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2660  捷号作戦に参加した、日本重巡の魚雷兵装に関してなのですが
 妙高型は当時、4連装発射管が2基、最上は3連装発射管が4基ということになっています
 しかし本当にそうだったのでしょうか?
 スリガオ海峡の夜戦、サマール島沖海戦の記録を見ると、どうしてもそのように思えません
セミララ

  1. 参考

    妙高型
    那智、足柄〜スリガオ海峡の夜戦〜
     0424 両艦が1斉射で左舷発射管から8本ずつ発射
    羽黒
    サマール島沖の海戦
     0902 右舷発射管から8本を発射
     0918 右舷発射管から発射予定なるも中止

     以上から、この時もまだ、4連装発射管を4基装備していたのではないのか?

    最上〜スリガオ海峡の夜戦〜
     0355 右舷発射管から4本発射
     その後、誘爆を恐れて、残った12本の投棄作業にかかる→5本投棄したが、残った7本のうち5本が誘爆

     以上から、最上は魚雷を16本搭載している→3連装4基ではなく4連装2基又は4連装4基なのではないのか?
    セミララ

  2. 最上の魚雷定数は18本(発射管数の1.5倍。他重巡も同じ)ですから、
    16本搭載ということには何の不思議もありませんが?
    勝井

  3. 妙高型は第二次改装で4連装発射管1型を追加して合計16門ではありませんか。搭載魚雷数は24本。
    最上型は3連装4基のままで搭載数24本。全ての我が重巡が1発射管数の1.5倍というのは疑問です。
    たとえば、摩耶は最終時4基16門に強化したものの16本とか。

    4式射撃装置

  4. >3
     セミララさんが仰られているのは、妙高型は戦時中に発射管を減らしたという話の真偽が怪しいと述べられていらっしゃるのだと思います。
     私も4連装4基のままだった可能性が高いと思います。
     また最上型は要目簿に「18本」と記されております。
     また学研の最上型に記されている後部砲塔撤去後の最上の公式図では三連装発射管のままですので、四連装への交換はやってないんじゃないかと思います。
     訓練等で数本使ってしまった状態とか、発射に成功したのが4本で、吐き出したのは6本だったとかかもしれませんので、スリガオの最上の魚雷数16という数字だけではなんともいえません。
    SUDO

  5. でも摩耶が防空巡改装の際に雷装強化した例などみると、
    最上ほど大規模に手を入れたケースでこの機会に発射管を増強しなかったというのも
    多少は引っかかる話ですね。
    勝井

  6.  妙高型
     あ号作戦の後、発射管を2基撤去した結果、発射管は4連装2基しか装備していないという説が、いろいろな書籍で語られています
     でも、捷号作戦では、片舷一斉射で8本なのです
     だからこの時はまだ、発射管を4基装備していたのではないかと...

     で、次に最上ですが

    >#4 SUDOさん
    > 訓練等で数本使ってしまった状態とか、発射に成功したのが4本で、吐き出したのは6本だったとかかもしれませんので、

     片舷に3連装2基なのに4本発射というのが、非常に違和感を覚えます
     訓練での消費も考えづらいです
     例えば、被弾による損傷その他で、6本のうち4本しか発射できなかった場合、艦内には14本の魚雷が残る事になります
     また、6本撃ったけど馳走したのは4本(2本は射点沈没?)という場合は、6本発射したと書かれるのが普通なのではないでしょうか
     (3連装4基で18本説という条件で)無理矢理こじつけをすると、(25日3:55よりも前の段階で)被弾損傷等の理由により魚雷2本を投棄、3:55に右舷全射線の発射を試みたが2本が発射できずという、ちょっと苦しい事になります

     因みに、サマール島沖での利根(発射管は3連装4基)の記録を見ると
      0838 敵機の攻撃により、気室に着火した魚雷2本を右舷発射管から発射
      0845 右舷発射管から4本発射(0838に発射した分を除く右舷全射線を発射)
      0908 右舷発射管から3本発射
      0920 第五戦隊旗艦羽黒に「右舷に魚雷が3本残っているから一緒に撃とうよ」と誘うが、断られる
      残った魚雷は3本

     というように、搭載魚雷は12本、また、8:38、8:45の例がアクシデントの結果という事を踏まえれば、至極常識的な撃ち方をしております
     利根や摩耶が発射管数分しか魚雷を搭載していない以上、最上も予備魚雷は搭載しなかったのではないのか
     そしてその場合、最上の発射管が4連装4基と考えれば、右舷からの4射線も搭載魚雷16本も、うまく説明できる...と
     #5で勝井さんの言う様に、麻耶と同じく、折角の大改造なのだから魚雷兵装を強化したと思いたいです
    セミララ

  7. ごめんなさい
    麻耶ではなく摩耶です
    セミララ

  8. 比島沖海戦後、那智はマニラ湾で空襲により撃沈されますが。その際に14本の魚雷を処分あるいは損失しています。
    スリガオ海峡で8本発射したのが正解で、その後、補給を受けていないと仮定すれば。海戦前の段階で、14+8=22本以上の魚雷を搭載していた事になります。

    これは、サマール沖で「羽黒」が搭載していた(と思われる数)とも一致します。

    発射管8門に対して搭載数22本はいささか多く感じられ、発射管は撤去されていなかったとも思われます。

    「足柄」と「妙高」の最終状態では発射管が撤去されていた、といわれますから。撤去時期が誤って伝えられたのかもしれません。

    もちろん、

    ・スリガオ海峡での発射本数は「各艦8」なのか「計8」なのか(この根拠は5S参謀の回想らしいです)。
    ・「那智」はマニラ湾で魚雷の補給を受けたのか。
    ・サマール沖での羽黒は、次発装填装置を用いた発射本数ではないのか。

    なども検証する必要があると思います。


    >5
    「摩耶」は雷装強化、というより、他の同型艦2隻同様の予定に沿った換装といえるのでは?
    tackow

  9.  >スリガオ海峡での発射本数は「各艦8」なのか「計8」なのか

     一応、各艦8本ずつ計16本でヒブソン島を雷撃した事になっています

     >サマール沖での羽黒は、次発装填装置を用いた発射本数ではないのか。

     どうも違うようです
    セミララ


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