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2861 長門型戦艦は新造時より艦橋上部に10m測距儀を装備しておりますが,他の日本戦艦金剛型,扶桑型,伊勢型は大改装時まで艦橋上部には主砲用測距儀がありません。
14インチ砲艦は大改装時まで何度か艦橋を改装していますが,ずっと主砲用測距儀を艦橋に装備しなかったのはなぜでしょうか?
別の言い方をさせて頂ければ,長門型のみ艦橋上部に主砲用測距儀を持っている理由が良く判らないのですが。長門型のみ想定砲戦距離を他戦艦より大きく取って運用する予定だったのでしょうか?

よろしくお願いたします。
Ranchan

  1. 上記の14in艦はもともとシンプルな三脚檣なので、長門型のようにがっちりした六脚檣上部に10m測距儀を載せるようなワケには行かず、昭和の大改装時に艦橋背面に別の骨組を抱かせ、その頂部に10m測距儀を載せたワケです。
    あと金剛の竣工時はまだ砲側照準がメイン(砲塔測距儀は15ft=4.5m、艦橋測距儀は12ft=3.6m)であったコト、1913年の金剛の射撃訓練では昼間砲戦距離が8,000mに設定されていたコト、開戦に伴って光学兵器の輸入が困難となり国産化を強いられたコト、同大戦の戦訓で想定砲戦距離が開戦前の2倍以上に延伸したコトなども考え合わせる必要が有るでしょう。
    駄レス国務長官

  2.  遠距離射撃の場合、単に高い場所に一つ高性能な測距儀があっても有効ではないんです。
     勿論高い場所に高性能な測距儀を備えることは重要なのですが、多数の測距儀で平均測距する事で精度改善をする事も可能なんです。
     昭和二桁近くまでは、遠距離射撃といえどもそんなに無体に長い距離を想定していません(昭和初期なら20〜25km)この条件では砲塔測距儀等も参加可能でした。
     実際、この時期の36糎艦と長門型で演習での射程と命中率は事実上変らないレベルです。長門型のそれは、やらないよりはやったほうが良いけど、積極的にやらなくても大差は無いというものだったのです。
     よって新造艦で最初から組み込むなら兎も角、既存艦に無理やり慌てて装備する必要性も実は大して無かったのです。
    SUDO

  3. ご回答有難うございます。
    ご指摘の通りWW1の戦訓より想定砲戦距離が約2倍に伸びた訳ですが,ユトランド沖海戦(1916)から最初に「榛名」が第2次改装を開始する(1933)まで17年空いています。
    また,確かに14インチ砲戦艦の艦橋原形はシンプルな三脚檣ですが,どうしても測距儀が前部艦橋上部に必要ならこの17年間でも前部マストを補強して搭載すれば良いと思うのです。
    そう考えますと,この間14インチ砲戦艦が艦橋上部に測距儀を持たなかったのは
    「不要だったから(砲塔測距儀で間に合っているから。また元々想定砲戦距離が約10,000mという前提の設計の為水平防御が薄いので艦橋上部に測距儀が必要になるほどの遠距離砲戦を考えていない。日本戦艦は比較的優速だから距離は詰めれば良い)」
    となると考えます。
    ただ,そうしますと「長門型だけが艦橋上部に測距儀が必要になるほどの遠距離砲戦をするつもりだったのか?」という疑問への解答が埋まらない訳です。
    Ranchan

  4. ご回答有難うございます。
    3.を書いているうちに2.のSUDO様のご回答が入ってしまいました。ご寛容下さいますようお願い致します。
    Ranchan

  5. >>2.
    理論上は可能でも、実戦で必ずしも巧く行くとは限りません。
    砲塔測距儀の明確なデメリットは、砲煙や海水の飛沫の影響を受け易いコトで、かのヂャットランド海戦でも冒頭の南下戦でヒッペル隊は風下に占位したので、自艦の砲煙と着弾時の水柱の飛沫で砲塔測距儀が汚れ、雨と降り来る敵弾の中を(でもない、小康期を狙って)部下にガラスを拭きに行かせたと、デルフリンゲルのハーゼ砲術長の回想記に記されてます。
    長門型の六脚檣は、同海戦の戦訓によるものかどうかは確言できかねますが、将来の砲戦の態様を洞察してかかる堅固な構造物(塔型艦橋以前で最も理想的)の高所に大型測距儀を載せたとすれば、高く評価して然るべきかと存じます。
    駄レス国務長官

  6. >4
     ええ、勿論、高所に測距儀も備えるほうが望ましいことは記したとおりです。
     ですが、従来型戦艦も艦橋や司令塔の上部に4.5〜2.5m級を備えてますので、波飛沫等で全く測距不能という事態は避けられます。
     また当初の長門型では、振動と煙突逆流で観測精度が悪かったという話もあり、理論上は良好でも実装面で必ずしも上手く行った訳でもなかったのです。
    SUDO

  7. >>6.
    振動と煤煙逆流は造ってみて判る初期不良のようなもので、後に対策されたワケですし、最後まで同位置であった事実からも本質的な欠点とは思えませんケド。
    駄レス国務長官

  8. >>7
     ええ、本質的な欠点ではないですよ。そのような事は一言たりとも記した覚えはありません。
     「そうした方が望ましい」と記してます。
     単に、長門型といえども、艦橋頂部の測距儀は、当時の想定交戦距離に於いては、計測に参加する大勢の中の一つに過ぎなかったという事です。
     高所大型測距儀の利点が明らかに出るのは、計測参加数が限られる場合であり、それすらも計測回数である程度の補いも可能です。
     2分40kmの計測条件なら優位でも、どうせ届かないのだから計測に5分かけるとかなったら、その利点は顕著ではなくなるのです。
     ハードウェアとしての高所測距儀は優れていますが、計測法や射撃法といったソフトウェアの進歩と限界が、この利点を目立たせなくしていたのが、この時代の日本戦艦の一側面だったのです。
     その利点を活用するには、計測開始距離と射撃開始距離が近い(彼我の速度と射程の問題)という条件が必要です。
     即ち高速戦艦で射程の長い長門には備えてい然るべき機能であり、他戦艦の場合は射程延伸と高速化をしないと、描餅でしかなく、そして長門ですら、そのような遠距離での射撃を実用的に行う手法が確立されておらず、事実上利点が現れてこなかったのが昭和初期までの状態だったのです。
    SUDO

  9. 大正年間、わが海軍が25000m以上で実戦的な射撃を実施した際に「測距所はできるだけ高所に置くべき」「長門型の測距儀は非常に有効」という所見があります。
    従って、それまでは長門型が装備する測距儀の有効性が把握出来ていなかったともいえるでしょう。

    測距儀を砲塔に装備する場合の問題点は、(既に述べられている)砲煙や海水の飛沫の影響の他に、射撃時の振動や煙によって一時的に使用が困難になる場合があることで。測距距離に関しては砲塔装備でも間に合うにも関わらず(我が36センチ砲搭載艦で30000m程度まで測距可能)艦橋上にも装備しているのはその辺の絡みもあるかと思います。

    本題の長門型の測距儀配置ですが。皆さんが述べられている他に、射撃装置を用いた射撃が有効と判断されて計画・建造されたから。とも考えられますね。
    tackow

  10. >>9.
    おおむね仰せの通りと思います。
    1915年に榛名に載せた試作方位盤による射撃の好成績確認が1916年、長門の起工が1917年ですから、時系列的にも整合しますね。
    駄レス国務長官


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