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712 小銃と銃身の管理についてですが、平時の場合で小銃は、個人で管理するのではなく部隊で管理するものでよろしい?例えば銃にナンバリングがしてあり、使用したら、発砲履歴や清掃履歴、交換履歴を記入するみたいな感じですが?
あと銃身の交換頻度は何発目安何でしょうか?その場合空砲は1発にカウントされるのでしょうか?
それと銃身清掃は、使用毎でしょうか?
これは余談ですが、後輩が使用した後先輩が使用し手入れが甘い❗ということで、制裁されるということが、結構有りそうですが

まさのり

誰か答えて下さい。

711 なぜ日本軍は四一式山砲を切らなかったのでしょうか。
九四式山砲とカタログスペックで比較すると砲列砲車重量も砲身重量も大差なく、かつ九四式の方が砲身が一割強長いですよね。初速は352→392m/sにアップしてます。
つまり旧式の四一式は下位互換っちゅう事です。
方向・俯仰旋回角も狭い狭い。
ま、歩兵連隊砲としては精度が高すぎ歩兵の手に余ると聞いた事がありますが…
ですが、大は小を兼ねます、精度や射程、射界はあるに越した事は無く…
果たして1935年秋にもなって九四式の生産を食ってまで四一式の生産ラインを再開させる必要があったのかと…

九九式七糎半戦車砲も四一式山砲ベースに自緊砲にしたり砲身を延長したり、閉鎖方式を九四式山砲と同じスタイルにしたり液気式駐退復座機にしたりと一見すると迂遠とも取れるやり方を取ったのも謎です。
スタートを九四式から始めていれば辿った改良がかなり被ってた筈だとしか思えません。



パンジャンドラム

  1. 過去ログです。切るに切れなかったみたいに感じますね。
    http://www.warbirds.jp/ansq/4/D2000133.html
    暇人


  2. 兵器の絶対量の不足とは関係なく、既に「上位互換」が存在するのにわざわざ旧式砲の生産を再開させた意味が分からないんです。
    四式戦闘機が足らないからと言って九七式戦闘機の生産を復活させない様に。
    単に生産ラインを復活させる四一式山砲の分だけ九四式の生産力に回せばいいだけの事では、と
    再生産分と既存のお下がりで四一式山砲での混成を狙ったのでしょうか?
    日本軍は火砲の統一にはさほど拘っていない様ですが。

    パンジャンドラム


  3. 生産ラインを変えると初めの内生産量が落ち込むのではないでしょうか。
    暇人


  4. 1935年秋の時点で四一式山砲は一度閉じかけた生産ラインを拡張しています。
    同時期の九四式山砲の生産ライン拡張に回しても同じでは。

    パンジャンドラム


  5. 四一式山砲用の砲弾が余っていたのではないでしょうか?根拠はありませんが。
    デスコン


  6. 砲弾は共通では?
    九四式が想定していない、九X式シリーズ以前の古い砲弾が残っていたとしても、日本軍は十加の砲弾すら十五榴で飛ばす集団ですし、弾帯の交換で何とでもなる筈です。
    パンジャンドラム


  7. 当時の陸軍の軍政官僚の組織原理から「九四式山砲と互換性のある砲の開発生産を民間企業から募る」は排除され、
    四一式山砲の生産設備を再稼働させる事だけが軍政官僚の組織原理に叶いつつ定数を満たす手段だったのでしょう。
    抑この時期の四一式山砲は最初から歩兵連隊の歩兵砲に供する事を目的として生産されており
    連隊歩兵砲を砲兵と同じ九四式山砲にせず四一式山砲にした事には砲兵のセクショナリズムも関ってる蓋然性が高い。
    にも。


  8. これは、四一式を歩兵砲として採用すると決定した。ただこれに尽きるかも知れませんね。
    四一式を考えると。

    満州事変勃発 1931 歩兵砲として使用した結果、当然の如くそれまでの歩兵砲より良いという評価。1932満州国建国。1933国連脱退。それまでの状況から軍備の拡充はしたいところ。必要になったからといって勝手にすぐに生産とは行きません。満州事変後に歩兵砲として採用する事に決定し、予算を計上し承認されて生産されたのでしょう。満州事変時の歩兵連隊には装備済みです。で有れば装備の統一性やら取り扱いの教育等では同一機材を装備した方がスムーズに行くと思います。で、1935 歩兵砲への小改造をし生産。 1936ほぼ、歩兵連隊に配布。

    で、一方の九四式です。1935 水戸で実用評価試験。で、制式化。ここまでの生産数は試製4門その他2問。こういった状況です。九四式にしていたら、歩兵砲の更新が更に遅れたでしょう。
    暇人


  9. 既存の山砲を小改造で済ませ歩兵砲として連隊に配布するならば、既存の山砲兵連隊から四一式山砲を取り上げてしまわねばなりませんか?
    師団砲兵がゼロになる師団もあれば独立山砲兵のいくつかも消滅するでしょう。
    トータルで見れば日本軍が身内で火砲をやり取りしあってるだけで何の火力増強にもならない気がしますが、連隊砲の定数は純増ではないのでしょうか。
    私は35〜36年に一度閉じていた生産ラインを復活させ一気に量産し配備した、まさに「生産再開」だと思っていましたが。

    この時点での話ならギリギリ、今で言う「陸自にカールM4」的な後出しジャンケンではなく「兵科間の情報共有が不十分だった為に新型山砲への認知が不十分だった」と取れる範囲に見えます。
    九四式の生産が始められるのは四一式山砲(歩兵砲)と同じ1935年秋頃ですし。
    この連隊砲という一大調達計画は大きな力が働いて、相当な生産ライン拡充のリソースも本気度もあったと考えています。




    パンジャンドラム


  10. >>これは、四一式を歩兵砲として採用すると決定した。ただこれに尽きるかも知れませんね。

    私も、そう思えます。
    四一式「ありき」に見えてしょうがありません。

    むしろそれ以外の理由がまるで「ただのフォロー」にしか感じられないほどに、強烈な印象を与えられます。

    実際はそうでもないのでしょうが「教練が」「制式前の新鋭火砲だから」とかは、正論であっても「後付け」に見えます。
    まず四一式を採用という事が決まってから、後から付いてきた様な、そんな気がします。

    日本軍内部での結束の強さ次第で、砲兵と同時期に、いやむしろ砲兵より早く九四式山砲を連隊が手にする世界線があったかもしれないです。
    連隊砲追加という編成上大きなテコ入れがあり相当の予算が動いた歩兵科に対しての山砲兵の当時の現状を考えれば…

    パンジャンドラム


  11. 餅は餅屋と云うか、同級品ならより高性能なものを本来運用する兵科に持たせるのが普通は合理的だと思います。
    四一式の九四式に対する数少ない利点として「構造が単純で扱いやすい」があるのではないでしょうか、
    私も四一式の新造は愚かだと思います、新型山砲は先ず砲兵隊が受領し
    連隊砲に転用する砲兵の山砲は砲兵隊のお下がりを原則とすべしと考えるからです。
    にも。


  12. 御質問の様なことは、緊急性、予算との兼ね合い等でどの分野でも、何時の時代でも、どこの国でもなされています。
    現代でも、次期戦闘機としてF35が生産がされていますが、同時に1機何十億もかけてF15の近代化もなされています。なお、F104の場合にも近代化が検討されたが(青木氏)、F4の導入時期を早めた様です。
     結局、あの当時の我国の工業力では、時期を満たしつつ十分な数の94式を製造できなかったということです。
    UK


  13. 11.>四一式が実際に九四式より扱いやすいかは兎も角、扱いのノウハウの溜めがあった、特に応召された兵の中から扱い慣れた者を見つけやすかった事は、想像が付きます。
    にも。


  14. 四一式とは、果たして歩兵科が最良とし求めた砲だったのでしょうか?それ以前の歩兵砲やら九二式等を見ているとそれらはまるで玩具の様です。歩兵科は、携行?し易い砲が欲しかったのでは無いでしょうか?勿論、威力を無視は出来ませんが。
    九二式以降も重歩兵砲の開発は続けていたとの情報も見ます。取り敢えず四一式だったのでは無いでしょうか?

    後、7でも述べられていますが、やはり九四式を最初に受領するのは砲兵科だと思います。
    例えば四一式ありきの理由としてこんなのはどうでしょう?
    四一式はもう生産止めるの?歩兵砲に使ったら良かったんだよね。新型の山砲を開発中なの?じゃぁ、新型を量産するまでに歩兵砲として作らせてよ。

    後は両者の価格差やら工数差が気になる所でちょこっと調べていましたが情報が出てきませんでした。
    暇人


  15. 昭和20年2月の価格は以下の通りです。
    41式山砲(歩兵用) 11000円  
    94式山砲 13500円 

    poran


  16. >15
    有難う御座います。やはり、ちょっと差が出ますね。
    暇人


  17. 皆さんありがとうございます。
    四一式は暫定的なものだったが試製九七式歩兵連隊砲が駄作入りした為に継続されていた様ですね。
    大隊砲の様に開脚式で射界&仰角があるのは同じでも、更に「軽量さ」を求めていた様ですね。
    なので九四式も(そして四一式)も重量過大で操砲人員・馬も食われるのが不満だったのでしょう。
    連隊砲の理想はどこにあったのかと言われれば結局重迫に辿り着いてしまいますね。

    パンジャンドラム


  18. 便乗で質問します。
    試製九七式歩兵連隊砲はバネ復座式で開発されてます、四一式連隊砲などのように歩兵連隊に広く浅く?配布装備する場合、砲兵連隊に空気圧搾機などを装備す場合と違い前線に広く分散した歩兵砲連隊砲に圧搾機をあてがうのが隘路となったのかな?とか想像してます。まあ速射砲は空気複座式なので違うのかもしれませんが。このへんどうなんでしょうか?
    my



710 一式四十七粍速射砲についてですが榴弾の加害半径について知ってる方いませんか?
ぽん助

  1. 榴弾の威力範囲、危害範囲 等で検索すると、御質問にずばりではないかも知れませんが、種々のデータ、測定値、図表等がヒットします。
    なお、「加害範囲」も意味が不明確です。
    UK


  2. https://www.google.co.jp/search?client=firefox-b&dcr=0&q=%E5%8A%A0%E5%AE%B3%E5%8D%8A%E5%BE%84%E3%81%A8%E3%81%AF&spell=1&sa=X&ved=0ahUKEwiDhrKAsc_WAhVEmZQKHRwjARkQvwUIIygA&biw=1062&bih=532

    加害半径を知恵袋では有りませんがgoogleで検索するとこんな感じになりますね。
    暇人


  3. >>2
    威力半径もしくは殺傷範囲について、と言うべきでしたね。

    となると37mmが7m、57mmが16mとなるとだいたい8m〜15mの間ですかね
    ぽん助


  4. 威力範囲やら危害半径でしょうかね。

    1でも紹介されているグラフやら他でも見ると14mとか出てきますね。
    暇人


  5. 面白い事に鹵獲したソ連の45o砲と日本の57o砲の溜弾の威力を比較したところ、殆ど変わらなかった様です。
    暇人


  6. >>5
    それは聞いたことありますが、確かあれは試験において機銃陣地に対して試射した際、直撃させた場合ではありませんでしたか?
    同じレポートでは有効範囲では45mmは57mmに劣るとも記録されてるはずです

    ぽん助



709 モーゼルC96には多数のコピー製品があると聞きますが、一方で拳銃
そのものの構造はとても複雑に見えます。

20世紀前半に自動拳銃のコピー生産を試みるとすればコピー候補として他に
コルトやルガーも存在していますが、技術力やコスト面で考えた場合、それら
と比較してC96は「より簡単にコピーできる」のでしょうか?

17式

  1.  C96が「より簡単にコピーできる」かどうかは存じませんが、ルガーP08のほうが難しいという印象があります。しかし、C96が大量にコピーされたのは、管見の限りでは、全然別の事情であるように思われます。
     というのは1919年に中国に対する武器輸出が禁止されており、その対象から外れていたものの中で、もっとも威力があったのがC96だと思われるからです。つまり、多弾数、弾速の速さ、そして銃床をつけると200mもの有効射程があったことから、カービン銃の代用品として使用されたと考えられるからです。
     その上、自動拳銃には珍しく、銃把は、弾倉がないため、大型拳銃の割には比較的小振りです。中国人は、華北のほうは大きな人が多いですが、華南は小柄です。日本人もそうですが、当然、掌も小さく、通常の自動拳銃は使いづらかったようです。
     したがって、中国におけるC96の人気は絶大で30万挺もがドイツから輸入されます。これに目をつけたかどうかは存じませんが、スペインでコピーされたものも輸入されます。これが1927年のことですが、中国は、その前年にドイツ人顧問を招いて小火器の生産を行っており、28年にはトミー・ガンと銃弾を共用できる17式が完成しています。
     C96のコピーが多いと言っても、ほとんどがスペインと中国であり、それは中国における人気の高さに由来するものではないかと思っております。
     もっとも、専門外の領域ですので、ほとんどWikipediaの記述を基に書いております。したがいまして、間違っていたらごめんなさい。
     
    hush


  2. >hush様
    ご回答ありがとうございます。Wikipediaの記述は私も読んだのですが、中国事情でいうと当時ドイツは小銃から機関銃まで援助しているようなので、C96はそんなに火力として重宝されたのか、というのが疑問のきっかけでした。

    そこから単に拳銃として考えると、中国やスペインという同分野であまり聞かない国がコピーして独自の改造までしているため実は製造しやすい銃なのか、と。
    特にそういう事実がないのであれば、やはりご指摘通り性能や運用面での人気からと見た方が自然かも知れません。
    17式


  3. 純然たる「製造しやすさ」だけで判断するなら、
    薬室の閉鎖を遊底のバネと質量だけで行うが故に製造公差に自動銃の水準を必ずしも必要とせず
    手動銃の水準で十分動作する物が量産できる単純ブローバック方式の銃に如く在りません。
    現にルーデンドルフのWW1ドイツ軍はC96系の銃ではなくベルグマンMP18を採用しました。

    (当時の中国語圏・スベイン語圏で特に頻発していた)
    低強度紛争に対峙する使用者にとって、重さが当時の一般的な小銃と余り変わらず、
    長さは小銃より短いが、それでも拳銃よりは圧倒的に嵩張る単純ブローバックのサブマシンガンより
    高級な生産財を使い高価であっても、長さも重さも小銃と拳銃の丁度中間、というC96の小型軽量さは、
    替えられない利点だったのでは。

    マウザーC96は米M1カービン同様或は其以上にPersonal Defense Weaponの祖形なのでしょう。
    にも。


  4. あと忘れてはいけないのは、遅延ブローバックは一見単純に視えますが
    製造公差や使用弾薬の質が揃ってる事が厳しく要求され、其等を実現できない所では稼働率を保てません。
    「製造しやすさ」という点をみれば遅延ブローバックは単純ブローバックの真逆なのです。

    重く複雑だが、緩い公差でも動作する物が製造出来、不均質な弾薬でも動作する設計というのがあり、
    銃身から弾とガスが飛び出したその後から遊底が動作する原則の反動利用はそう設計し得るのでは?
    散弾銃で古くから使われてきたのはその様々な強さの弾薬に対応して動作する事が理由です。
    にも。


  5. 自動火器の反動利用式とガス圧式の違いは、遊底の開閉を司るガスピストンが銃身と兼ねられてるか、銃身から独立しているかの、違いです。
    にも。



708 日本陸軍の軽機関銃について質問します 日本陸軍は軽機関銃を使って立射することはあったのでしょうか?

新米

  1.  http://www.warbirds.jp/sudo/infantry/i3_21.htm
     上記にある「歩兵操典」の軽機関銃第58に「地形地物の状態に拠り、小銃に於ける立射、膝射の姿勢を準用することあり」と記されています。
     したがいまして、旧日本陸軍は軽機関銃の立射を想定していたことになりますが、実際にそれが可能かどうかは存じません。
     たとえば、イギリスのブレンのように立射可能な軽機関銃を拿捕して使用した場合は、ありえたかもしれませんが。
     
    hush



707 120×851R弾を使用する日本海軍の高角砲について教えてください。

先日「AMMUNITION DATA TABLES」というHPを拝見したところ、下記のような砲弾の性能が記載されていました。
使用砲弾:120×851R弾
使用国:日本
弾頭重量:20.4kg
砲口初速:660?m/sec
使用兵器:「12cm L/40 Type 88/89 DP naval」
     (拙訳)40口径12cm88/89式艦載高角砲

(出典「AMMUNITION DATA TABLES」、「106-128 MM CALIBRE CARTRIDGES」の項)
http://www.quarryhs.co.uk/ammotable12.html

質問です。
1.そもそも「120×851R弾」を使用する砲を日本海軍は有していたのでしょうか?
2.「12cm L/40 Type 88/89 DP naval」とはどのような砲なのでしょうか?


豆狸

  1. 質問の追記です。
    一応、私の考えうる限りなのですが以下のような可能性が考えられます。
    イ.四十口径八九式十二糎七高角砲の試験版(?)の事を指している
    ロ.作成者が八九式十二糎七高角砲を基にした、一式/五式十二糎七高角砲と混同した
    ハ.日本海軍以外の国の兵器の性能を誤って表記した
    しかし、いづれも確証が持てません。
    どなたがご存知の方がいればご教授よろしくお願いいたします。
    豆狸


  2. 他の砲の性能は正しいでしょうか?そこが違ったら、そもそも、その砲弾が無いという可能性も出てきます。


  3. >2.
    このHPは砲弾の寸法をまとめたデータベースの様です。
    管見の限りですが、他の砲弾で特に間違った性能表記は無かったように思います。
    豆狸



706 『西部警察』で大門刑事が使っていたような、肩当てがなくて、ピストルグリップだけのショットガンについて質問いたします。

このようなタイプのショットガンには12番径のものもありますが、12番径の一発玉はヒグマを倒すこともできるので、ライフルならば、30−06か308くらいの反動はあるのではないでしょうか?

ピストルグリップ型は、そのような強い反動を両手だけで受け止めることになりますが、反動で手首をくじいたりしないのでしょうか?
PIAT

  1. ピストルグリップ型ショットガンを気安く発砲し、大変なことになるという動画がネット上に複数アップされています。それなりの腕力がある者が、正しい指導を受けて扱えるもののようです。
    桜ヶ丘


  2.  TVドラマ、それもインターネットもなくて、ほとんどの人が銃器の詳しい知識を持ちえなかった時代のものにリアリティーを求められてもと、多少は思わないでもないのですが、それでも、空中のヘリや走行中の車から撃っても仕方がないだろうとか、精密射撃ができないショット・ガンにスコープがなぜ必要かとか、4連発のレミントンで何発連射するのという声はあったようです。M31が選ばれたのは、薬莢が飛び出すのが絵になったからであり、ピストル・グリップ・ヴァージョンとしたのも同様の理由と考えております。
     その上で、野暮を承知で申しますと、リアルタイムで何回か見たおぼろげな記憶では気楽に撃っていたように思いますし、ネット上で見出される画像を調べた限りでは、超人的な膂力を持っていない限り、体を損なわずに発射することは不可能であろうと思っております。
     
    hush


  3. http://hb-plaza.com/guns101/ballistic/ に初活量がたくさんあります。
    30−06か308くらい、というのはいいセンですね。
    他方、.500SWも似たような数値です。
    銃の自重と両手を離して保持できることから、まあなんとかなる範囲なのでしょう。あの構えで撃ったら顔にぶつかると思いますが。




705 砲弾や弾丸が飛行する時間に応じて速度が低下することは知っていますが、その低下量についてはどのようにして計算しているのでしょうか?
ダイキ

  1. 空気抵抗の計算式
    F=1/2*P*Cd*S*V^2
    P:空気密度
    Cd:空気抵抗係数
    S:投影面積
    V:速度
    上の計算式については当然ご存知と思います。
    問題はCd値なんですが、Cd値とマッハ数の関係グラフを探してみてもらいたいのですが、マッハ数によって変化するのです。
    砲弾形の物体はCd値0.125ぐらいで亜音速では一定ですが、M0.8あたりから急増しM1.0でCd値0.45ぐらいになり、M1.1あたりから徐々に減少していくという曲線を描きます。
    このようなデータは物体ごとに風洞試験によって得るしかありません。
    超音速


  2. 「数理科学的な雑学のページ」に弾道計算式の詳細が記載されてます。
    URLはエラーで貼れませんでした。
    超音速


  3. ありがとうございました
    ダイキ


  4. 昔の海軍砲の弾丸では、F=B×V^n。 ここに、Fは空気抵抗、Bは弾丸の形状や寸法により定まる定数、Vは速さ(m/s)であり、nは速さにより定まります。
    V=0〜256、256〜317、317〜363、363〜445、445〜610、610〜792、792〜1219の場合には、各々1.60、3.00、6.45、3.00、1.80、1.50、1.67となります。
    測定技術が今日ほどでない時代に、マッハ4近くまでよく調べたなあと驚きます。
    出展。海と空の昭和33年2月号 「海軍砲の話」 著者 防衛庁技術研究所 夏村繁雄 氏
    UK



704 679に続く、九六式二十五粍三連装機銃についての質問です。

銃鞍左右側板の外側にある撃発装置連結ロッド(正式名称不明)には復元バネ(復元発條)が取り付けられていますが、中銃のこの箇所が確認出来る写真を見たことがありません。
中銃の復元バネ取付方法は、左銃と全く同じなのでしょうか。

画像掲示板に図をアップしました。
ROM

  1. 過去に乾先生が講演の中で先生が撮影された中銃の構造周りの写真と当時の図面から説明されていましたけど、自分には難しくてあまり理解できませんでした。たぶん図のような感じだと思います。
    ダイキ


  2. ダイキ様、有難うございます。
    この左右銃の復元バネすら、ごく最近まで取付金具以外写真は見付けることが出来ず、想像でしかなかったのです。
    米軍の写真で左右銃の復元バネが写っているものが2枚有りますが、それをスプリングと認識する(見た目で)のは難しいです。
    アメリカとパプアニューギニアには一般の人が間近に見られる現存銃が有りますが、この銃に特別に興味が無ければ、位置を考えると中銃のこの箇所を写真に撮ることなど考えられませんので、これからもnet上に写真が出て来ることは無いのでしょうね。
    ROM


  3. カタログスペックならともかく、細部構造とかになると第一人者の乾先生でもない限り、ここで質問されてもROMさんが知りたい情報は得られないでしょうね。
    ダイキ



703  日本海軍の軍艦旗の大きさについての質問です。下のウィキペディアの参考文献のように「艦種によって使用する大きさが違う」と書かれている戦記物はあります(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BB%8D%E8%89%A6%E6%97%97#.E6.97.A5.E6.9C.AC.E3.81.AE.E8.BB.8D.E8.89.A6.E6.97.97.E3.83.BB.E8.87.AA.E8.A1.9B.E8.89.A6.E6.97.97)。高祖卯佐『海軍衛生兵よもやま物語』には「呉被服廠(?、工廠の間違いか)で旗の生産を担当していた人物が、横3メートル大の軍艦旗を入手して「これは戦艦で使われるものです」と言った」ということが書かれています(上の記述からするとちょっと小さい気がしますが)。
 これらの記述は正しいのでしょうか(大和ミュージアムにある長門の軍艦旗は八幅の大きさですが)?もう少しはっきりした公文書や回想・写真からの解析は無いでしょうか?また生産体制・素材の変遷(戦争が進むと馬毛を使うことは出来なくなったらしい)・当時の価格など分かりませんでしょうか?模型製作に反映させたいもので気になっているのです。
バツ

  1.  桜と錨様が「海軍砲術学校」の中で海軍法規類集を公開されていますが、その中に海軍旗章条例、海軍旗章令が収められています。そちらを見ますと、軍艦旗のサイズについては、何の規定もないことが分かります。したがって、他に規定があったら御免なさいなのですが、海上自衛隊の自衛艦旗のようにきちんと定められたものはないのではないかと思っています。
     軍艦旗は、陸軍の連隊旗と違って、天皇から下賜されたものではないので、痛んだら廃棄して新しいものに変える関係で、何流も保有していたと思います。そして、当時の日本の状況から考えて、工業製品ではないので、様々な大きさのものが混在していたと思います。したがって、サイズを規定してしまうと、在庫をすべて交換する必要性が生じるからではないかと思っています。
     ただ、慣例として大型艦には大型のものを使っていたとは思うのですが、観艦式、海外派遣の際等には特大のものを使用したはずです。日本艦で明確にそうだという写真は見つけられませんでしたが(というより、あまり捜していません)、ドイツ装甲艦アトミラル・グラーフ・シュペーが艦幅ほどもある軍艦旗を艦尾に掲げている写真が残っています。
     
    hush


  2. 「軍艦メカ図鑑 日本の巡洋艦」に、軍艦旗・艦首旗の定数が掲載されていましたので転記します。
    但し、質問者様が提示されたWikipedia内では一幅36cmとなっていますが、当該書では1巾450mmとなっており、いずれが正しいものか(或いは年代などで異なるのか)知識を持ち合わせておりません。

    ・重巡洋艦
     軍艦旗:2巾×10 3巾×4 4巾×3 6巾×6 8巾×2
     艦首旗:1巾×2 2巾×3 3巾×1〜2

    ・軽巡洋艦
     軍艦旗:2巾×8 3巾×2 4巾×4〜6 6巾×4 8巾×2
     艦首旗:1巾×2 2巾×3 3巾×1

    また、同じ著者の「軍艦雑記帳」では、戦艦伊勢の資料(年代の記述はありません)として
     2巾×13、3巾×5、4巾×3、6巾×5、8巾×2、10巾×2
    とあり、「どれを艦尾に掲揚したか不明です。写真で調べても大きさがまちまちです。」との記述もあります。こちらの資料も1巾450mmとなっています。

    これらの定数は具体的で、何らかの史料に基いていると推測されますが、それが何かまでは調べるに至っておりません。
    大瀬千早


  3.  ありがとうございます。特に『軍艦メカ図鑑』と『軍艦雑記帳』の定数の情報はありがたいです。読んでみたいと思います。「10巾」という規格は初めて見ましたが。「幅」ですが、現物から見ても多少の誤差はあれ一幅・44×66cmと認識しています。他にも情報ありましたらお待ちしております。
    バツ



702 海軍と 陸軍の30mm機銃について教えて下さいません。
海軍の2式30mmの炸薬と陸軍の開発中だった30mm航空機銃の炸薬は、どのくらいだったのでしょう?海軍の弾は250g、陸軍のは、230gと聞いています。

海軍の25mm対空機銃の弾は250gほど、ではその炸薬は?と考えると破壊力は?
下手したら25mmの方が破壊力は大きいのかも?などと
良い例が、デファ30mmとマウザーの27mmで27mmの方が弾も重く破壊力もあると聞いていたのでお尋ねします。
青江

  1. 御参考までに:同じ口径でも、航空機用と軍艦用とでは、重量や威力等は全く違います。
    UK


  2. 1 2式30mm、5式30mm等で検索すれば、弾頭重量、弾頭全備重量(多分、装薬+薬莢殻)等種々の事項がが記されています。
    2 同じ口径でも、対空用か装甲車両特に戦車攻撃を考慮するかで弾丸や機関砲の重量は大きく変わります。A−10の(20mmバルカンやDEFA30mm等に比べて)30mmの重いこと。
    UK



701 右利きの兵士がPPSH1941短機関銃を撃つとき、左手は銃のどの部分を持つのが正しいのでしょうか?
Youtubeで見ると、ドラム型弾倉の端を持っている人が多いのですが、反動で弾倉がずれて給弾不良を起しそうに見えます。
銃身のカバーを持っている人もいますが、連射すると、ヤケドしそうに思います。
どなたか、ご教示願います。
PIAT

  1. 記憶モードで申し訳ないが、PPSH1941 の場合、ドラム弾倉と用心金の間を下から支えるのが正式とのこと。
    しかしPIAT殿がYOUTUBE でご覧になった通り、大概は弾倉を支えることが多く、特に35発の箱型弾倉は前方握把扱いが普通らしいです。

    なお冬季には分厚い手袋を装備していることも有り、銃身カバーを握るのは当たり前だったようです。
    タンジェント


  2. タンジェント様 回答ありがとうございます。

    「弾倉と用心鉄の間を下から支える」とは随分窮屈そうですね。
    それに、ドラム弾倉は重いので、銃身が下がってきそうだし、弾倉を持つのもやむをえないようですね。

    PPSH1941から考えると、同じドラム弾倉のトミーガン初期型は、弾倉の前にもグリップがあり、非常に撃ちやすそうに思います。

    ちなみに、英軍のステンガンの場合、「ナバロンの要塞」「史上最大の作戦」等の映画では左に突き出た弾倉を持っていますが、給弾不良を起しやすいので、弾倉の前を下から持つのが正しい持ち方とのことです。
    なお、改良版のオーステン短機関銃では前後二つのグリップを持って撃つようになっています。

    PPSH1941は改良されなかったのでしょうか?
    PIAT


  3. 気になって調べてみましたが、下記 YOUTUBE の射撃シーンが私の記憶にある正式なやり方のようです。

    ttps://www.youtube.com/watch?v=FaQHLjOcObI

    なお私の知人の大叔父が、箱型弾倉の後期型トミーガン(前方グリップ無し)とグリースガン両方の射撃経験があったそうで、「トミーガンは跳ね上がって暴れまわり、とても狙えるもんじゃなかった。」、「グリースガンは撃ちやすかった」そうです。
    タンジェント


  4. タンジェント様 情報ありがとうございます。

    youtubeを見たところ、窮屈そうな撃ち方ですが、銃身はあまりぶれておらず、結構、集弾率が高いように見受けられました。

    トミーガンとグリースガンの比較は大変興味深かったです。
    他の短機関銃の印象をご存知の方があれば、ご教示願います。
    PIAT



700 軍事用衛星の運用組織について教えてください。

・アメリカでは1985に宇宙軍が創設され統合運用されたそうですが、それまでの衛星は具体的にどのような組織が保有、運用していたのでしょうか。

・衛星を打ち上げ軌道に投入するまではNASAが担当していると思いますが、軌道投入後のメンテナンスや軌道変更の具体的な操作なども運用組織の指示のもとでNASAのステーションが行っているのでしょうか。それとも機密性の高い衛星については独自のステーションにおいて運用されているのでしょうか。

・ソ連・ロシアではNASAにあたる組織があったのでしょうか。黎明期はコロリョフのチームが開発運用を主導していましたが、人工衛星が実用的な存在となった後の種々の偵察衛星・海軍のレゲンダ・ポリウスなどの攻撃衛星はどのような組織が打ち上げ、軌道投入を担当していたのでしょうか。

・レゲンダはソ連海軍が運用していた衛星ですが、具体的な操作も全て海軍がステーションを創設し、海軍士官が指揮していたのでしょうか。

・ポリウスについてはどの組織が主導し、運用を予定したのでしょうか。

衛星兵器については全くの勉強不足であり、漠然とした質問になってしまい申し訳ありません。もし参考になる書籍等ございましたら教えていただけないでしょうか。
tea

誰か答えて下さい。

699 質問の追記です。
「考えられる理由」どころかズバリ理由をご存知でしたら、それは大歓迎です。
DDかず

  1. 管理人様
    誤って記載していしまいましたので、こちらは削除いただければ幸いです。
    DDかず



698 ミサイル防衛構成装備の調達価格についてお尋ねします。

1構成価格でTHAADよりもイージス・アショアが1〜2割程度低いのですが、考えられる理由をご教示いただきたく存じます。
要撃ステージが異なる両者を直接比較するのは適切ではないかもしれませんが、より高高度遠距離で敵弾頭を捕捉するイージス・アショアのほうが追跡・誘導システムやインターセプターにコストがかかるように思います。それともいまだ型式がないTHAADはあくまで開発中で、イージスBMDはすでに実用化され量産効果(といえるものかははなはだ疑問ですが)がでているということなのでしょうか。
DDかず

  1. 質問の追記です。
    「考えられる理由」どころかズバリ理由をご存知でしたら、それは大歓迎です。
    DDかず


  2. 考えられる理由ということなので、一つの考えとして。

    イージスアショアとTHAADで、一構成に配備されるレーダーとかランチャーの
    数が同じとは限らないのですよね。

    例えばパトリオットシステムの場合、一構成が1FU(レーダー1機、ランチャー4基くらい)を指すのか、1高射郡(複数FUを連携)を指すのかといった違いです。

    地上配備型のイージスシステム一式とVLS1基と付随する地上設備といったところで、完結すると思いますが、
    THAADの一構成って、レーダーとランチャーとFCS何機ずつでしょうか?

    taka


  3. >2
    回答ありがとうございます。
    >THAADの一構成って、レーダーとランチャーとFCS何機ずつでしょうか?
    存じません。
    報道しか情報源を持ち合わせませんが、国土防衛に必要数がイージス・アショアは2基、THAADは6基以上とのことで、双方単価が約800億円と約1000億円とのことですので、その超概算見積もりの「1基」がどのような構成か、ということになろうかと思います。
    DDかず



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