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軍艦に限った話ではないので恐縮ですが…(サギングヤホギングではなく)スラミングによる船体の破壊が知られ、技術的に対策されるようになったのはいつ頃からですか? 船体の全長が短ければ船首が波から突出して水面にたたきつけられたとしても、それほどダメージが大きくならないような気がしますし、船体が小さければ質量に対して構造強度が高くなるので、ダメージも大きくならないような気がします。 とすると、船が軽くて全長の短いガレオン船以前の木造船では問題にもならなかったのではなかろうか、問題が生じるとしたらそれなりの規模の船が作られるようになってからではなかろうかと想像しています。 おうる |
- 藤本喜久雄による船体の減量の考え方を見ると、サギングやホギングしか考えていないような感じがするのと、戦後に輸送船の船首切断が多発していたことを考えると、ひょっとしてスラミングを考慮するようになったのは戦後ですか?
おうる
- というかスラミングによる船体破断が明確になったのは下手すると昭和55年の尾道丸遭難事故が最初なんじゃないでしょうか。
海難審判庁の主文に「満載状態で荒天航海中の大型船に発生する船首部スラミングの実態が解明されていなかった」とあるくらいですし。
薩摩
- スラミングという言葉自体は、1950年にG.Weinblumが論文「On the Motions
of Ships at Sea」で提案して以降のもので、それ以前は同じ意味での使用例は無いのではないでしょうか・・・??
「スラミング現象に関する研究の展望」(永井 保 防衛庁技術研究本部)
http://ci.nii.ac.jp/naid/110003871298
Luna
- 先の論文(1967年)では、研究が進行中と述べられていますが、1980年頃までには基本的な研究と定義付けがなされた様で、広く紹介される様になっています。↓
「スラミング/ホイッピング」
http://ci.nii.ac.jp/naid/110003865748
スラミング衝撃力 は 船首部形状、喫水、重量分布、船速、波浪の状態等によって大きく異なる事が述べられていますが、この内、船首部形状は戦前型と戦後型の眼に見える違いで、雑誌「海難と審判 25号」(1973年)のなかで植竹正雄氏は在来1万トン型と新造の大型貨物船の比較として、前者は「船首構造もシャープで凌波性に富んでおり、従ってピッチングになっても刀で水面を切るようなもので、今の大型船の船首と違って、波が打ち当たるという感じではなかった。」と述べています。因みに、この雑誌が出版されたのは、ぼりばあ丸沈没事故から4年、かりほるにあ丸沈没事故からは3年後で裁決の年です。
Luna
- すみません、
×かりほるにあ丸
○かりふぉるにあ丸
でした。
失礼しました。
Luna
- もう一つ、戦前型と戦後型の違いとして、船橋の位置の違いがあります。北西太平洋(野島崎沖)で大型貨物船が連続沈没した時期は戦後型の大型貨物船が連続建造されていた時期でもあり、船型が変わった事による運航上の錯誤があったのではいかと想像させる記述が、先の植竹氏の記事にも有ります。→「現今の大型船は、すべて船尾船橋を採用している。これもすべて経済性に由来するものであるが、六万トン型でも船橋から船首までの距離は百八十メートルもある。従って、船首に打ち上げられる波も、一万トン級の一般貨物船から比べれば非常に少なめに目に映ずる結果となる」←この事を考慮した変針、減速等の操船をすれば、スラミング衝撃力を軽減する事が出来たと思われます(それは一万トン級の頃には出来ていた事と思います)。
Luna
- 既にご存知かもしれませんが、スラミングに関する研究成果を含む1980年代以降の知見によって新たに考察された第4艦隊事件に関する研究論文が有りましたので、ご紹介させて頂きます。以下↓
「第4艦隊事件の事故原因に関する研究」(山本 善之 , 角 洋一 , 鈴木 和夫 , 鈴木 政直 , 鈴木 隆男)1985-12
http://ci.nii.ac.jp/naid/110003879783
Luna