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FB怖いっすうた2013/04/17 [10時45分42秒]
もう、過去の知人との交流以外には使いたくありません。
なので、遊びはmixiとTwitterで、FBのアカウントは基本非公開に。


久しぶりにオンブー2012/10/14 [22時17分51秒]
最近はROM專で、ご無沙汰しておりました。一年ぶりでここに書いております。一年の間に大きな変化はありません。大きなイベントもありません。この年になると、無事是貴人の心境がわかります。フェイスブックでは、元カノとやり取りし始めました。お互いに三人の子持ち。大学時代の友人ともネット上での再会。テクノロジーって偉大です。
ああ、お絵かきしたいやう。


初体験っオンブー2011/10/04 [00時58分02秒]
この歳になっていろいろ初体験でした。
健康診断です。
初めて胃がん検診をしました。いろんな噂を聞いていたバリウムを飲みました。
結果はひと月後です。
心配?ないです。


JR大阪駅11番ホームの灰皿オンブー2011/02/05 [23時43分56秒]
一週間前、北陸地方は大雪に見舞われました。その物語です。
日曜日の昼前、私はサンダーバードに乗って、京都へ初釜に行きました。永年通った先生の初釜です。毎年嘉例の道具立てです。
さて、JR京都駅0番ホーム、帰りのサンダーバードが遅れている。運行予定が立っていないとか。でも一時間遅れで乗車。発車しました。トンネルを二つ越えると滋賀県。琵琶湖の畔。しばし走ったところで停車。信号待ちとか。へえ、なにか。としばし待っているとアナウンスが。今庄でTB37が進めなくなったので、この列車は大阪まで戻りますと。といふことは、今日は帰れないのかあ。ちょっとわくわく。冒険気分です。大阪駅まで後ろ向きで走りました。で、11番ホームに停車中の明朝始発予定のTBが列車ホテルになるのでそちらを利用してもかまわないとのアナウンスが。あ、憧れの列車ホテル。で、11番ホームに運ばれてきたのが灰皿。全車禁煙、構内全面禁煙なのに、どこからか灰皿が運ばれてきたのでした。この灰皿、一晩中誰か彼かがいまして、朝までには山盛りの吸殻がたまったのでした。
 翌朝、八時半に追い出され、十一時半には出るらしいとの情報を仕入れたので、じゃあそれまで仕事でもと、京都まで行って、問屋さんに寄っていくつか仕入。11時、京都駅で確認すると、夕方まで出ませんと。ああ、もうすることが無い。暇でないと出来ないことをと大阪の友人を訪ねることにした。再び大阪へ。たまには京阪でと、十年ぶりぐらいで京阪特急に乗る。テレビカーじゃなくなったのね。で、地下鉄に乗り換え、天神橋筋本町一丁目、東署の隣にあるゼー六といふアイスクリーム屋さんへ。おお、ひさしぶりやんけと、昔と変わらない。まったく変わらない。一時間半、旧友の消息を交換する。しばらく不通になっていた携帯のメールアドレスを交換する。二人とも眼鏡を跳ね上げて携帯を触っているのを、おっかさんに笑われました。
 
 で、結局その日もTBは走らず、どころか、北陸線、普通一つ走らなかったのです。なので、また京都へ。第二タワーホテルに飛び込んでもう一泊。テレビの夕方のニュースで福井県内の大雪を見る。携帯の電池が尽きてきたので、コンビニで電池式の充電器を購入。ついでにパンツと靴下も。要らん出費です。
 三日目、ようやく帰途。日帰りの予定だったのに、二泊三日の旅行になってしまいました。文庫2冊新書1冊もって行ったのにさらに文庫2冊買い足して、全部読んでしまいました。


DVD買っちゃったオンブー2010/09/14 [23時06分59秒]
配達途中にふらっとCD屋さんに立ち寄って、DVDのコーナーを見ていたら、子供向けアニメのところにあったのです。
「マイマイ新子と千年の魔法」
買いました。初回限定のフィルム附きでした。で、昨晩、一人でパソコンでイヤフォンで一人で鑑賞。
ああ、子供と一緒に見られんなあ。

私の家の近くには麦畑がなかったので、その感触は分かりませんが、そのほかの情景はほんとになつかしかったです。


日本一オンブー2010/09/08 [23時58分13秒]
先日、和倉温泉に泊まってきました。加賀屋です。普通なら一泊三万円です。晩飯はおいしかったです。加賀屋の会長から差し入れのお酒が出ました。「モリイゾウ」とかいふ焼酎と「テングマヒ」とかいふ日本酒です。どちらも一升瓶でした。一時間で空になりました。そして一円も取られません。
翌日はそこでお茶会です。裏千家の前家元、元海軍航空隊の鵬雲斎大宗匠のお出ましです。お元気です。さすが海軍さん、鍛え方が違います。茶会の後、一時間半の講演会。立ちっぱなしです。声も大きい。
講演会終了後、あちこちのかたがたと挨拶なされてました。握手する人もいましたが、敬礼もしてました。やはり海軍式の敬礼でした。
茶会の道具は、これも日本一の道具屋某が・・・


振って湧いた災難オンブー2010/05/01 [23時31分53秒]
今日、嫁さんは仕事。平日と変わらぬ姿であわただしく出かけました。夕方、左手に包帯を巻いて帰ってきました。添木があてられています。
 銀行へ行く途中に転んで、折れてはいないけれども、医者からは、動かすなと言はれたそうです。
 そんなわけで明日からしばらく家事全部私の仕事です。子ども三人、みんな家でうろうろしています。餌をやらなければいけません。そして洗わなければなりません。

 四月から三男も小学校に行ってますので、平日は随分楽になりました。保育所のように送り迎へをしなくてもよくなったのです。
 で、偶然にして、五年生三年生一年生の息子三人、みんな二組二十三番でした。またしても確立の神様の無駄遣いでした。


あの防空壕、わしらが掘ったオンブー2010/03/25 [00時04分09秒]
今日、お客さん同士が昔話をしはじめ、「プールのスタンドの横にあった鉄棒のところに防空壕があったやろ」「おう、わしらが六年生のときに掘った。穴掘った後、教壇をかぶせて土載せて、その上にかぼちゃ植えたんや」
 私もその小学校、もちろん当時は国民学校、に通っていたし、同じ校舎だったので、位置関係はよく分かる。で、かなりの数の防空壕を掘って、町内ごとにどの壕に入るか決められていたとのこと。ただ、中は蚤と虱の巣窟になっていたとのこと。でも、空襲警報がなったら行かなければならないし、やだったと。
 一応、石川県は空襲を受けずに終戦となりましたが、富山、福井はいずれも壊滅しましたから(うちの母は富山のときは夜空が真っ赤になって見えたとか)石川県も遠からずの思いだったでしょうね。金沢や小松はともかく、松任なんぞという小地方都市まで爆撃されることはなかったと思いますが。
 松任にも大阪から疎開児童が来ていたそうです。我が家のすぐ近くのお寺に何名かいたそうですが、「一言もしゃべらなんだ」とか。そうだろうなあ。都会もんと田舎もん、お互いに警戒するだろうし、疎開しているほうは何かと肩身が狭いだろうし。

 長男と次男が通信簿を持ってきた。まあ、勉強が出来るほうではないと知っているけれども、もう少しなんとかならんかね。あと、おとうさんは図工は5以外取ったことなかったぞ。でもいまの通信簿は三段階絶対評価なので、本当のところどうなのか、よく分かりません。

 中学校の時の水泳部の後輩が亡くなりました。45です。結婚して子どもも一人いるはずだったのに、通夜の席にはいませんでした。すでに離婚したとのこと。転職を繰り返し、アル中みたいだったし、病気持ちだったし、でも、喪主の母は寂しそうでした。受付、帳場は当時の水泳部連中がしておりました。あの団結力はすごいもんです。

 長男の小学校の卒業生の一言集、尊敬する人、親鸞聖人。好きな言葉、慈悲。将来の夢、寺を継ぐ。だれだこれはと思ったら、我が家のお手継ぎのお寺の息子さんでした。うん、えらい。私の導師様です。


禁煙世界オンブー2010/03/01 [00時28分10秒]
久々の京都出張でありました。
雷鳥号が全席禁煙とは聞いておりましたが、まっことつらかったのです。ついでに駅も禁煙。帰りの京都駅0番ホームの端っこに残っていた喫煙フィールドも撤去されていて、結局、三時間の禁煙。ここまでせにゃならんのかえ。

一昨日、学生時代の友人からメールがあった。息子の大学入試二次試験の付き添いで京都に来ているとのこと。なんとまあ京大医学部の受験だそうです。すでに防衛医大に合格しているので、思い切って挑戦したとのこと。うひゃあ、すごいもんです。

で、今回の出張は、茶道具の問屋さんの見本市だったのですが、あまり高額なものは買いませんでした。買えませんし売れません。この業界の先行きは暗いです。
ここの会社の社長さんの弟は「観音」とかいふ光学機器メーカー勤務なのですが、ベトナムの工場を立ち上げるために数年間海外勤務していた模様。そしてその間、自分の給料は全く使わなかったとか。現地のメイド二人と運転手付。経費は全部会社持ち。
帰国したら即刻、横浜にマンションを買ったとか。

四条通に新しい模型屋さん発見。なぜか女の子もお客さんに居る。不思議でした。半球百貨店が撤退するといふご時世なのに、模型店が出来ている。

で、禁煙世界。買うのも大変なら飲むのは(煙草を飲むと書くのは古いのでしょうね)もっと大変。かつてバス停にあった、そしてもうもうと煙をあげていた灰皿がない。通りにおいてあるベンチも禁煙。裏通りを歩けばいいのでしょうがね。

雷鳥の車中は丸谷才一の「食通しったかぶり」を読む。金沢では「つば甚」に泊まって「大友楼」に食べに行っている。「太郎」も行っている。わたしは「つば甚」のほうが金沢の味らしくてすきなのですがね。「太郎」は好きです。あそこは勝手になべをつっついてはいけません。すべて仲居さんがしてくれます。その通りに食べなければなりません。「和田屋」は、んー、行ったことがないのです。ところで、丸谷さん、楽しそうな仕事の「取材」に行ってますが、奥様は家に置いてきぼりで問題はなかったのでしょうか。


学級閉鎖オンブー2009/11/19 [00時56分18秒]
長男のクラスの三分の一が風邪などで休んだので、学級閉鎖だそうです。家で宿題も少しありますが、基本的に外出が出来ないので、ぶらぶら遊んでます。時間がありすぎるとビデオも飽きるらしく、店で手伝いもしてくれます。今日は近所へ配達に行きました。で、どら焼きをもらって帰ってきました。あのねえ、お客さんから代金と、まだお土産までもらってきてどうしますのや。

で、嫁さんとふたりで、一週間ひまができたらどうしようと話をした結果、二人とも本が読みたいと。えと、旅行も別に行きたくないしね。
でもねえ、子供を置いてどこにもいけないじゃあないかと、夢のまた夢だと分かりきった結論にたどり着いたのでした。

学研の零戦本が出てましたけど、どうも買う気になれませんでした。巻末に参考文献や引用元が載っているという、ムック本としては珍しい体裁でしたね。


嫁さん発熱オンブー2009/11/07 [00時55分52秒]
昨晩から熱っぽいと言い始め、今朝は39度超え。
もしかするとついにあのインフルが我が家に・・・と心配しました。
ので、すぐに近所の病院に連絡。熱が高い、耳の下のリンパが腫れた、と。
で、マスクをして歩いて2分のところにある病院まで車で送る。甘いなあ、わしも。
結果、長男の「おたふく風邪」がうつったらしい。ええ、2週間前、長男が発症、一昨日から次男三男発症。でも「私は子供の時に罹っているから大丈夫」と言ってたのに、どうも免疫ができてなかったのか、見事に腫れてきました。
ま、男と違って、子種がどうのということはないのですが、本当につらそうです。それと、家事の一切が私にかかってきたのです。ま、ほとんどこなせるので、どうということはないのですがね、ただ、朝起きがつらい。(でも今一時だ。夜更かしだ。)


ああ、神様おねがいオンブー2009/11/05 [00時28分02秒]
私は家の主人である。だけれども稼ぎが少ないので嫁さんはサラリーウーマンである。オーエルなどといふほどのものではない。
なので、風呂の掃除は私の受け持ちである。そして今日、携帯を
ポッチャン
残り湯の中に落としてしまった。
とりあへず裏蓋をはずしバッテリーとフォーマカードを抜き、タオルで拭きティッシュで拭き、でも急いで出なければならない用事もあったので、そこで放置。帰宅後、ドライヤーで乾燥を試みる。そしてネットで復活法を検索。
いろいろあるみたいですね。私の場合、データなんてどうでもいいので、ハード部分が直ればいいのである。
でもなあ、今年の一月に変へたばっかりだからなあ。前のは五年使ったのに。
神様、神様、ここを見ていたら、どうか私の携帯を復活させてください。


ぎょぶつオンブー2009/11/02 [00時32分40秒]
貴さま、ありがとうございます。なんとか今年も記念日を乗り越えました。これも普通の市民生活を何とかすごさなければならない試練の一つだと、ええ、そんな大層なものではないのですが。

さて、我が家の前の通りは旧北陸街道でして、お向いさんが元本陣でした。で、我が家も昔は宿屋でした。お殿様が向かいの本陣にお泊りで、うちあたりは少し下の家来だったのでしょうね。ま、うちの場合は明治になってから分家して住み着いたのでなんにもそれらしいものはないのですが。
で、お向いさん、そのころから続いている名家です。十五代めだとか。当時の屋敷と庭を今も維持しています。とんでもなくお金がかかります。今はこのあたりではみんな知ってるドラッグストアチェーンの会長です。
さて、先日、ロータリーの人たちをお招きしての茶会が開かれました。掛物、出したから見に来てくれといふので出向きましたら、あら読めない。横に箱と極書がおいてあって、その箱、一番外の箱が黒塗りに葵の御紋。極書も表具されていて、広げてみると、玉室と澤庵の連名で書いてある。へ、因陀羅。重文にありますがな。しかもこれ、徳川家からでた御物ですがな。へへー。
わたしは思わず床前から膝退したのでした、ズリズリズリと。
で、当主、つまり会長さん、骨董にあまり興味がないので、そんなにいいもんなのかあ、などとのんきなことを言ふとります。

ロータリーの人たちもいささか度肝をぬかれたようでした。
で、その後、このお向いさんにやってきたのが、某大手流通企業の会長さん。弟が今をときめく外務大臣という人。秘書も連れずに単身やってきました。はあ。気さくな人とはお聞きしておりましたが。
で、あさって、近所のご婦人方をお呼びして茶会だそうです。
お茶は当然、うちのお茶です。

清巌と澤庵の一行はお向いさんが持っていたのは知ってたし、嵯峨切も見たけれども、因陀羅まであったとは知りませんでした。出すところに出せば当然、重文です。
ついでに乾山がさりげなく出してありました。もう、本当の金持ちって・・・


結婚記念日おめでとうございます。2009/10/15 [12時49分52秒]
 当方は今日です、夜居酒屋で乾杯です。
 数年前、夫婦ともに結婚記念日を忘れていて、妹からプレゼントが届いて気が付いた時がありました。
 まっ、そんなものでしょう。


忘れかけてたオンブー2009/10/15 [00時31分01秒]
そうそう、結婚記念日を忘れかけてました。
12年目ですかな。いやもう10年超えるともう何年目か覚えていなくなります。
で、当日の晩、嫁さんが紙パックの日本酒2リットル入りにマジックで「結婚記念品」と書いて机にドンと置いたのでした。私は当日までに用意できずに、今日CDを買ってきました。
明日朝一番に渡します。


妖怪饅頭オンブー2009/10/15 [00時26分21秒]
カンタニャック先生、ご来訪ありがとうございます。

さて、最近の若い女の子はどうも私とは世代が完全に違うらしく、先日、彼氏と婚前旅行に行って、そのお土産を茶道部のお稽古場で披露してくれました。妖怪饅頭でした。新聞紙に包んであったのでなんだろうと思ってましたら、その新聞、妖怪新聞でした。芸が細かいですね。
で、婚前旅行なんていふたらやっぱり夜は婚前交渉もあるんでしょうな。ああうらやましい。ちなみに私は嫁さんとはさういふみだらなことはいたしませんでした。はい。まじめな訳でもなかったのですが、いろいろ障害があって、その機会を逸したまま結婚式になってしまったわけです。今日日めづらしいそうですね。

世傑、国江本でしたね。模型作成に熱心だったころならうれしかっただろうなあ。ドラゴンの72で造りかけましたが、挫折してから5年間は放置してあるなあ。もう組みにくいったらありゃしない。田宮は48に続いて72でも発売すべきでしょう。

茶道の青年部の部長(32)から「あのときのお茶会にいただれだれを紹介してください」と言われたのだけれど、残念ながら「売約済み」といいました。だいたい、きれい、かわいいのから順番に売れていくんですから。ま、わたしは少し「遅かった」のですけれどもね。


わかりますっ!カンタニャック2009/09/30 [21時19分20秒]
中国ネタを検索するとき、日本略字、繁体字、簡体字を全部チェックするのは大変です。(その上、役立ちそうなサイトが簡体字しかなかったりしたときは、メインランドチャイナに恨みがあるわけではないが面倒だなと思う)


日本にはなかったものオンブー2009/09/30 [00時43分46秒]
今週の土曜日には、私が亭主を務める月見の茶会があります。市の茶道文化協会の副理事長なんぞ引き受けたものですから仕方ありません。
で、掛軸が裏千家の先代の家元の「遠岸秋色白」なのですが、おそらく杜甫の五律、遠岸秋沙白 連山晩照紅 云々から転訛した禅語なんだとおもいます。で、この杜甫の詩の全文をネットで検索したところ、日本語のものがない。ハングルのものがひとつありました。
新井白石以降、漢詩文は日本人の方がリードしてると思ってたのに、これは意外でしたね。それと韓国にも杜甫李白好きがいるのだなあと。でもねえ、詩本文以外に漢字がないのですね。大丈夫なんでしょうか。国名も名前も漢字表記なのに、韓国。
不思議と台湾のサイトがありませんでした。あそこは、漢字に関しては、最後の清朝の末裔です。いまだに百年前の漢字を使ってくれています。ありがたいことです。日本でも漢詩文は旧字を使うべしとなっていますので、だからネットでどうこうするのは非常につらいのですが、台湾なら普通に出来るはずなのですがね。
少し前、辛棄疾といふ南宋の人の詞(詩ではない)を検索したところ、日本のサイトがありました。いえもう、もろ私の好みの詩人が紹介されておりました。うれしかったですね。でもフォントがばらばらでしたね。


訂正オンブー2009/09/15 [22時34分46秒]
叛乱→反乱、下女→女中、でした。
このころ、丸谷才一氏は現代仮名遣いで書いてましたね。
最初のころは歴史的仮名遣い、何しろ旧制高校ですから。途中から現代仮名遣い、それを十年ほど続けてまた歴史的仮名遣いにもどってます。
どちらがいいとかは簡単には言へませんが、自国の古典が読まれない現状はいささか問題があるなあ。先日も茶道部で古今集と新古今集の話をはじめたら、誰も反応を示さなかったんだもん。


黒歴史だよなーオンブー2009/09/15 [00時37分36秒]
丸谷才一の「たった一人の叛乱」を読んだのです。感想はとにかく、少し気になった記述が。
戦時中、仏教界が戦争に加担したことはわりと知られていますが、キリスト教の側でもあった、それも教義を変えてまで。
教会大合同を行い、三位一体説に天皇を加へて四位一体説をとなえ云々。
ネットでもこの話はあまり出てこなかったので、裏づけを取るのに少し手間取りました。そういふこともあったようですね。そして今も残る日本基督教団がそれであるとか。
でも、いいんでしょうかねえ、勝手に教義を変へても。

キリスト教といへば、かつて週刊文春に永らく連載されていた高島俊夫氏の「お言葉ですが・・・」の最終段、キリスト教のあるいは教会関係者への悪口が散在してました。もともとが予言と預言が同じものであるという話から始まったのです。予は豫の略字であり、預は豫の異体字である。だから預言も予言も同じことだ、という話でした。で、教会関係者は頭が悪いだのといふ悪口につながっていくのでした。なので連載中止、それまで十冊出ていた単行本もこの部分は無し。連合出版から同じ装丁で出ましたけれど。文庫も当然なしだろうなあ。

仏教は日本人向けに、日本でしか通用しない教義が随分とあるようですが、キリスト教でもそれは認められるんでしょうか。カトリックならローマ法王が一言「ダメ」と言うのでしょうが、プロテスタントはどうなんでしょう。

「お言葉ですが・・・」は文庫で十冊持ってますが、ここのアンスクで白兵のことの詮議があった数年前に結論を出してました。同じ結論に達してました。加藤隼戦闘隊の隊歌についてもかなりのページを割いて書いてあります。で、刈谷氏の美文調のお手紙も掲載されております。「同期の桜」にまつわる話もありました。

「たった一人の叛乱」は題名は有名ですが読んだことのある人は少ないでしょうね。文庫になってますが講談社文芸文庫で千五百円。しかも本屋で見つけるのは至難です。昭和44年ごろのお話です。「二十歳の原点」と同じ時代かあ。私は当時保育所の年長組み、今の三男と同じです。下男下女が「おてつだいさん」になっていくのがこのころだったんですなあ。昔の彼女の母の実家は下女が何人かいたとか聞いたなあ。で、この時代に女子刑務所のことを調べるのは大変だったでしょうね。


やっぱりとしなのかなあオンブー2009/08/18 [23時04分19秒]
今年も小学校のプール監視の当番が回ってきました。スク水です。高学年の児童はほとんどいないのですが、でも、悲しいかな萌えません。やはり2次元と3次元は違います。
でも、プール時間が終わって、ぬれた髪を乾かしもせずゴムでちょとまとめてノースリーブのワンピースなんか着て「ありがとう、さよなら」と言われたら、萌え〜でした。
先日は45歳のセーラー服に萌え、だったのですがね、不思議なものです。

世傑、FJ、いまいちぬるい。編集者に「この飛行機が好き」感がないのか。鳥飼さんの記事がないのも寂しい。FJ−4の平面形、あれはクリップトデルタではないのかなあ。もはや後退翼ではないですね。F8Uの平面形とそっくりです。


同窓会8年ぶりオンブー2009/08/16 [00時44分35秒]
今日は中学校の同窓会、前回は8年前のお正月でした。でももうすっかり変わってましたね。男はこれは誰だ、と倍角変換されてたり、頭がしろくなってたり薄くなってたり、でもまあ分かりましたけれども。女のこは、当時からかわいかったこは少数の例外を除いて相変わらずだったのですが、そうでもなかったのもきれいに化けてきてました。名札を見ながら、ええと、○○さん?などとやってました。残念ながら当時の片思いだった子は来てませんでした。
で、後半のアトラクション、女子幹事一同、当時の制服のセーラー姿で登場、その瞬間、気持ちは30年前の中学生時代に戻りましたね。地味な紺色に臙脂のラインとスカーフの冬服、紺のスカートに白に紺色のラインとスカーフの夏服、スカートの丈はひざ下。みんな45歳です。でも、今の言葉で言えば、萌え〜でした。
当時の担任の先生も半分ほど来ておられました。そのうち3人は今でも何かとお世話になっております。当時、女子から人気のあった先生も頭はすだれになってました。
同窓の物故者は8名、全員で400名ほどいましたから、まだほとんどが健在です。今日の出席が180名、いい出席率です。幹事の皆さんの電話ローラー作戦が利きましたね。
ホテルの会場を追い出されてもいつまでもロビーで話が続きました。


10年振りかオンブー2009/07/26 [22時37分36秒]
長男の自転車のタイヤ交換をしました。22インチのオフロードタイプです。
前にタイヤ交換をしたのが10年前の自分の700cでしたから、ずいぶん久しぶりでした。勘が鈍ってないか心配でしたが、あれこれと手際よくパーツを外していくのを見た嫁が、へー自分でタイヤ交換ができるとは思ってなかったと。長男にも手伝わせようと思っていたのですが、あまりの不器用さに5分であきらめました。
次男も三男もなんとか自転車に乗れるようになりましたが、まともな自転車を買ってあげてないので、それに乗ってどこかにいくようなことはしません。
思えば、私が三角フレームのスポーツ車を手に入れたのが5年生の秋、当時は後ろにフラッシャーをつけたのが流行っていて、何人かの友人はそんなのに乗ってました。単1電池が8本ほど入ったものです。うらやましくないわけでもなかったのですが、あれは高かった。予算オーバーでしたね。
その次は高校1年の春、通学用でした。クロモリ鋼のフレーム、10段変速。それを2年で事故って、ハイテン鋼の重いやつに買い換えました。学生時代は駅の自転車置き場横の廃車の山からパーツを拾ってきたもので何台か組上げました。まだ、27インチのものでしたね。
就職して2年目、700cのスポルティーフを買いました。というか、大学生協の自転車屋さんにパーツを頼んで、1週間通って組上げました。スポークの組み方を一から教えてもらってです。それは今も健在ですが、ここ何年も乗っていません。昔は飲み会には自転車で行ってましたが、もう無理です。嫁に止められてます。でも、廃車できません。もうパーツもありません。規格が変わりましたからね。


野辺の送りオンブー2009/05/15 [00時20分51秒]
まったく突然に父が亡くなった。最近少し調子が悪そうだったものの、前日まで店に出たりもしていたし、食事も普通だったし、一人で二階まで上がり降りしてましたから。
 朝、起きようとして途中まで着替えたところで尽きたようです。いきなりの物音で駆けつけると、うつ伏せで倒れており、仰向けにしてみるとあきらかにおかしい。すぐに救急車を呼び、心臓マッサージをしました。二分ほどで救急車は到着、すぐに応急処置が始まったのですが、すでに事切れていたのでした。
 搬送先で死亡が確認されるまで約一時間、私は心の中で「もういいよ、十分してもらった」と念じたのですが、懸命に心臓マッサージを続ける救急隊員と病院スタッフには言い出せませんでした。
 救急車の救命救急士、高校まで同窓だった男でした。事済んでからしばらく話をしました。このようなところでの再会は、お互いにまあ不本意でしたが、前の同窓会にも出てきてなかったようでしたので、非常時でしたがしばらく話をしてました。
 直接の死因は、大動脈破裂。一瞬のことでしたから、父はおそらく苦しまなかったと思います。
 それが月曜日の朝のこと。それからもう葬儀の手配、親戚の連絡、いろいろな手配、しかも店には配達の注文が入ってくる。
 通夜の日の午前中まで仕事の配達をしてました。で、葬式の後、配達が一件。でも、仕事が何よりの生きがいだった父のことですから、むしろ休んだりしては怒られたでしょう。
 幸いな事に、あれこれ指図する親戚もいなかったので、私の思うとおりの葬儀が出来たのは幸いでした。一昔前と違って、葬儀社のスタッフも何かとお世話してくれました。葬儀社の担当者は、まあ慣れてるのでしょうね、家に来てすでに値踏みしているらしく、中の下ランクを推薦してきましたし、私はそれを最安値のものに指定し続けたのでした。ところが、通夜が始まる前までに供花が予定の倍ほど届き、県市の顔役の弔電が届き、市の名士の弔辞が入り、この家は何者なのかと思われたでしょうね。葬儀が終わってから葬儀代の心配をする私にその担当者は、まあお香典で余裕で出来ますと云ったのでした。請求書はまだ届きませんが、どうも大丈夫なようです。
 で、お墓が問題。25年前、祖母が亡くなった時で先祖代々の墓はもう満杯になっていたのでした。何度か新しいお墓の話はあったのですが、誰もそんなに早く必要になることがないと思っていたので、延ばし延ばししてたのですが、ついにそのときが来たのです。今日、町内の石屋さんに行ってきました。四十九日までに出来るようなので、お願いしてきました。お互いに同じ町内に百年ほど住んでいる店同士なので話は早いです。無茶な値段は付けません。
 そんなことで、月曜日から今日まで、何か夢の中にいたような日々でした。もう木曜日が終わって、いろいろあわてなければなりません。市役所税務署銀行、まだぜんぜん行けません。早めに手続きしないと、電気電話水道各種リースなどなど引き落としが出来ません。そう、最近は保険も引き落としでした。取引先にもいろいろとご挨拶に伺わなければなりませんし、まったっく慌しいことです。でも、おそらく、それがいいのでしょうね。時間が空くと涙が出ますからね。
 


訃報オンブー2009/05/09 [02時10分26秒]
今日の朝刊で、やまだ紫の死を知る。近年病気がちだとは読んでましたが、精華大学の教授にも招聘された事ですし、また読めるかなあと思っていたのに、ですが。
旦那のブログに先月末倒れてからの状況が書かれている。毎日毎日長文の記事を載せている。一日に何度も書いている。すでに回復の見込みがなく、その最後が秒読みになっていく状況を書いている。回想と将来とを混ぜ込んで、読んでいてさすがに疲れました。
紫は60歳、旦那は43歳、私より若いじゃないか。しかも白血病である。肉体的にはぼろぼろの夫婦でありました。しかも年度末には旦那は大学の非常勤講師を解雇されているし。
でも、旦那もこれから思い出だけで生きていけるのでしょうか。白血病って長生きできるのでしょうか。
もし私が一人残される事になったら、ちゃんと生きていけるのかなあ。毎朝おきて子供の朝ごはんを作って洗濯機を回して仕事して学校行事に顔をだして新しい靴下を用意してたまには弁当を作ってドライブに出かけて、はあ、無理です。
嫁さんも、やまだ紫のファンだったので、がっくりきてました。
代表作といはれている性悪猫としんきらりは本棚にあります。そのほかはなかなか入手できません。今後も再販されるのでしょうか。それとも「幻の」作品として高価で取引されることになっていくのでしょうか。漫画というジャンルは文学作品より一段落ちる評価しか与へられずに、消耗品扱いされる事のほうが多いのですが、永く残ってほしいものも多いのです。ちくま文庫、えらい。


久しぶりの映画オンブー2009/04/15 [00時08分29秒]
長男が産まれてから映画館には行くことがなかったのですが、日曜日、久しぶりに映画を映画館で見てきました。嫁と子供三人もいっしょです。ヤッター満です。はは。ま、楽しめましたがね。でも入館料、高くなったなあ。

裏千家の家元の長女が葵祭に奉られる事になったそうです。ははー。家柄も血筋もそれなりでなければなれませんから。でもなあ、家元の長男はなんか「詩人」になってるし。はあ。

前から気になっていた川口慧海の「チベット旅行記」を読み始める。えらいもんです。私も仏教徒の端くれですが、まったく足元にもおよびません。少しは修行します。禁酒禁煙から始めなければならないようです。なかなか成就しがたいようです。


春は遠いなあオンブー2009/04/02 [00時35分53秒]
出戻り寒波とでもいふのでしょうか、明日未明は雪の予報です。寒いなあ。朝、起きたくないなあ。
さきおととい、長男が発熱、インフルエンザBでした。なんとまあ時期はずれなと思って小児科病院へ連れて行くと、三十人待ち。予約だけして一度家に戻って一時間後に出直しました。
昨日夜、次男発熱。今日再度、小児科へ。また来たよーと看護婦さんと雑談。もうなじみの顔です。で、今晩、三男発熱。明日もまた行かなければならない。なんか割引ないかなあ。まあ、一人一月千円以上は市から補填されるのですがね。

WBCは無事、日本の優勝で終わりましたが、原監督の記者会見で言っていた「にっぽんぢから」とはいったいなんなんだろうね。新しい言葉をつくったんでしょうか。語感もあまりよくないし。侍ジャパンなどと言われていたのだから、すんなりと大和魂と言へばいいのに。どこかから「ダメ」といわれていたのかな。それともそんな言葉、知らなかったのかな。

世傑、F7Uでした。昔、フジミの72を作った覚えがあります。完成一歩手前で中断。そのままどこかにあるはずです。塗装もほぼ終わっていたと思うのですが。でもあの頃のプラモ界、今から思えば異常でしたね。やたらディテールにこだわった、組みにくいキットが多かったような。長谷川とフジミの72のトムキャットの競演もありましたし、あれはどちらも贅沢なキットでした。
で、今回の表紙の佐竹さん、すこしデッサンが捻れてる。確かに描きにくい機体である。ちょうど反転したアングルで私がここの絵掲に出したのはもう五年前。機体はともかく女の子はもう一度描き直したいなあ。

さて、某ロケット打ち上げまであと数日。国民の意識はともかく、防衛省は準戦体制なんでしょう。報われない仕事です。


100年前の係累オンブー2009/01/24 [00時08分51秒]
いつの間にかひと月以上たってしまいました。新年のご挨拶もせず、失礼いたしました。
今朝、ラジオを聴いていたら「ロシアの外交官が、金沢で鮎の塩焼きに添えてあった玉石を間違って噛んで割った云々」
ロシア人ならするだろうなあ。で、何ゆえロシアの外交官が金沢へ来るかといへば、日露戦争のときのロシア兵のお墓が金沢にあるからです。で、
先日、いつもお世話になっている茶道の先輩が「いやー実は私、どうもロシアの血が入っているようで」と。聞けば、その人の母方の祖母の家がお寺であり、日露戦争のときに捕虜の兵隊さんが随分といたらしい。で、出来ちゃったらしい。なのでクォーターということです。らしいです。その話を知っているはずの人たちも随分少なくなりまして、子供にもほとんど話さずにいたようです。「道理で色も白いし毛深いし」と本人も納得な様子でした。
でもねえ、七十こえてから自分の出自を知らされるのも、納得できるんでしょうかねえ。
私は足胴比率から見ても「国産」でしょうね。

学研の「敵国海軍戦闘機」を購入。今まで自分の中でも評価に迷っていた「コルセア」について納得。でも、あれよりも視界の悪い艦上機が、ああ、大変でしたでしょうね。

お正月に携帯を更新しました。メールの文字が随分小さくなって、老眼が始まっている身にはつらいです。ゲームも入ってないし。
仕事関係で和漢朗詠集を買う。講談社学術文庫、二千五百円。高いけど仕方ない。で、三十七版。売れているのである。はあ。隠れたベストセラーでしょうね。


ドイツの歌オンブー2008/12/20 [01時10分53秒]
先ほどまで都会(金沢)で忘年会でした。お茶人の忘年会ですが、することは一般人と変わりません。
で、久しぶりであったドイツ人女性(金髪、美人、夫と子供あり)に会うことが出来ました。オーストリアの空港のカウンターで、なぜか言葉が通じないと思ったら日本語でまくし立てていたというお茶目なドイツ女性です。
で、久しぶりにドイツ語の歌をといって歌ったのが「仁義巣漢」でした。日本で一番知られているドイツ語の歌ですと。うっ、ほっ、とみんなで合唱になりました。

で、彼女の母親はボヘミア生まれ。大戦後、帰国命令でドイツに帰ったとか。当時母親は七歳。お里がシュツットガルトだったので西側で幸運だったと。でも当時のチェコは誰が何人かなどという事はまったく問題になっていなかったので、そのまま残った人も多かったらしい。命令といっても強制ではなかったそうです。戦後のこのあたりのことはまだまだあいまいですね。


読書の冬オンブー2008/12/13 [01時04分54秒]
今日の出張のお伴は丸谷才一の「裏声で歌へ君が代」でした。国家論の本です。楽しめましたが。で、登場人物が次から次と国家論を述べるのです。おうまるで「悪徳の栄え」みたいではないかとも思ったのでした。農夫が人間の快楽について延々と述べるがごとく、スーパーマーケットの店長が国家論を述べるのです。
でもね、平成二年発行、平成十四年ニ刷って、売れてないんだろうなあ。
いっしょに読んでいるのが「血にコクリコの花咲けば」森嶋通夫です。岩波新書で何冊か読んだ覚えがあります。まあ森嶋氏の本職の経済学の本ではありませんが。この人の経済学は難しいのでよくわかりません。はい、経営学士の劣等性です、私は。最小単位で卒業しました。
戻って、丸谷氏、大正十四年丑歳生、来年で八十五(数え)です。戦争中の事情は肌身を持って知っている人ですね。この本が書かれたころ、昭和五十年代はまださういふ人が大勢いました。銭湯へ行けば片足片手の人にあうのは珍しくないころでした。私は中学生か高校生、家にも風呂はあったのですが、材木を燃やして沸かす型だったので、たいがいは銭湯に行ってましたから。小学生の頃は時々プラモの軍艦を持って行ってました。帰るまでに中破するんですけれども。時々「お、鳥海や」などと言われました。ええ「高雄」だったんですけれども。
国旗国歌論争もありましたっけ。まあ一石を投じたんですね。表紙の見返しの写真が若い。

長男、テレビにうつりました。バカには見えないように編集してありました。ああよかった。
あの日以来、雪は降りそうにありません。スタッドレスタイヤが無駄に減っていきます。燃費も一割は悪くなりますしね。


もう雪がオンブー2008/12/08 [22時26分41秒]
金曜日から「明日は雪」の予報でしたが、まあたいしたことはなかろうと思ってました。が、土曜日の朝から雪が・・・
土曜日の午前中は三男の保育所の表現会でしたので何にも出来ません。午後から雪の中、タイヤ交換です。今年からは二台。父が車に乗らなくなったので一台処分したのです。
で、車に乗らなくなった理由に、ある日、エンジンのかけかたが思い出せなかった、だと。どわすれにしても程があります。ボケが始まったのか。まあ早めの運転免許返上が世のため人のためでしょうね。

翌日曜日は快晴。今日も午前中は快晴。しばらくは雪も降らないようです。スタッドレスタイヤの減りが気になります。
で、雪の土曜日、長男は小学校の担任の先生に連れられて白山の中腹までカモシカを探しに行ったのでした。地元テレビ局の企画ですが、小学生の自然観察の様子を撮影したかったそうです。で、思いもかけずに雪。先生を先頭に雪をラッセルしながら観察小屋へ行ったそうです。望遠鏡で何頭か発見できたそうです。この様子、明日放映です。親戚などには通告済みです。ああ、でもバカな事話してなければいいんですが。それと、一緒に行ったクラスメイト、男はうちの長男だけ、あと女の子が四人。なんかなあ、最近の男子はどうなったんだろう。


日曜日の一時間オンブー2008/11/10 [22時21分25秒]
毎週日曜日の午後、子供達を連れて図書館に行く事になっています。児童図書は二階に隔離されております。一階の一般図書のほうでいろいろさがしたい本もあるのですが、しかたありません。が、ときどき大人向けも混じっています。特に筑摩書房の本ですね。「真空管の伝説」「パベッジのコンピューター」などもこちらにありました。先日は「恋するコンピューター」を読んでました。なかなか面白そうな題名です。途中まで読んだところで、子供達が帰るといふので、あきらめました。夜、検索してみると文庫で出てたことを知りました。で、さっそく本屋さんへ。
ええと、コンピューターの話はほとんどありません。実際には時期尚早だったAIの開発にたづさわった人らしいのですが、まあねえ女性らしい話になっていって後半は育児書のようでした。
で、ちょっと気になったのが、著者の黒川伊保子氏、昭和34年生まれ、なのでわたしより少し年上ですが、そのせいか言葉の感覚がすこしずれますね。この本のキーワードの一つ「青い風」も私の感覚だと、ひとまへで出せない単語ですね。
あと、漢字についてはその手の専門家に聞けばたちどころに正解が出てくるのに、さも「自分が発見したちょっといい見解」のように書いてあります。まあ理系の人ですからと思っても見たのですが、だが待てよ。
ちくま文庫で本が出せるような人といふのは、まあ毎日一冊ぐらいのペースで本を読む人種ではなかったかと。きっとどこかで読んで知っていたに違いないと。


つづきオンブー2008/11/07 [01時45分36秒]
私の彗星好きは私が絵掲にUPした彗星の頻度を見ていただければ了解していただけると思います。
最初の投稿こそ四式戦でしたが、次が瑞鶴から発艦する彗星、彗星の女神様、空冷の赤い彗星、未明の艦上の彗星、と他のどの機種にもないほど描いております。
ええ、単発機では彗星が一番好きです。次点が烈風、彩雲と、つづきます。
双発機では銀河と書きました。まだ絵にはなっておりません。なかなか難しい機体です。先日発売の学研の本にCGで大量に出ていたのでうれしかったのです。いえね、いつもならCGのページは紙の無駄使いに思えていたんです。今回は銀河だったし、クオリティも高かったのでうれしかったのです。で、何枚か書きかけだった銀河を半分ほど削除しました。
双発機の次点は天雷、キ83、キ102甲、キ46と、つづきます。どれもまだ描いておりませんね。
三発機で一番はもちろんアルカンシェル。以下B727、トライアンダー、イタリアの輸送機群と

議論ボード、なんか変な事になってきましたね。32番地も。私は本人を知らないので、というか、オフに出られない地域なので、誰も彼もあったことがないので一概にはいへませんが、まあ誰に非があるのかはだいたいわかります。でもねえ、大人気ないなあと。

先日、同級生の死亡を新聞で見ました。母が喪主になっておりました。ああ、独身だったのかなあ。やんちゃな奴でしたけれど、中学校のときはクラスも一緒になったこともあったし、結構話もしたからなあ。何があったんだろう。



影絵オンブー2008/11/05 [22時29分36秒]
はいすみません。一目瞭然の彗星です。私の一番好きな単発機です。一番好きな双発機は銀河です。山名先生のラインが好きなのです。だから景雲も(少し)好きです。たとえば翼端の丸め方、零戦と比べても断然格好いいです。


影絵zz2008/11/05 [17時20分42秒]
人物が無い状態で全体を見ていただけば一目瞭然かと。。


せんせい、zz2008/11/01 [06時32分33秒]
今日は特別に大サービスよ。。


まあ若いもんはオンブー2008/11/01 [01時09分37秒]
アリエフ様>その頃の頭脳警察は聞いてませんので、題名から内容を想像しています。先日、中古CD屋さんに行って探してみたのですが、頭脳警察もパンタもありませんでした。はあ

今日は私が教えに行っている高校の文化祭でした。茶道部は当然、お茶会をします。
ショートカットでちょっと声の低い女の子がお客さんで来ました。なかなか行儀がよろしい。で、帰った後、聞けば、男子生徒だった。すね毛、そったのかなあ。なかなか美人に見えたのですがね。
文化祭の間、男女で制服を交換して着ることが流行らしく、男装の女の子も何人か見ました。女装の男子ももっといたことでしょう。よくわかりません。
ま、体格にあまり差がなくなっているのですな。

お点前はいろいろです。茶道の質は、茶を入れて湯をそそぎ攪拌すること、です。だから、お点前が止まらない限り後ろに坐る私は何も教えずに、自由に点前の創作をさせます。どうせお客さんもわからないのですから。はは、
で、女の子もみんな気合を入れてスカートを短くします。パンツが見えます。スパッツを履いている子もいますが、履いてない子もいます。もういいです。私は男の数に入れられてないんでしょうな。見られてもどうとも思われないっていうのは。すこしさびしいかなあ。


PANTAといえば・・アリエフ2008/10/25 [22時53分10秒]
頭脳警察からかなり後になりますが、クリスタルナハトは良かったな。日本のロックでもメッセージ性の強いものがあるんだな、と感じました。世の中、バブル真っ盛りの頃ね。最も、彼の作品で聴いたのはこれだけだけど・・


OUT 月刊アウトオンブー2008/10/25 [22時28分36秒]
なにゆえパンタを聞き始めたのかを思い出してみると、「狂い咲きサンダーロード」なる映画を見に行ったからでした。まあなんかようわからん映画でしたが、高校2年生にしては、ずいぶんとマセたものを見ていたのだなあと思います。暴走族の映画かなあ、マッドマックス風の。でも、ホモシーンがあったり薬物使用シーンがあったりで、今なら映倫通らないかもしれません。
でも使われていた音楽がパンタと泉谷しげるとその他。「ルイーズ」はラジオで聞いていたのですが「つれなのふりや」はこのときにはじめて聞いたのではなかったのかなあ。
つれなのふりや すげなのかをや の意味がわからなくってなにか外国の言葉かとも思いましたが、数年後、とある本で安土桃山時代の俗謡と知って、勉強の至らなさを知りました。

なにゆえこのような映画を見に行こうと思ったのかといえば、月刊OUTの映画紹介欄に載っていたからです。私はOUTの愛読者でした。一般にはこの雑誌、アニメの専門誌のように受け取られていますが、昭和55年頃にはまだこのような映画紹介がされていました。レコードの新譜紹介も少し変わったのばかりでしたし。私はアニメが好きだったかといわれれば、アニメはまず見ていなかったので、その他のページを読むために買っていたような気がします。ヤマトは好きでした。その続編はまったく見ていません。ガンダムも見ていません。その時間は水泳部で泳いでいました。嫁は見ていたそうです。メカフェチ、ロリコンの言葉の初出がOUTですが、読んでます。まさかあここまで一般化するとは思いませんでした。高校卒業前には購読をやめてました。

「狂い咲きサンダーロード」は、まあ金返せとまでは言わないけれども、何度も繰り返して見るほどのものではなかったと思います。しかし、このあと私はそれまでの洋楽優位を覆して、日本のロックもいいじゃないかと転向したのでした。まあでも何でも聞くようになったってことですがね。プログレもレゲェもクラッシックも(特にマーラー)も聞いてました。ゼッペリンもレインボーもストーンズもクイーンも、いまだにカセットのコレクションは残ってます。

そうそう、パンタの頭脳警察時代の歌に、スホーイ7に乗ってた頃が一番幸せだった・・・というのがありました。もちろんミグ25で亡命した某中尉のことを歌ったものです。コピーしてもらったカセットテープが見つかりません。

で、この映画、同時上映が「聖獣学園」でした。多岐川由美初出演の映画です。18禁ですね、多分。でも高校生の私が普通にみられたのだから、違うかもしれません。

「つれなのふりや」の動画を見つけてみていると、高校時代のなにか中途半端に反発し、だからといってどっちを向けばいいのかわからなかったころの自分を思い出して、しばしの時間旅行になりました。


ルイーズちゃんは今いくつオンブー2008/10/24 [00時19分53秒]
「一九七二」先日読み終えましたが、「頭脳警察」の話が出ていて興味深かったのです。小学生の頃はもちろんそんな人たち、知りません。高校生になって「ルイーズ」を聞いてからですね。パンタ&ハルになってましたけれど。でも、「頭脳警察2」というカセットを持っています。歌詞の意味がわからなかったものもあります。発禁になった問題部分は「ブー」となっています。一秒ほどです。
私は当時、「頭脳警察」が左翼、いや極左のバンドだとは知りませんでした。ラジオで放送されなかったからでしょうね。名前だけは聞いてましたけれども。「ルイーズ」で初めてパンタの存在を知りましたから。
今でこそ不妊治療の選択肢の一つとして、いわゆる「試験管ベビー」は社会に容認され、それで産まれた子供も珍しくなくなったのですが、世界初の「試験管ベビー」ルイーズちゃん(仮名)誕生は衝撃的だったのでしょう。神の摂理に反するなどは今でも言われることなんですが、精子バンクから買ってきて子供が作れるだとか、愛がなくても云々だとか、いろいろ。
私も人並みに結婚して、でもしばらく子供が出来なかったので、嫁さんの里から「一度病院へ・・・」と言われたことがありました。はあ、ルイーズちゃんの問題がわが身の事になるとは思ってもいませんでした。でも、その後は順調に、きわめて順調に、気がつけば男子ばかり三人の親になってしまいました。
youtube で検索してみると、パンタの動画ってやっぱり人気がないんですね。久しぶりに「ルイーズ」を聞いて、一緒に歌ってしまいました。


覚えていること、覚えていないことオンブー2008/10/18 [00時48分03秒]
昨日の出張のお伴は坪内祐三「一九七二」文春文庫でありました。この年、私は小学三年、今の長男と同じであります。札幌オリンピック、浅間山荘事件の時はまだ二年生。
オリンピックは覚えています。でも、前年のプレオリンピックのほうが印象に残っています。雪の上でジャンプの真似事をしていました。浅間山荘事件はテレビを見ていました。「四畳半襖の下張り」事件は知りませんでした。田中内閣の誕生とパンダの来日は覚えています。CCR来日は知りません。CCRは高校生になってから聞きました。ツェッペリンの来日も知りません。でも中学生になるころまでその余韻はありました。「ぴあ」は裏日本には関係のないことでござんす。
で、今日のびっくり。一条さゆりを賛美する駒田信二先生。うう、信じられませんねえ。高島先生も書いておられなかったし。ま、高島先生は、丸谷才一氏に言わせれば、普通の事が少し抜けていると。
駒田先生といへば「水滸伝」。今でも最高の訳です。私は十巻そろえる自信がないので買ってませんが、吉川幸次郎先生ですら途中で投げ出した「水滸伝」を根気よく翻訳し、形にしたのは偉業としかいへません。漢文ではなく白話文ですから辞書はありません。「水滸伝」の中から同じ語句を探し出して、その前後から意味を推測することの繰り返しです。で、そんな先生がストリッパー賛美の文章を発表し、そしてこれが一条さゆり逮捕の信管になるわけですが。
駒田先生は戦時中、中国戦線にいて捕虜になり、そこで随分しんどい体験をすることになります。このことはまた後日。


夢の不思議オンブー2008/10/12 [22時16分55秒]
今朝は、昔の片思いの女性の夢で目覚めた。もうすでに20年近くも会ってないのだが、なぜに今頃。
なにかきっかけがと、今日一日思い出してみると、昨晩、鳥町のどこかで薄田泣菫の名前を見たからか。そして、横にいた嫁さんに泣菫の号の由来を説明したからかなあ。
泣菫の本は、このあたりでは滅多に手に入りません。岩波文庫の「茶話」三巻はあまり出来がいいとはいへないので買ってはいけないとか。よって、別の本に引用されているものを拾うしかないのです。私は高島年男の著作で知りました。

で、今日は結婚記念日。実は先日嫁さんにプレゼントしたCD、何年か前に同じものをあげてあったそうです。笑って許してくれましたがね。


ほんとかいなオンブー2008/10/01 [23時28分34秒]
いろんな本を漁っていると、時々「ほんとかいな」と思う記事に出くわす。今日は丸谷才一氏の「花火屋の大将」。全編雑談みたいな本だけれども、その中に、37年ごろ、宮崎市定氏がドイツでヒトラーとカフェーで出くわし、二言三言話をして握手をした云々。


鳩、ふたたびオンブー2008/09/16 [22時31分05秒]
昨夕、鳩が巣に帰って来ました。ま、鳩の巣は卵を孵すだけの簡単なものなので、壊れかけていたのですが、修理を始めた様子。むう、またあのいい加減な子育てを観察しなければいけないのかなあ。
子供らは虫取りに一生懸命である。先週、嫁さんの里から雌のカマキリを捕まえてきて、しかも雄も捕まえて、交尾させて、その交尾の実況を叫び続け、その雄はうまく逃げて、・・・
カマキリの餌のため、毎朝六時おきで虫取りに出かけています。で、虫篭にいれて「捕まえた、あ、頭から食べてる、羽根残した」とやっております。神様になってるつもりですかね。

今週末、家元が金沢においでなのですが、台風も来るようです。先代は晴れ男だったのですが、当代は「嵐を呼ぶ男」と言われています。そういえば青森の地区大会では東北で地震がありました。ああこまったなあ。
50件以上の発言は削除されます。

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