後ビスマルクがニューヨークを艦砲射撃するのではないか、カリブ海の要衝であるマルティニーク島を制圧する作戦に出るのではないか、ひょっとしたら日本まで周航して日本艦隊と合同作戦を行なうのではないか、と不安を抱いて神経質になった、と言われてますからねぇ」
紐緒「被害妄想大爆発ね。どうやって日本まで航海するのよ」
大塚「原子力機関を実用化していたと思っていたんじゃ無いですか(笑)。あと英海軍にしてみれば設計が旧式なんて事は分かりませんから、自分のところの新造戦艦の能力からビスマルクを評価すれば、あの要目からいって強大な戦艦だと判定するのは止むを得ないところでしょう。仮に当時の公称である35,000トン級だったとしても、アメリカのサウスダコタ級みたいな強力な戦艦は作れるわけですしね」
紐緒「幻想による恐怖…ね。ある意味抑止力としては有効な戦艦だったわけね」
大塚「そうですね。考えられるビスマルク級への恐怖から英艦隊は最も強力な新造戦艦を本国水域に一定数を拘置しなければならなかった事は確かですし。まあそれに第一次大戦型の戦艦としてみれば強力な事は確かです。ジュトランドのようにドイツの近海で戦う事を想定したとすれば、あの打撃力と高速力によってヒットエンドランを行い、敵艦を各個撃破出来た可能性もあります。その場合耐久力はありますから無事に母港に帰れるでしょう。そういった使い方が成り立つのであればビスマルクを最強戦艦の一つに数えることも事も可能です。しかし、彼女が浮かんでいたのは1941年の海であり、時代は既に彼女を追い越していたのが彼女にとって最大の悲劇であったともいえます」
紐緒「要は誕生するときを間違えた、時代に取り残された戦艦であった…、ということね。あくまで彼女は抑止力として母港に静かに佇んでいるべき艦であり、苛烈な第二次大戦の海戦に出るべき艦では無かったと」
大塚「そう言って良いのではないでしょうか。それがビスマルク級の評価としては真実であるような気がします」
紐緒「結論も出た事だし、それではそろそろ終わりにしましょう」
大塚「そうですね。それでは本日はどうも長々とお付き合いいただきどうも有難う御座いました」



ビスマルクと米英の新型戦艦要目比較表:
(データは基本的にConway's All the World's Fighting Ships 1922-1946によった)
ビスマルク級戦艦 要目
排水量 基準41,700t、満載50,900t(42,900t/52,600t)
船体長 241.5m(水線部)248m(全長) 幅:36m 喫水:8.7m(最大10.6m)
機関 ワグナーボイラー12基、ブロム&フォス製ギアードタービン3基
(ブラウンーボヴェリ製ギアードタービン3基:Tirpitz)、3軸、138,000馬力
最大速度 29kts
装甲 舷側12.5in-10.5in、甲板部2in、装甲甲板部4.75-3.5in、傾斜部分4in
魚雷防御バルクヘッド1.75in
主砲塔前面14.25in、側面8.7in、背面12.6in、天蓋部7-5.1in
副砲部4in-1.5in、司令塔部分14in-2in
兵装 380mm47口径連装砲(C38)4基8門、150mm55口径連装砲(C28)6基12門
105mm65口径連装高角砲(C31/C37)8基16門、37mm連装機関砲(C30)8基16門
20mm単装対空機銃12門
航空機 4-6機搭載
乗員数 2092名(2608名:Tirpitz)


英戦艦プリンス・オブ・ウェールズ
英戦艦プリンス・オブ・ウェールズ(キング・ジョージV世級)

キング・ジョージ五世級戦艦
排水量 基準36,727t、満載42,076t
船体長 213.36m(船体垂線部)227.07m(全長) 幅:31.39m 喫水:8.84m(満載時9.93m)
機関 海軍省式三胴式ボイラー8基、パーソンズ式ギアードタービン4基、4軸、110,000馬力
最大速度 28kts
装甲 舷側15in-4.5in、バルクヘッド部12in-4in、砲塔バーベット部13-11in
主砲塔前面13in、側面9in、背面7in、天蓋部6in
副砲ケースメート部1.5in、副砲部1in、司令塔部分4.5in-2in
兵装 14in45口径砲10門(MkVII:四連装砲塔2基、連装砲塔1基)
5.25in55口径連装砲8基16門(MkI QF)、2pdr8連装ポンポン砲4基(32門)
航空機 2機搭載
乗員数 1422名


米戦艦サウス・ダコタ
米戦艦サウス・ダコタ

サウス・ダコタ級戦艦
排水量 基準37,970t、満載44,519t
船体長 202.99m(水線部)207.26m(全長) 幅:32.96m 喫水:10.69m(満載時)
機関 バブコック&ウィルコックス製ボイラー8基、GE製タービン4基、4軸、130,000馬力
最大速度 27.5kts
装甲 舷側12.2in(0.875inSTS鋼上:傾斜装甲[19度])
舷側下部装甲 12.2in-1in(0.875inSTS鋼上:傾斜装甲)
装甲甲板部5.75in-6in(これに1.5inの天候甲板及び0.625inの断片防御甲板が付属)
バルクヘッド部11in、バーベット部17.3in-11.3in
主砲塔前面18in、側面9.5in、背面12in、天蓋部7.25in
司令塔16in、司令塔天蓋部7.25in
兵装 16in45口径三連装砲(Mk6)3基9門、5in38口径連装砲(Mk12:Mk28/3型)10基20門
1.1in四連装対空機銃3基12門、0.5in単装対空機銃12門
(この数値は計画時のもの)
航空機 3機搭載
乗員数 1793名


写真資料


艦尾からみたビスマルク
艦尾からみたビスマルク。幅広の船体と水線部の装甲部分が明瞭に把握できる

プリンス・オブ・ウェールズと砲戦中のビスマルク(1)
デンマーク海峡でプリンス・オブ・ウェールズと砲戦中のビスマルク(1)

プリンス・オブ・ウェールズと砲戦中のビスマルク(2)
デンマーク海峡でプリンス・オブ・ウェールズと砲戦中のビスマルク(2)

プリンス・オブ・ウェールズと砲戦中のビスマルク(3)
デンマーク海峡でプリンス・オブ・ウェールズと砲戦中のビスマルク(3)

(2)(3)の写真より損傷の結果艦種がかなり沈降しているのが見て取れる。

艤装中のビスマルクを前方
艤装中のビスマルクを前方からみる。艦首形状が良くわかる写真である

艤装中のビスマルクを後方
艤装中のビスマルクを後方からみる。水線装甲帯取付位置付近の様相が明瞭に把握できる写真である。

ブルーノ
艤装中の前部二番砲塔(ブルーノ)の付近をみる




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