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米国陸軍時代にXFM-1以降ジェット戦闘機に至るまで2座席以上の戦闘機が多数計画立案、試作され、P-70、P-61、P-82(F-82)、F-89、が採用に至りますが、これら計画、試作、採用機にFM記号(またはXFM/YFM)が振られなかった理由をご教示願います。 DDかず |
- 多座戦闘機のナンバーはXFM-1ひとつで終わっている訳では無くロッキードのXFM-2が存在します。
ですからFMという機種はFM-1だけではありません。
そしてこの機種の性格はむしろFM-1の競合相手だったFM-2を見るとよく解ります。
敵機を追いかけ回す複座以上の戦闘機ではなく、エレクトラをベースにした敵戦闘機を追い払える重武装の爆撃機なのです。
このような機体は軍縮と不況の1930年代に各国でドーエやミッチェルの主張をベースに構想された多目的機の一つで、万能の双発多座機を造っておけば機種が統一され、より少数機で多目的に使用できるという発想から生まれています。
FM-1、FM-2の競争試作以降、アメリカは臨戦態勢に入って行きますから、爆撃機は大型化し戦闘機はより飛行性能を追求するようになり、このような中途半端な機種を必要としなくなります。
Fighter, Multiplaceという機種そのものが実を結ばないまま消滅してしまうのです。
BUN
- ありがとうございます。
XFM-2の実態について、あまりに情報が少なすぎ、「敵戦闘機を追い払える重武装の爆撃機」をイメージできずにいます。翼端援護機よりは機動性を考慮しているように思えますし、エレクトラの機体スペックなら仮にV-1710を積めばブレニムを上回る飛行性能を得られそうでもあります。Bf110に出し抜かれた2機種がイメージに近いのでしょうか。
また、日本語での戦闘機の意味となる米陸軍や独仏伊(その他欧州言語の大多数)が用いる「追いたて、狩りたて、山狩り、飛行機」は戦闘機の発祥から現在に至るまでの本来の任務実態を言い表すのに最も適当だと思いますが、30年代の米陸軍が企画した新機種は敢てPursuitではなくFighterを用いた点で、一般に思い描く戦闘機像とはかけ離れた実態のものであったという事はわかります。しかし、FM機種自体を適性空域でどのような運用を想定していたのかがわかりません。
DDかず
- >エレクトラの機体スペックなら仮にV-1710を積めばブレニムを上回る飛行性能を得られそう
いいですね。V-1710という排気タービン装備の1000馬力液冷発動機が得られるから、こんな飛行機も造れるだろう、というのがFM開発の背景です。
前に向けた大口径機関砲で敵重爆を撃墜し、後方や側方の武装で旧世代の戦闘機を寄せ付けない画期的な機種で、自分自身も2000ポンドの爆弾搭載能力がある、というのが多座戦闘機で、今から見ればそんな都合のよい飛行機が出来る訳が無いのですけれども、V-1710の完成にはそうした夢を見させる力があった、ということでもあります。
けれどもFMのような万能機はアメリカだけの奇想ではなく、ドーエやミッチェルが提唱した空中巡洋艦的な軍用機そのもので、対爆撃機用の重武装と対戦闘機用の動力銃架を持ち、爆撃にも用いられる日本海軍の十三試双発陸上戦闘機も同じような発想から生まれ、同じように戦う機種です。
BUN
- 画像掲示板にロッキードFM-2のイラストとベルのFM-1別案をアップしました。御覧あれ。
BUN
- ありがとうございます。
取り付こうとする戦闘機をハエを追い払うように編隊進路を開こうという意図に見えます。Pursuit airplane的な運用とは全く異なりますね。
DDかず