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戦艦大和の舷側装甲板の寸法は5.9m×3.6m×0.410mだったらしいのですが、どうしてこのサイズになったのでしょうか? 舷側装甲を巨大な1枚の装甲板で作ることが出来れば、理論上防御力はかなり上がるはずです。 このサイズになった原因といいますか、工作機械や製造上の制約となった物はなんだったのでしょうか? 当時日本は200トンの大型鋼塊を製造可能だったようですが、上記の寸法に鉄の密度を掛けてみると約69トン程です。装甲板の焼入れや切削加工、圧延加工といった加工を行う上での制約があったのでしょうか? 喜兵衛 |
- 当該甲鉄は圧延前に鍛錬するため独逸より当時世界最大の一万五千トン水圧プレスを購入したとありますので寸法制約要因はその門柱間隔とかではないでしょうか
ちなみにコレ ↓ が四千トンなので一万五千トンだと門柱間隔は約二倍と成ります(水圧シリンダーの内径に比例と推定)
http://www.daimaru-kozai.co.jp/forging/
駄レス国務長官
- ちなみに舷側甲鉄は進水後に装着しますので起重機の力量(150トン前後)にも制約されますし前後左右のバランスも取りながら進めなくてはなりませんのであまり一枚を重くすることは出来ません
駄レス国務長官
- 鍛造プレスの寸法が、関係していたとは!ありがとうございます。
喜兵衛
- 提示の寸法から上部舷側装甲のことだと存じます。船の大きさから必要長さは決まってきます。下部舷側装甲とは厚さが異なるし、途中で曲がっているので、一体連続ものとして製造はできません。
幅については最終圧延ロールの幅で決まってきます。寸法から考えるとロール幅は5m近くあったのではないでしょうか。圧延機は12,000馬力の蒸気機関で駆動するものすごいものでした。使用する鋼塊の大きさからも最大幅は決まります。今回の場合、160トンの鋼塊を15000トンプレスで鍛錬した後疎圧延したり色々やって最終的には、6.5mx4.1mx0.42m の鋼板が得られます。端の部分を切り落としさらに厚み方向を少し削り最終品に仕上げます。途中で不純物が多いとされる部分を切り落とすので、少しずつ小さくなっています。総重量は半分になっていますが、こんなものなんでしょう。
この記事は、堀川一男「海軍製鋼技術物語」(2000年、アグネ技術センター)からです。この本はかなり詳しく、大砲のことなども書いてあるので役に立つと思います。
電気戦艦
- 4行目の「最大幅」を「最大長さ」に訂正します。元になる鋼塊の大きさと幅との関係で可能な最大長さが決まります。これはあくまで算数の話ですが。
電気戦艦
- 書籍まで教えていただき、ありがとうございます!近くの図書館に置いているようなので、早速行ってみようかと思います!
喜兵衛
- 2: 駄レス閣下、大和の舷側甲鉄は、浸水後に装着可能でしょうか。建造時の長門と異なり、水面下は舷側装甲の外部にはバルジが在りますが。
UK
- 7: 浸水を進水に訂正します。
UK
- >7-8.
進水重量軽減のため上部舷側甲鉄は進水後の取付でバルジ上部はその後に取付です(喫水が浅いうちは作業可能)
駄レス国務長官