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金星には七×型と言う型は存在、または計画があったのでしょうか。 素人18 |
- 「三菱航空エンジン史」によると、「金星60型以降のさらなる出力向上対策については、名古屋発動機製作所より分離した名古屋発動機研究所を中心にして検討が進められていたが、14気筒、140x150mmではもはやこれが限界とされ、次には18気筒化を中心として大出力化をすすめることになっていた」とあります。
くさの
- そうだったのですか、有難う御座います。
して、その18気筒エンジンはなんと言う名前なのでしょうか。
素人18
- 2>
「金星 18気筒」
で調べてください。
それなりに知られたエンジンがひっかかってきます。
P-kun
- でも、名発研の分離って18年11月なんですよ。一方でおなじみの18気筒発動機A20の開発開始は16年4月だったりしてしまいます。このあたりの前後関係についてはちょっと注意が必要ですね。
片
- ハ43でしたか、有難う御座います。
確か烈風でよかったですよね搭載機は。
ところでまた質問なんですが、ハ43は烈風と震電以外に搭載する予定だった機体は何でしょうか。
また、稼働率は金星同様に良好だったのでしょうか。
お答え願えれば幸いです。
素人18
- それこそ「ハ43」で調べてください・・・
P-kun
- 金星はその登場当初、支那事変における九六式陸攻を用いた渡洋爆撃の頃には信頼性が低く使用が危ぶまれていたエンジンでした。機械である以上初期的故障は付き物、やがて使用を重ねるにつれそのような部分は解消されてゆきます。
ハ43は烈風に搭載された時点で登場直後といってよいルーキーでしたが、やはり故障が多く、しかも本土空襲が始まって発動機工場が狙い打ちされている時期でしたので、補用部品の調達もままならず、こうしたために烈風A7M2はほとんどまともな飛行実験を行えずに終わってしまっています。
ハ43の搭載を検討された機種は枚挙に暇ありません。十七試で計画された二種類の陸上戦闘機、三菱十七試局戦と川西十七試遠戦はA20装備が前提のプランでした。これはこの発動機が誉よりも大出力の(しかしやや大ぶりな)戦闘機用発動機として開発されたからです。
また同じ頃、陸軍でも雷電の陸軍型にA20装備を考えています。有名なところでは陸軍キ83がありますし、三菱は一式陸攻の性能向上型にA20を使って欲しいと要望していました。A20には火星の性能向上版次世代機としての意味合いもあったのです。
大戦末期になると、誉装備の主力機が発動機工場罹災によって供給困難となってしまうことが懸念され、紫電改、流星、銀河、四式戦など、ほとんどの誉装備機にハ43装備型が計画されています。誉の生産工場が空襲で破壊された場合の代替機としてハ43は見られていたわけです。
片
- こんなずぶの素人のつまらない質問にお答えいただき真に有難う御座います。
素人18
- >4. 片さん
確かにA20の開発開始時期以降の話ばのですが、私は「リソースをA20に集中することにした」、と言う理解をしました。
くさの
- 人的リソースの集中が行われたのは、むしろ昭和16年において、なんです。
18年1月にはすでに、A20計画の本命であるMK9Bが頓挫して川西十七試陸戦が中止を余儀なくされてしまっています。
A20については、名発研の分離以前に、本質的な部分で決着がついてしまった部分がかなりあってしまうのです。
片