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パールハーバーから、フィジー・ニューカレドニア・ブリスベーンのシーレーンを遮断して、豪州の戦意を削ぐのが、FS作戦の目的、と聞いています。GFの第二段作戦としては、42年7月にニューカレドニア占領を目指していたが、ミッドウェーの大敗北で2ヶ月順延。更に7月にガダルカナルの航空基地にメドがたって、(一式陸攻などで)空から遮断可能、という判断の元、FS作戦中止が決まった、とも聞いています。 さて、上記シーレーンを飛行機で遮断する、という前提だと、九七大艇や二式大艇といった長距離爆撃可能な機体を持つ日本海軍であれば、タラワからギルバート諸島を南下して水上機基地を作って爆撃するとか、更に南下してエリス諸島(ツバル)まで進出する、等の選択肢がありえるようにも思えます。 どうせ補給の問題で苦しむなら、中途半端に豪州に近くて妨害されやすいソロモン方面から進出するよりは、ギルバート諸島方面からの遮断の方がラク、とも思えます。 そもそも、九七大艇や二式大艇は、この手の輸送船団爆撃に向いていないから、この手の作戦は検討されなかったのでしょうか? それとも両機種の数の問題なのか、やはり補給の問題なのか… 追伸:こうして考えると、ポートモレスビーは、SUDOさんがパールハーバー封鎖をかつて妄想していらっしゃいましたが、同様に、機雷なり潜水艦なりで封鎖してガソリン補給を断てば、ラバウルに対する危険性は一気に減少するし、無理して上陸する戦略的価値はないのか、とすら思います。 米豪遮断作戦 |
- 長い哨戒線の末端近くで敵を捕捉しても十分な数の攻撃隊を指向できませんし、突破も容易になってしまいます。
またポートモレスビーを掃海する間もなく機雷封鎖できるということは、ポートモレスビー地域で航空優勢を確立することを意味します。楽々とポートモレスビーで航空優勢を獲得できるのであれば、機雷封鎖する意味もありません。
BUN
- BUNさん、回答ありがとうございます。
回答に対して質問させてください。
>長い哨戒線の末端近くで敵を捕捉しても十分な数の攻撃隊を指向できませんし、突破も容易
ガダルカナルから航空遮断が見込めたからFS作戦の中止が決まった、という話を自分は聞いていたのですが、これは誤りだったのでしょうか?
仮にガ島から航空遮断する狙いでFS作戦中止が正しいとすると、ガ島=ニューカレドニア方面の距離で敵を捕捉・撃滅するに十分な機材(九七陸攻? 一式陸攻? 大艇?)を用意するメドがあった、ということであり、ギルバート諸島方面では陸攻等を運用するための基地設営が不可能と見ていたか、または全く考慮していなかったのか、のどちらか、に可能性が絞られるのか、と。
>ポートモレスビーで航空優勢を獲得
坂井三郎氏がラエで戦っていた時期は、航空優勢を獲得していた(3機で上空で宙返り飛行をしたくらい)ハズです。
豪本土から次から次へ新機材やガソリンがポートモレスビーに搬入された故にその優勢が維持できなかったのだから、だったらポートダーウィン=ポートモレスビーの輸送路を潜水艦で襲撃し、ガソリン搬入を阻止できれば、ポートモレスビー占領の戦略目標のひとつである、ラバウル基地の安全性確保が達成できるのかな、と考えた次第です。
また、日本軍の航空優勢があった17年4月段階で機雷封鎖を考慮しなかったのは、MO攻略作戦でポートモレスビー占領後の掃海作業の手間を嫌がったのか、それほどの難敵と全く考えていなかったのか、日露戦争時の旅順封鎖等の過去の実績が全く思い返されることがなかったのか、のどれかか、とも思えた次第です。
米豪遮断作戦
- ガダルカナル島基地があれば米豪遮断が成立するのではなく、ガダルカナル島まででFS作戦が中止されたからこそ、ガダルカナルの機能に期待がかけられたのです。
また昭和17年夏のニューギニア方面の戦況はそれほど順調ではありません。
日本側は兵力不足で敵の拠点であるポートモレスビーを攻め倦んでいたのです。そして攻略の見込みはおろか、航空優勢の確立は程遠い状況です。
もし敵航空兵力を圧倒できていたらなば、何をどう補給しようが、いずれポートモレスビーの命運は尽きてしまいます。
そんな状況下で機雷の敷設が決定打になることはあり得ません。
BUN