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丸の1993年8月号の碇氏によって要約された陣風開発者の手記の中で、陣風の開発者が1944年?3月24日に福生にある陸軍航空審査部に訪れてFw190を見学したそうなのですが 問題はこの後にこの開発者が見たものの中味は水冷式のキ84もあったと言っています 実際にはこの水冷式キ84というのは計画案でもいいので存在したというかあり得たのでしょうか…? ネット上にある多くの逸話はおそらくはガセネタと思っているのですが、たまに見かける前線基地で勝手に隼に鍾馗のエンジンを搭載したなんていうようなことは当時の日本軍では発生しえたことでしょうか? リーン |
- 航空本部の承認無しに機体を改造することはできません。
南方軍は例外的に小改造を行う権限を与えられましたが、これはまさに例外なのです。
BUN
- やっぱり基本的にはあり得ないのですね…
ということはこの液冷疾風というのも筆者の勘違いということでしょうか…?
碇氏自身もそのような機体が試作機でもあったというのは聞いたことがないとおっしゃっていましたが…
リーン
- 今更ではございますが、この件に関しては文章の読み方にキモがあると思います。
S19.3.24の福生飛行場にいるのは疾風と飛燕です。
文中において水冷疾風と著者が解釈していますが、状況から鑑みるに「キ84(と)水冷のものも見る」という文意として解釈するのがスマートな気がします。
川西はキ84の製造に関しての見学などをしていた事があり、キ84の名前は知っていたのでしょうが、キ61は名前がわからなかったのではないでしょうか。
Shusui
- その時期ですとキ61IIなのですが、審査部のキ61IIとキ84は、尾翼に大きく機体番号を描くという同じようなマーキングをして並んでいます。
片