998 恐れ入ります、大戦中の駆逐艦の動向に関して疑問に感じていることがあり、質問をさせてください。
第六駆逐隊は昭和18年に入り、第1艦隊隷下に編成された第11水雷戦隊に編入されました。しかし当時の第六駆逐隊所属艦の内、響・電の両艦は18年4月1日付で軽巡龍田と共に11水戦へ編入されていますが、雷に関しては行動年譜を見るかぎり11水戦に編入された旨の記述は無く、そのまま船団護衛やミレ・クサイ島輸送に参加しているようです。
雷は18年3月に若葉と接触損傷し、六駆の11水戦編入の際は横須賀で修理に入っておりその事が影響しているのかとも思いましたが、横須賀出渠以降〜戦没の間の所属はどのようになっていたのでしょうか?
六駆に復帰→11水戦へ編入されたのか、それとも単艦で防備隊などに編入されていたのでしょうか?
18年4月以降の雷の所属についてご存じのかたがいらっしゃいましたらなにとぞご教示お願いいたします。
DD

  1. こちら ↓ は如何でしょうか

    http://hush.gooside.com/name/i/Ik/Ikadzuchi/Ikadzuchi.html#anchor329513
    駄レス国務長官

  2. >駄レス国務長官様、ご回答ありがとうございます

     実はそちらのサイト(The Naval Data Base)も閲覧してはいたのです。 同サイトの第11水雷戦隊の項目に『1943.4/1軽巡洋艦龍田、第6駆逐隊(駆逐艦雷、電、響)、駆逐艦新月で第1艦隊隷下に新編』とあり、雷も11水戦に編入されたのだと思っていたのです。ところが一方で
     雷の項目…『4/1第6駆逐隊(電、響)は軽巡洋艦龍田等と第1艦隊隷下に第11水雷戦隊を新編』とはありますが雷自体の11水戦編入に関しては記述が無く、また
     電の項目…『(44,2)23-5高松寄港後第6駆逐隊(響、電)は空母千代田を護衛して/26-3/1横須賀』
     響の項目には『43.4/1第6駆逐隊は第1艦隊第11水雷戦隊に編入』と、雷に関しての記述がやはり無いのです
     第六駆逐隊の項目にも『4/14雷沈没(6/10除籍)』の記述はあるものの、雷の11水戦編入に関しては触れられていませんでした。
     その他、光人社「日本海軍艦艇写真集16−駆逐艦吹雪型」の行動年表も、響・電両艦については『18・4・1:第1艦隊第11水雷戦隊に編入される』との記述があるのですが、雷は『18・3・30:幌筵海峡にて若葉と触衝、18・4・6:大湊入港11日横須賀回航修理、18・5・1:横須賀〜トラック間の船団護衛に六回従事』とあるだけで以下戦没まで六駆の中で唯一、11水雷編入の記述が見られないのです
     更に雷の射撃指揮中継所下士官・橋本兵曹の回想記である光人社NF文庫「特型駆逐艦"雷"海戦記」でも若葉との接触→横須賀で修理の経緯はあるのですが、雷の11水雷編入に関しての記述は無く、実際に11水雷へ編入されたのか?六駆所属のままだったのか?とかえって実状がよくわからなくなってしまい、こちらのサイトで質問させていただいた次第なのです
    折角、ご回答をいただき申し訳ないのですが…
    DD

  3.  いい加減なサイトを作りまして申し訳なく思っております。
     結論だけ申し上げますと、3隻とも第11水雷戦隊編入から1944年6月10日の解隊まで所属は変わっておりません。
     
    hush

  4. hush様!ご回答いただきありがとうございます!
    >3隻とも第11水雷戦隊編入から1944年6月10日の解隊まで所属は変わっておりません

     第六駆逐艦は3隻揃って11水戦へ編入されたということなのですね。
     実は今回の六駆の件に興味を持ったのは、hush様のサイトで3水戦編成史を知ったことがきっかけでして…、各水雷戦隊や10戦隊の編成や駆逐隊序列を調べられないか?と興味を持ち、その中でも錬成隊故にどうも変遷がわかりにくい11水戦の戦時日誌でも残っていないか、いろいろ調べていたのです(11水戦と10戦隊の編成序列は難しいですね…)
    hush様のサイトは各艦船の誕生から終焉までのプロフィール、艦隊・戦隊の戦歴や海軍軍人の皆様の経歴にいたるまで詳細が網羅され、またその膨大な情報もとても検索し易く、いつも利用させていただいております(実は本日も夕方からつい今しがたまでずっと閲覧しておりました…)
    船乗りや艦の経歴は、彼ら彼女らの履歴書であり生きた証だと思っております。ですのでその生涯の記録や研究を残すことは非常に意義あることと考えております。
    今後のhush様のサイトのより一層の充実とご活動ご活躍をお祈りしつつ…

    この度はご回答をいただき本当にありがとうございました。
    DD

  5. すみません…hush様から直接のご回答をいただき、嬉しいあまりに文章が抜けてしまいました

    >実は今回の六駆の件に興味を持ったのは、hush様のサイトで3水戦編成史を知ったことがきっかけでして…
    ↓↓
    >実は今回の六駆の件に興味を持ったのは、hush様のサイトで(各水戦戦隊の変遷の詳細を知り、そこから出沼様のサイトで)3水戦編成史を知ったことがきっかけでして…

    です…。()内が抜けたまま送信してしまいました
    hush様、出沼様、申し訳ありません、失礼いたしました。
    DD

  6.  鄭重なお言葉を賜り恐縮致しております。
     何分、いろいろなところに手を出しておりますので、整合性に欠ける部分も多々あり、仰られるような凄いサイトではないことは、充分、承知しております。
     それはそうと、第11水雷戦隊ならびに第10戦隊の戦時日誌がアジア歴史資料センターでWeb公開されております。
     ご興味があれば、一度、御覧になられてはと思っています。
     
    hush

  7. >1
     拙サイトを紹介していただきありがとうございます。
     ちょっと慌ててしまいまして、御礼を申し上げるのが前後して申し訳なく思っております。
     
    hush

  8. >6
    hush様
    第11水雷戦隊と第10戦隊の戦時日誌の件、ご教示いただきありがとうございます。
    アジア歴史資料センターのデータは膨大であり、今まで(少し敷居が高いかな)と、必要な場面だけをチョコチョコとつまみ食いのように利用していたのですが、やはり一次データは『点』を調べるのではなく、点を『線』として結び、更にそれを『面』にするような調べ方をしないとダメですね…お恥ずかしい限りです。
    今度は時間をかけじっくりとデータを閲覧しようと思います。

    hush様、駄レス国務長官
    様、この度はご回答・ご教示くださり本当にありがとうございました。
    DD

  9. >8
     いや、つまみ食いでいいんです。たとえば、アジ歴のリファレンス番号C08030126000が第11水雷戦隊戦時日誌(1)ですが、その17コマ目に麾下艦船の行動というのがありまして、それを見ますと1943年4月1日〜30日の編制ならびに各艦の居場所が一目瞭然で分かるわけです。そういうのが毎月書かれていますので、それを見るだけでいいのではと思っております。
     
    hush


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