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SF作家、ロバート・A・ハインラインのSF版新兵物語というべき小説 「宇宙の戦士」はわが国でも有名ですのでご存知の方も多いものと思います。同作品世界の設定での兵役制度は、選挙権および被選挙権は兵役満了の対価であり、兵役を志願するか否かは個人の自由、というものです。 この制度が志願制の一種なのか、義務兵役制度に含めるべきなのか迷いますが、現在の世界で実在の志願兵制度や徴兵制度に内在する政治的社会的 問題点を克服できる、という点では検討に値するものと思われます。 (すぐにでもわが国で採用すべき、という意味ではありません。) 私の寡聞のせいかもしれませんが、日本はまだしも 現在徴兵制をしいている国や、ハインラインの母国アメリカで提案や学説などの形でを検討した、との話を目にしたことがありません。なぜでしょうか? りんちゅー |
- 実在の志願兵制度や徴兵制度に内在する政治的社会的問題点って、具体的にどのようなものなんですか?
ま、ローマ市民権のように、選挙権を含む市民権の保有が特権と富を十分保障するというような社会でないと、兵役について選挙権等もらうという選択の方が、兵役につかないで選挙権無くとも金儲けするという選択に比べて格段の魅力があるようには思えないんですけど。そして、アメリカなど近代国民国家は、ローマ市民権のような方式を選択ないし強固に維持しようとしてこなかったわけなんですが。
まあ、現代民主主義国家においてローマ市民権のような社会制度を復活させたとして、それがどの程度、メリットあるものなんでしょうかねえ?床屋談義レベルだと思うけど、脳味噌使って考えてみたら?(笑)
アリエフ
- それに、兵役満了が条件の制限選挙権制度で一度選挙権を手にしたら、自分の子どもにも選挙権持たせようとするなど、兵役満了者が結託して彼ら自身や親族にとって都合のよい法改正をするでしょうな。よって、志願制兵役の建前を維持しつつも、選挙権持つ家庭の子どもは形式的に兵役につくだけ、兵力及び戦力の実質は非選挙権者による雇い兵で賄う、なんてことになる可能性も高いですわな(笑)
ま、近代国家において普通選挙権という発想が何故生じてきたのか、それを考えてみた方がいいんではと。
アリエフ
- 軍にとっても政治にとっても良い結果が期待できない事が明白だからです。
このシステムがうまく動くとしたら 1)国家の総人口のかなりの部分を兵士とする事が必要で(一般的には小国のほうがこの必要性は高い)、2)兵士の才能や高度な技能よりも士気が重要になる軍事システムを持つ国家、具体的にいえばギリシアの都市国家や中世のスイスなどで、近代的な国家、特に20世紀後半以降の専門職化した兵士を必要とする軍事システムとは相性が悪いでしょう。
現代の先進国で考えてみましょう。
大部分の若者が選挙権のために兵役につくとすると、兵役期間は短くならざるを得ないでしょうから、膨大なコストを掛けて基礎訓練を受けただけの素人に毛の生えただけの兵役経験者を大量に生み出すことになります(ある程度長期の兵役を国民の大部分に科すとなると、訓練コストがかさむ上、効率は低下し(兵士に向かない人間にも無理矢理兵士としての訓練をすることになります)、加えて若年労働力の不足を生じます。そういった意味で、もし現在この制度を採用すると、その国の軍事能力は軍事費を大幅に増加しない限り低下する可能性が高いでしょう。そして経済力を含めた国力はまず間違いなく低下するでしょう。
だからといって、志願者の中から兵役に向いた者だけを厳しく選抜すれば、兵隊向きの人間だけが政治家になれるという歪んだ国になるでしょう。兵役に志願すれば選抜されなくても選挙権・被選挙権を与えるというやりかたですと、ハインラインのプランからはずれてしまいますし、選抜徴兵制とあまり違いがなくなります。
逆に、大部分の若者がそんなら選挙権なんかいらないと考える場合は、軍隊好きの若者と政治家志望の若者だけが選挙権を持つことになります。私は軍隊が好きな若者や政治家志望の若者はダメだというつもりはまったくありませんが、そういう人間しか政治に参加出来ない国はやはり不健全でしょう。
つまり、はっきりいえば、国家は、軍務によって国に奉仕する国民の意見のみによって運営されるべきであるという考え方は、国家の存続にかかわる戦争が恒常的に戦われているといった状況でないと、かなりバカバカしいものしょう。(たとえば戦わない戦士達が統治する江戸時代の日本社会は、ハインラインの理想とは大分違っていると思います。)
そして戦争状態であったとしても、軍人以外の銃後の人びとの重要性を無視しその人達の意思を考慮しない国家では、国民の意思一致が困難で、戦争に勝利することは難しいのではないでしょうか。(なるほど、だからアレクニドに対して苦戦してるのか。)
> 2
アリエフさんはどう思ってるか知りませんが、私としてはこんな事を書くの大嫌いです。ただ、わけのわからない記述は他の読者の迷惑ですので、面倒くさいなあと思いながら書き込んでいるだけです。
(笑)っているヒマがあるなら高校世界史とかウィキペディア(日本語版で十分)でも読んで、床屋談義を止めて下さると大変助かります。
> ローマ市民権
この問題を扱うならローマ市民権とラテン市民権の違いから始めた方がよくありませんか?
それにローマ市民権とひとくくりにするのは床屋談義とはいえ無茶です。 そもそも「 ローマ市民権のように、選挙権を含む市民権の保有が特権と富を十分保障するというような社会でないと、兵役について選挙権等もらうという選択の方が、兵役につかないで選挙権無くとも金儲けするという選択に比べて格段の魅力があるようには思えない」 って、いったい何時の時代のローマ市民権ですか?
マリウスの軍政改革の前の説明としては実態に反しています。その後の説明としても不適切です。同盟市戦争後とか、アントニヌス勅令の後とするとますますおかしくなります。
また別件ですが、補助軍勤務を勤め上げた属州民にローマ市民権を与えるアウグストゥスのやりかたって、永住権を持つ非市民が軍務を勤め上げれば合衆国市民になれる今のアメリカのやり方と同じじゃないでしょうか?
カンタニャック
- そもそもフィクション上の世界観にはっきりした答えがあるはずがないと思いますのでこの場には
馴染まないでしょう。
個人的には統一された人類が「虫」の出現まで間、仮想敵を何処に求めて軍人(軍備)を維持し
ていたのか退役軍人の教える教科の内容ではとても無理と感じてました(初版が出てSFマガジン
で宇宙の戦士論争があった頃です)
tune
- > 4
そういう社会システムは現実に可能かというご質問ですから、質問としては十分成立していると思います。
ただし、ハインラインは、科学的には無理そうな発明をもっともらしく語るというSFの技法を、国家制度のみならず家族制度や性についても応用し、奇想天外な社会を作り出す名人ですから、そこに本気で突っ込むのは野暮というのはその通りでしょう。
カンタニャック
- >4、>5
質問をあげたあとすぐに、事情が生じましてご回答にお返事ができませんでした。すみませんでした。
さて、私の書き方が良くなかったですけれども、質問の趣旨は、
ハインラインが描いた制度が細部にいたるまでそのまま実現しないのは
なぜか?ではなく、
【これに類する制度を提案や学説などの形でを検討した、との話を
目にしないのはなぜか?】です。参政権と国家の指定する役務とを
トレードオフの関係にする、点さえ充たせばよいので別に【歴史と道徳
哲学】の授業などなんかなくてもよい、というよりないほうがw
(個人的にはハインラインが同作品で開陳した思想のうち、参政権と
役務との交換以外の点に対してはまったく首肯も共感もしかねます。)
りんちゅー
- >6 だからさ、これに類似する制度ってどのようなものまで含むんですか?
軍役のように国家に対し何らかの奉仕をすることと引き換えに、参政権即ち実質的な国政への関与に関する権利を与える制度と捉えるならば、ソ連共産党のシステムなんて類似してくるんじゃないですか。
あの体制では形式的に非共産党員を含む全国民が普通選挙権を持ちますが、実質的には共産党及びその党員が政治的実権を握るシステムです。非共産党員は支配の対象であり、実質的な国政関与権なんて与えられていません。もちろん、共産党内部のヒエラルキーにより党員同士でも政策決定に関与できる度合いは大きく異なってますが、非共産党員に比べれば、まだ国政関与の機会が保障されていることになります。それと引き換えに共産党員は党=国家に対し忠誠を誓い奉仕するわけですな。
で、「資本帝国主義」諸勢力に対抗すべく、国全体から有能で「党=国家」マンセーな連中を集めて共産党員にし、彼らに社会的エリートの地位と国政関与の機会を保障して彼らを奉仕させると共に、常時、准戦時体制を取ってきたわけですが、この方式が合理的と考えられていた時代もありました。でも、革命当初から特権階級と世襲の弊害が生じてきてしまったわけで、結局は経済運営にしてもうまくいかなくなってしまったわけですな。
まあ、「実在の志願兵制度や徴兵制度に内在する政治的社会的問題点の検討」だの、貴方様の質問の設定がいい加減ですし、「類似する制度」についてろくに検討もされていないようですから、やはり床屋談義の域に過ぎないんでしょうなあ(笑)
アリエフ
- >6
私も「しそー」とか「てつがく」とかは、苦手な人間ですが、これはどう考えても一つの哲学ないし政治思想の問題です。
なぜ兵役と参政権をリンクさせる主張が、真面目になされないのかといえば、私の乏しい能力の範囲内では、「このような考え方は、現代の市民思想や国家思想と合致せず、その意味で真面目に検討する対象にならない」からですと答えるしかありません。
近代国家では通常、市民としての権利と義務は一つのパッケージになっており、その中で特定の権利と特定の義務を直接的にリンクすることは例外的です。
あえて特定の権利と特定の義務をリンクするとしたら、その権利と義務の間にだれでも納得できる理由が必要です。(後述「義務投票制」参照)
さて、参政権は国民のすべての義務とリンクする、近代国家の市民権の基礎になる重要な権利です。
たとえば納税の義務をつくしている市民に税金の徴収と運用について発言権を与えない(ハインライン、そしてりんちゅーさんの提案でもこうなるはずです。納税は「役務」ではありませんから。)という制度は、アメリカ独立革命で(そして私の記憶モードでは、ハインラインの「月は無慈悲な夜の女王」で)強く主張された「代表なきところ課税なし」という思想にまっこうから敵対するものです(「宇宙の戦士」の思想は「税金はらったぐらいで国の運営に口を出す資格はない。」というものですよね。)
たしかに、市民の義務をつくしていない(納税義務をつくしていないとか、兵役義務を拒否するとか、犯罪を犯したとか)国民に対して、参政権を制限する制度を持つ国は存在します。
しかし志願兵役は市民の義務ではありません。
ハインラインやりんちゅーさんが掲示した考え方は、参政権を市民の基本的な権利であることを否定し、一部の市民のボランティア活動(語の本来的な意味でボランティア)に対する報償、特別な負担をした一部市民の特権とする考え方です。
これは、すべての市民の政治的権利を認めることを理想とする、近代市民社会をまっこうから否定しています。
もちろん近代市民社会自体も歴史的産物ですから、その思想を否定すること自体はかまいません。
ただ軍人(および元軍人)のみが、政治をおこなうというシステムは、騎士が支配し戦争をおこない、農民は戦争には無関心・無関係((被害はうけますが)という中世的な社会にはマッチするでしょうが、兵役につかない市民にも国家にとって重要な役割があり、それらの人びとの意思を無視しては戦争をおこなうことが困難な近代以降の社会で実施するメリットは皆無でしょう。
社会を中世に戻し、国家は戦争のことだけを考え市民サービスはなし、戦士以外の国民は戦争には無関心という社会をつくれば、このような制度はうまくいくかも知れません(あるいはこの制度を無理矢理実施すればそのような社会が実現されるかも知れません)が、このような社会に魅力を感じる人は、現代社会にはほとんどいませんから、誰も(すくなくとも物のわかった専門家は)真面目に検討しないのだと思います。
やや蛇足
ただし「役務」を広く考えれば、参政権が「役務」と結びついている制度は現在も存在します。参政権を「投票義務」とリンクさせる義務投票制です。
投票義務違反に罰則を科す国はオーストラリア、ベルギーをはじめいくつか存在しますし、シンガポールは投票義務違反者の選挙権を剥奪するという制度を採用しています。このほか、罰則はないものの投票の義務を定める国はイタリアをはじめ、かなりの数存在します。
義務投票制への賛否については様々な議論がありますが、参政権を参政義務とリンクさせ「投票の義務を履行しない者には投票の権利を認めない」というロジックは参政権の中で完結しておりその意味では矛盾はありません。(そうはいうものの、投票義務の不履行に対して罰則を定めている国はそれなりにありますが、投票権の剥奪までやってしまうのは、私の知識の範囲では、シンガポールぐらいですが。)
カンタニャック
- >6これに類する制度を提案や学説などの形でを検討した、との話を目にしないのはなぜか?
文芸作品は提案でも学説ではありません(たとえ作者の想いが入っていても)、パロディの形なら
エリスン「宇宙兵ブルース」、筒井康隆「馬の首風雲録」が作家からの批評の代表でしょう。
またハインラインの作家論での思想的考察では「銀河市民」とともに必ず引用されますから、
文芸作品の中での検討はそれなりにされていますので適当なハインライン論をお読みする事を
お進めします。(英語版ウキィペディアには大量にリンクされてます)
tune
- 質問しておきながら、身内の不幸や病気などが重なり、応答が出来ず
大変申し訳なく思っております。
>9
tune様
ありがとうございます。ハインラインの作品での主張そのものに対する
疑問ではありませんので、そういうアプローチは考えつきませんでした。
しかし、大変勉強になると思います。また、調べてみようと思います。
アリエフ様とカンタニャック様へのご返答は、大変長くなりますので
また改めて。どうかご容赦ください。(実は今も勤務中なので。)
りんちゅー
- 最初にご回答いただいたのは、アリエフ様ですが、返答内容の都合上、カンタニャック様の方から、御返事させていただきます。
このたび、本サイトの良心にしてレイモン・アロンにも比すべき英知、サー・アイザー・バーリンを想起させる碩学、カンタニャック先生にご教示いただける光栄に歓喜しております。逆に言えば、万人に敬意を抱かせるであろう先生にいささかなりとも首肯していただけるような主張が私にできるとするならば、他で同様の主張を繰り返したとしても、まず恥を重ねる虞はないものと確信できるというものです。
さて、本件は政治と軍事の両方の体制の変革に関するものですが、クラウゼヴィッツの指摘どおり、政治は軍事の上位概念であり、当然、後者は前者に従うべきものであります。私案のメリットの提示が求められているものと理解しますが多数あるものと考えておりますので、それぞれを順にアルファベットで分類させていただきます。
りんちゅー
- >逆に、大部分の若者がそんなら選挙権なんかいらないと考える場合は、軍
>隊好きの若者と政治家志望の若者だけが選挙権を持つことになります。私
>は軍隊が好きな若者や政治家志望の若者はダメだというつもりはまったく
>ありませんが、そういう人間しか政治に参加出来ない国はやはり不健全で
>しょう。
私も特に「軍隊好き」でも「政治家志望」でもなく(残念なことに)もう
若者でもありません。もし「そういう人間しか政治に参加出来ない」としたら、私自身も除外されることになりますし、そういう国は不健全、とのご指摘には深く同意します。
しかし、現在の志願制の軍では「軍隊好き」の若者しか入隊していないのでしょうか?少なくとも自衛隊や米軍ではそうではない、と聞き及んでおります。
愚考いたしますに、おそらく漢籍でいう、古代中国の神話時代、尭舜の世、鼓腹撃壌の世界が実現すれば、ご懸念は現実化すると思われます。しかし、軍隊に入る者が「制服カッコイイ」「兵器に触れたい」「戦闘機を操縦したい」といった純然たる趣味のみを動機とする世界の実現も、政治家志望者の目的がすべて個人的な自己顕示欲・権力欲のみであり、政治が克服すべき社会悪のない世界は(残念ながら)当面念頭におく必要はないのではないでしょうか?(以下続きますがいったん中断します)
りんちゅー
- >12
《政治が克服すべき社会悪のない世界は》は、《政治が克服すべき社会悪のない世界の実現も》の誤りです。失礼しました。
で、続きになりますが、
>そして戦争状態であったとしても、軍人以外の銃後の人びとの重要性を
>無視しその人達の意思を考慮しない国家では、国民の意思一致が困難で、
>戦争に勝利することは難しいのではないでしょうか。
とのご意見はまさにそのとおりと思います。また、戦時でなければさらに、国民の可能性の発現を狭めかねない点で、そのような体制はより一層不利なものになると思われます。
そこで、必要なのは、制度設計にあたり、希望する者であれでは誰でも
参加できるよう、個々人の負担を軽減することであり、役務期間が過大にならぬよう、また兵役のみに限らず、「良心的兵役忌避者」だけでなく、単に
広く肉体行動が困難か、好まないものまで包摂できるよう、役務の範囲を
拡大することが必要不可欠と考えております。
(それに、そうでないと「信条」による参政権の制限になりますので。
また、相応の金銭的報酬も必要なのは言うまでもありません。でないと
貧困層・扶養義務者にとって財産による参政権の制限になります。)
介護・有害生物の除去・土壌汚染などの浄化・道路や公園など公共財の
清掃・間伐や下刈りなど山林の保全など、公共に資する、マンパワーの
必要な役務はいろいろ考えられるのではないでしょうか?
警察・消防の職務の一部の肩代わりもよさげに思いますし。フランスや
ベルギーで実現した兵役代替の海外援助活動参加も考慮に値します。
(確かにどの役務も、少なくとも当初はみな素人ですので効率の良さは
望めませんが)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ミリタリーに関する本サイトでこれまでご指摘がないのは少々意外では
あるのですが、
たとえば、南北戦争での「マサチューセッツ第54連隊」、
第二次大戦での第442連隊戦闘団を想起していただきたいのです。
虐げられし者、蔑まれし者達が自らの生命を賭し、身体を危険にさらすことで名誉を勝取り、自分達と同胞の地位向上に貢献した歴史を。
後述するように参政権と兵役その他の役務をトレードオフする制度の
メリットは多々あります。そのなかでどれを重要とみなし、どれを副次的な
ものと考えるかは、みなそれぞれの価値観によりさまざま、とは思いますが
個人的に当該制度の最大の利点と強く力説したいのは、
A.「人種・民族・宗教・慣習など、どの点に関するものかは問わず、
この世に存在し、人々を苦しめる、ありとあらゆる差別に対する強力な
カウンターになる。」ことです。
差別と戦う者にとって、兵役その他の役務での苦痛や恐怖がなにほどの
ものでしょうか?そのようなものは、彼ないし彼女にとって、すでに
一般社会で実感させられる、ありふれたものに過ぎないのに。
そして現存制度下では彼ないし彼女にとって無意味なものでしかない参政権が、役務満了後のあかつきには差別是正のための強力な武器になるのだと
すれば、差別に苦しむ多くの者が、志願に殺到するものと考えます。
逆に差別をする側が差別を続けるために個人的にわざわざ労苦や危険を
あえて負担するでしょうか?たとえば、KKK団のような黒人差別主義者が
選挙権を行使してさらに黒人抑圧を続けるために彼の大嫌いな「ニガーども」と同じ釜の飯を喰い、肩を貸し合い、交互に人口呼吸の練習をし合う、
というのは考えにくいものと思います。
私は差別を憎むことこのうえないので、もしこの世の差別撤廃に資する
ものであれば、万難を排してでも導入の検討に値すると考えております。
(昼休み過ぎてしまいましたのでいったんこの辺で。反論・逆質問は
ありがたく頂戴いたしますが、あとでまとめてしていただけると幸甚です。
まだまだ相当長くなりますので。次はメリットB、やはり政治分野に
に属するものです。)
りんちゅー
- B.「社会的統合を推進する。」
もし、昨日の被差別者が明日には差別する側に周るだけでしたら、大して
意味のあることではありませんが、この制度化ではそうはなりにくいものと
期待します。なぜならば、この制度下で役務につき、参政権を獲得するのは
被差別者だけではないからです。仲間が受けてきた差別を憤り、同情はする
ものの、自分自身は差別の対象でない者、他の社会問題や政治的課題の克服が念頭にある者。多様な社会的出自にある者たちが訓練・役務の執行にあた
る過程で、ともに苦労と喜びを共有しつつ、お互いの身の上話を打ち明け
あます。また参政権を手にしたらどうするか、一般社会にもどったら何を
するか、悩みは何か、どういう夢や希望を抱いているかについて親密な
環境で話し合うことになるものと思います。その過程で相互の目的が相対化
され、一部共有化されるのは必然です。この過程自体が差別の再生産の
予防と抑止になりますが、その後の政治的活動にもよい影響を与えるのは
間違いないものと考えます。そしてそこで生まれた結びつきはしばしば
生涯にわたり、さらには世代を超えて受け継がれる可能性もあります。
在郷軍人会や隊友会といった公的な組織がそれを支えるのはもちろんですが
それ以上に政治家志望の志願者が自らの利益のため、積極的に自分の同期
を中心に仲間を取りまとめようとするはずですので、結果大きな社会的統合がなされるはずです。
残念なことに現行の我々の制度ではこのような機会は滅多に得られない
ものです。人種・民族・宗教・階級・職業・学歴などのタームで社会は
さまざまな要素で構成されておりますが、それを統合する場は社会の分断を防ぐ上で大変貴重なものです。
りんちゅー
- >13 ここは質問及び回答の形式を装って、冗長に「青年の主張」を行う場所ではありません。どこか他所に自分のサイトを立ててそこでやっていただくか、議論したいのであれば議論ボードに移って下さい。
で、軍役等国家への奉仕と参政権とを引き合いにする制度の長所として上げられた、ありとあらゆる差別に対する強力なカウンターになる、ことについて一言。同じ釜の飯を食った仲だから、個人の意識に根ざす差別意識が抜本的に解消されるというのは、恐らく貴方様の脳内真実に近いものだと思います。私が先に例に上げたソ連の共産党独裁体制で、党のイデオロギーに忠実な社会主義人民を造り上げることにより民族等の差別は解消されるというプロパガンダがなされ、民族の違いを問わず共産党に加入して共に国家奉仕を行い、それと引き替えに実質的な政治参加の機会が保障されるという制度が70年間以上実施されてきたわけですが、それでも民族間の差別、対立意識は解消しなかった、そんな実例もあります。
レス14の内容からしても、石原莞爾の「最終戦争論」からのパクリに少しアレンジを加えた程度のようなものですね。
他にも、また冗長に色々なメリットなるものを上げたがっておられるようですが、ともかく場所を変えるかして下さい。なお、10年ぶりにこのサイトに書き込まれたそうですが、また10年位ROMっていることをお奨めします(笑)。別に私に対するレスは必要ありません。
アリエフ
- りんちゅーさんがおっしゃっていることに、基本的には異論がありません。
国民の義務として一定のサービス(役務)を科すシステムは考慮に値するでしょう。効率性に問題があることはりんちゅーさんも触れていますが、うまいシステムをつくればデメリットよりメリットの方を多くすることも可能でしょう(なかなか難しい点も多いと思いますが、可能であることは認めます)。
ただし、それはサービスを国民の義務とした場合です。
メリットのほうが多いなら、それを全国民の義務とした方が、一部の志願者のみに課すよりはるかに有益でしょう。
社会的統合を考えるとなおさらです。ハインライン方式では一部の志願者のみの統合鹿生まれませんし、りんちゅーさんのお考えのように役務の範囲を大幅に拡大しても、結局は統合された志願者と、そこから取り残された一部の非志願者に二分された社会になってしまうのではないでしょうか。
やや本題からはずれますが「マサチューセッツ第54連隊」について一言。
私個人としては時代的制約の中ではある程度評価されてしかるべきだと思っています(時代的に考える442部隊は評価しにくいなあ)が、人種別部隊編成は「アパルトヘイト(人種隔離)」そのものです(クロンボやジャップと同じ釜の飯喰って戦争するのはいやだという白人兵士の要望に応える制度ですよね)。アメリカ公民権運動が「マサチューセッツ第54連隊」を評価しにくいのももっともです。
社会統合という点で考えると、朝鮮戦争以降の人種混合部隊制度の採用の方が、アメリカの人種差別撤廃に与えた影響は大きいと思います。
カンタニャック
- >16 この場所を意見発表会と勘違いしているような者に餌を与え、増長させるような行為は慎んだ方がよいと思います。議論ボードがどこかに移ってやれということです。
>3 補助軍勤務を勤め上げた属州民にローマ市民権を与えるアウグストゥスのやりかたって、永住権を持つ非市民が軍務を勤め上げれば合衆国市民になれる今のアメリカのやり方と同じ・・
同一国家に所属する(現代で言うならばその国の国籍を有する)者のうち、その国の市民権を持つ者と持たない者(属州民)に分かれる社会と、現代のアメリカのように、アメリカ在住者でアメリカ国籍を持たない者は他の国の国籍を有するという社会とを、強引に結び付けて論じられるのには甚だ呆れましたw
18から26歳位の若者の永住者(グリーンカード保有者)に軍役登録の義務が課され、それを拒否した場合、国籍変更及びアメリカ市民権取得資格がなくなるというものですが、現在、アメリカが徴兵制を実施していないから軍役と言っても、非常に形式的なものです。
ともかく、「碩学(?)」様のこじつけぶりは中々、笑えるものですなあ。
アリエフ
- >16 それから、この質問の趣旨は、そのような国家社会体制が過去、議論されたことがあるのかどうかということでしょう。質問がいい加減だから、どのような類似例を想定するのか回答者によってばらばらになってしまうんだけど。
その質問の趣旨以上に、質問者の言っていることに基本的に異論ないだとか、そんな社会がどんな弊害持つかだの、回答する必要なんてないんですよ。こんな類似例が考えられていたじゃないかというような情報提供なら、まだ意味があるのでしょうけど。
アリエフ
- 返答が遅れ申し訳ありません。
>アリエフさん
自分で調べれば簡単にわかる問題についてでしたら、「自分で調べろ」と回答するのも有りでしょう。しかしこの質問はなかなか手強い質問です。
志願兵役(ないし役務)と政治に参加する権利をリンクするシステムが何故現代では検討されないのかについて、「現代社会にはそれが存在しないから、あとは自分で考えてね」と答えるのは回答ではありません。類似例をあげるのは結構ですが、間違ってはいけませんし、質問の趣旨に照らしてどのような類似点があり、またどこが違うのかがわかることが必要です。
>りんちゅうーさんへ
説明の追加。
りんちゅーさんの質問の中核部分を敷衍すれば、「自発的な奉仕者によって社会を運営するシステムは現在なぜ検討されないのか?」ということになると思います。たしかに共産主義の理想はその通りのものですが、現実のソ連はその理想とは正反対の方向に走らざるを得ず、理想を追い続けたアナキズムは自滅していったわけです。ですからアリエフさんがあげられた「共産体制国家」は、ハインラインやりんちゅうーさんが考えられているものと正反対の存在でしょう。
このようなシステムは、国家と国民の関係を権利と義務によって構成する近代国家では困難でしょう。兵役も政治参加も市民が当然なすこと(現代的な書き方をすると「権利にして義務」となってしまいますが)であったギリシア都市国家あたりが近いでしょう。
ところが、現代人がこの問題を考えると、近代的な権利と義務という観念によって、本来渾然一体化していた兵役と政治参加が分割されてしまいます。
その点「この制度が志願制の一種なのか、義務兵役制度に含めるべきなのか迷います」というりんちゅーさんの質問は正鵠をついていると思います。ただしそれを、「参政権と国家の指定する役務とをトレードオフ」というと、みんなが自発的に果たす国家に対する奉仕である兵役と政治参加が、負担と特権、義務と権利になってしまうのです。
古代でも、ローマがイタリア全土を支配するようになると、自らの負担で武装を整え軍団兵となる中産階級市民の兵役が「兵士となる名誉や特権」ではなく、「兵士とならねばならぬ負担」と感じられるようになり、マリウスの軍政改革(非常に大ざっぱにいえば、中小の自作農である中産階級市民の兵役義務を免除し、軍団兵の武装を官給しに給与を与えることで下層階級市民が軍団兵に志願できるようにする)によって、兵士になる権利と兵士になる義務が渾然一体となった中産階級市民による軍団は消滅します。
私は自発的参加という考え方自体は大事だとは思いますが、これだけで国家社会全体を運営していくのは困難でしょう。(社会の一部ならこのやり方で運営することは可能でしょうが)
>ローマとアメリカ
ローマの属領民はローマ市民法の適用外という点では外国人と同じですが、何が似てるか似てないかはそれぞれの判断でしょう。この話の中で「兵役と市民権の関連」より、「市民権取得者の元資格」のほうが重要だとお考えになるのでしたら止めはしません。
>アリエフさんは興味がないそうですのでそれ以外の皆様
現在のアメリカは外国人が兵役につけば(他の条件を満たす必要はありますが)すぐに市民権獲得できるようになっていることを忘れてました。お詫び致します。
カンタニャック