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ちょっと気になると夜も眠れない。 武器、装備全般 Ans.Q どうでも良いことなのに…、誰か助けて! |
| 1023 |
漢陽88式小銃はスピッツァー(尖頭)弾頭・ダブルベース無煙火薬のS弾薬(7.92o×57マウザー)を使用できましたか? 鍋島藩 |
ttps://ja.wikipedia.org/wiki/7.92x57mm%E3%83%A2%E3%83%BC%E3%82%BC%E3%83%AB%E5%BC%BE#/media/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:8x57.jpg
ただし弾道特性が違うので遠距離では照尺が合わず照準困難だと思います。
おうる
漢陽88式小銃はその名の通りドイツ帝国 Gew88のライセンス銃ですので、その専用弾薬は円頭弾7.92X57(I) (又は英呼称J) で、弾丸径は8.08 mmです。
後年(1905年)、弾丸を尖頭弾にし性能改良された7.92X57(IS) (又は英呼称JS)弾薬の弾丸径は8.20mmです。 つまり性能向上タイプの方が僅かに弾丸径が太いです。
よって旧式な細い口径のGew88系の銃に後年の太い尖頭弾7.92X57(IS)(JS)の使用はお薦めできません。 薬室圧=腔圧が高めになり、やや危険です。
よってアメリカのガンマニアがGew88系の銃を射撃したい場合は希少品ながら細口径7.92X57(I)弾薬を入手※1する、或いは細弾丸を自作するか、
口径寸法差には目をつぶり普通に入手可能な7.92X57(IS)(JS)の火薬を幾らか減らした減装弾薬・LightLoad(ライト・ロード)にして腔圧が上がらない様に対処して使用します。
WIKI 日本語版ではその点が記載されておりません。
※1.アメリカでは某社が7.92x57J (Commission 1888)という呼称で旧式Gew88系用弾薬として細々と製造販売しています。
以上です。
軌跡の発動機?誉
| 1022 |
戦車の主砲同軸機関銃とボールマウント式機関銃の違いって何なんでしょうか? T-28とNbFzは、主砲の横に機関銃がついていますが これは『ボールマウント式』であって、同軸機関銃とは呼ばれていません。 つまり、主砲のすぐ隣りに設置されているのが同軸で 主砲からやや離れた位置に設置されているのがボールマウント式 という解釈で正しいのでしょうか? 天手力男 |
元自
主砲と別に照準機構があり個別に操作可能がボールマウントです
ももんが
| 1021 |
stg44を開発することになったきっかけは何でしょうか? Google AIは「独ソ戦」メディアガンには「第一次世界大戦」と書かれています 鍋島藩 |
誰か答えて下さい。
| 1020 |
中国戦線で昭和16年6月11日、呂號作戦陸戦協力において、海軍の第十二航空隊の九五式水上偵察機8機が各機六番陸用爆弾2発と共に迫撃砲弾3発を急降下爆撃・投下高度五〇〇米?で使用しています。6月12日にも九五式水上偵察機4機が各機六番陸用爆弾2発と共に迫撃砲弾5発を使用しています。また、6月16日にも敵兵攻撃で九五式水上偵察機2機が各機六番陸用爆弾2発と共に迫撃砲弾5発を使用しています。その他の資料は見ていないのですが、迫撃砲弾を使用することが一般的に行われていたのでしょうか?どのように投下していたのでしょうか? リクト |
誰か答えて下さい。
| 1019 |
ワルサーGew43半自動小銃は作るのに何年もかかった上にSVT40を解析して漸く…って感じだったのになんでFG42のセミオート機能は直ぐに作れたのですか? 鍋島藩 |
まず前提としてGew43/騎兵型Kar43(両者合計生産約46万2千挺)の先行試作としてGew41(W・ワルサー), Gew41(M・モーゼル) があり、
これらはドイツ陸軍が鹵獲品ロシアSVT38,SVT40 に感化されて開発指示をしたもので、1941年にはGew41(W),(M)両銃は完成していました。
対し、FG42はドイツ空軍が自軍所属の空挺部隊用火器としてオリジナルを火急的に開発指示しました。(生産数約8000挺)
そして運用方法が違います。 陸軍の野戦小火器の主役は各分隊に1挺装備されたGPMG(MG34,MG42 等)であり、
歩兵とその小銃は補助役兼GPMG班の護衛、最後の突撃用ですので、歩兵小銃の自動化は優先度が低いものでした。
対し、空軍・空挺部隊は重火器携行は不可能。GPMGでも空挺兵とは別梱包投下になります=空挺兵がそれを地上で探し・入手・開梱するのに
タイムラグ有り、即応性に欠ける=クレタ島侵攻作戦での反省。
その欠点から空挺兵個々が初めから携行可能なフルオート/セミオート可能な火器(軽機関銃代用)のアイディアを思いつき、
火急的に1年以内の開発で完成しています。 しかし、敵地近接への強襲という性格から来る空挺部隊の損害の大きさに、
ドイツ空軍は空挺作戦に消極的となり時代を先行していたFG42も少量生産で終わりました。
以上 長文失礼しました。
軌跡の発動機?誉
鍋島藩
| 1018 |
1830年代後半、フランス人のカジミール・レファショーがショットシェルを発明したらしいですが発明当時ショットシェルの底に雷管は付いていましたか?(要するに後装式でしたか?) 鍋島藩 |
https://en.wikipedia.org/wiki/Pinfire_cartridge#/media/File:Pin_fire.PNG
薬莢から飛び出したピンの外観からカニ目打ち式とも呼ばれた形式です。
後装式かどうかというと、銃身が下方に蝶番で開き、銃尾が見える後装式銃です。
hush
この頃からピンファイア式あったんですね…と思ったらその父親でした
鍋島藩
| 1017 |
それぞれ単発銃と仮定して ボルトアクション式 中折れ式 トラップドア式 ローリングブロック式 フォーリングブロック式 どれが一番リロードが速いでしょうか? 鍋島藩 |
方式の違いよりも設計の出来不出来や個体ごとの銃の出来不出来の方が影響が大きく一概にこの方式が一番とか言えないのでは?
おうる
鍋島藩
| 1016 |
ウィンチェスターホッチキスと同じ、又は近い年代のボルトアクションライフルを教えてください 鍋島藩 |
ベッテルリM1870(1870年)
モーゼルM1871(1871年)
グラース銃(1874年)
村田銃(1880年)
マンリッヒャーM1886(1886年)
Gew88(1888年)
リー・メトフォード小銃(1888年)
シュミット・ルビンM1889(1889年)
おうる
鍋島藩
| 1015 |
第二次大戦中の日本軍において、夜襲では軽機や重擲はいつどの様に射撃を行うのでしょうか? 戦記などは攻めてくる敵を撃退する類はよく読むのですが…。 夜襲の最大目的は、敵の意表を突き、混乱の中で一気に壊滅させることにあるのであれば、発砲音や閃光は自隊の位置を露呈させるだけであり、積極的な射撃自体が敬遠されますでしょうか。 GM |
専門外ですので、そちらでお調べいただければと思っております。
hush
第210
「夜間攻撃に於いては企図を秘匿する為、特に警戒を厳にし、武装を堅確にし、音響を発せざるの処置を施し、突入の外号令を用いざるを可とす。又、一切の火光を敵に対し現に隠蔽し、装填を禁じ、且つ識別容易ならしむる為標識を為さしむると共に、兵に至る迄敵陣地突入後に於ける前進方向の認識を確実ならしむ」
第542
「機関銃は主として奪取せる陣地の確保に任ず。之が為、通常予備隊と共に行動せしむ
歩兵砲は通常天明後の戦闘、時として奪取せる陣地の確保等に任ず。之が為、予備隊と共に行動せしめ、或は一時残置し適時追及せしむ
所要に応じ、機関銃及び歩兵砲の一部をして照明機関等を射撃せしむ
攻撃の当初より砲兵協同の下に火器の威力を利用して攻撃を強行する場合に於いても、小銃及び軽機関銃の射撃は之を禁ず」
とあるので、軽機と重擲は完全に空気のようですが…。
GM
| 1014 |
火縄銃の撃つたびに火縄が地面に落下するタイプと落下しないタイプはどう違うのですか? 鍋島藩 |
おうる
鍋島藩
| 1013 |
火縄銃やゲベール銃の弾形弾は装填時にパッチが必要ですがミニエー銃の椎の実弾はパッチや紙を使わずに発射できますか? 鍋島藩 |
hush
鍋島藩
| 1012 |
戦闘工兵等が爆薬を爆発させる時に「発破ぁっ!」の様に号令をかけるのでしょうか? (『史上最大の作戦』では爆破時に何も言ってなかった様な気がしたので) 安井 賢一 |
文月
「点火用意!」→「点火!」で爆破ですか。
安井 賢一
| 1011 |
ベトナム戦争でM14が酷評されましたが よく考えたらAK47もフルオート連射しようものなら反動に耐えられず4キロとM14と同じくらいの重さで木製ストックなのにベトナム戦争中のAK47にそのような酷評を一回も聞いたことがないのは何故ですか? 鍋島藩 |
M14のフルオート発射速度は700-750rpm、AK-47は600rpm。
反動はだいぶ違うのではないでしょうか。
超音速
FMFALライフルは、英国軍ではセミオートのみ使用とか、G3ライフルでは7.62ミリNATO弾のガス圧が強力な為、標準的なガス圧式じゃなくローラー・ディレイド・ブローバック方式を採用していてフルオート時の反動も結構凄いとあります。64式はどうなんでしょう?(苦笑)
AK47は替えが無いと言うのもあるのでは?多少使い勝手が悪くても それしかないから使うみたいな。ソ連もM16が出てきたあとにAK74を出してるので、なにかしら不満があったと思います。
まさのり
(初期は日本軍の遺棄品や旧ドイツ軍、フランス製)
使っていたのですがノーメンテで泥にまみれようが
「撃ちたいときに出る武器」がAKだったからではと思います。
重さの点は当時使ってた他短機関銃や小銃はAKより重い物すらあったから。
反動の点は共産側はPPShを主力短機関銃で多用してましたが
それと比較すれば反動がマイルドだったAKだから悪評はないのは
納得できないでしょうか。
ももんが
https://ja.namu.wiki/w/%EB%B2%A0%ED%8A%B8%EB%82%A8%20%EC%A0%84%EC%9F%81/%EC%9E%A5%EB%B9%84#s-1.1.4
弾の出る物なら何でも使った共産側ですが
「連射もできて」「動作も確実」「射程も充分」「何より軽い(他比較時)」
となるなら自分の守護神に選ぶならAKになるのではと思います
自分もこの中から選ぶなら自分でもAK選びます。
ももんが
MP40
https://www.bing.com/videos/riverview/relatedvideo?q=MP40+%e5%b0%84%e6%92%83%e5%8f%8d%e5%8b%95&mid=1EC5A91A57B24F38088E1EC5A91A57B24F38088E&FORM=VIRE
PPsh
https://www.bing.com/videos/riverview/relatedvideo?q=ppsh41+%e5%b0%84%e6%92%83&&mid=7D74B195A8A609F33C997D74B195A8A609F33C99&&mmscn=stvo&FORM=VRDGAR
AK47
https://www.bing.com/videos/riverview/relatedvideo?q=AK47%20%E5%B0%84%E6%92%83&mid=7A5007128ECB64416E267A5007128ECB64416E26&ajaxhist=0
M14
https://www.bing.com/videos/riverview/relatedvideo?q=M14%20%E5%B0%84%E6%92%83&mid=B5B5361CF4E2CA0289C7B5B5361CF4E2CA0289C7&ajaxhist=0
M16(バージョン違うが弾は同じやろうな雑精神)
https://www.bing.com/videos/riverview/relatedvideo?q=M16%20%E5%B0%84%E6%92%83&mid=F59E2801B70CA5572D64F59E2801B70CA5572D64&ajaxhist=0
おまけ 火縄銃(笑)
https://www.bing.com/videos/riverview/relatedvideo?q=%20M16%20%E5%B0%84%E6%92%83&mid=231ECADA7A0E753E89B6231ECADA7A0E753E89B6&ajaxhist=0
比較してもらうとわかりますが、M16が一番反動強め、AKブレは弱め
ももんが
小銃シリーズをご覧ください、(その中には他小銃が混じります)
M16フルオートの銃口大暴れする動画があったのですが見つからない。。。
ももんが
M14ほどの反動じゃなかったのですね
鍋島藩
M14
https://www.bing.com/videos/riverview/relatedvideo?q=M14%E3%80%80%E3%83%95%E3%83%AB%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%88&mmscn=stvo&mid=BB025AF5351558AA79C9BB025AF5351558AA79C9&ajaxhist=0
AK47https://www.bing.com/videos/riverview/relatedvideo?q=AK47%E3%80%80%E3%83%95%E3%83%AB%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%88&mmscn=stvo&mid=FE7F4E367C0EF135F080FE7F4E367C0EF135F080&ajaxhist=0
ただM14も「狙撃銃」としては極めて優秀なのを気に入り
改良したM21(制度の良い個体をフルオート機能カット)を長いごと
使ってましたし、イラク戦争では退役した個体を再度狙撃銃で
復帰させそのまま今でも現役にしてるくらいには気に入ってますので
歩兵銃としては落第でしたが狙撃銃としては優秀な銃かと思います
ももんが
鍋島藩
| 1010 |
WW2でドイツや日本が作った人造石油って結局どういうものだったんですか? 石炭からガソリンを作っていたのは分かるんですが、灯油や軽油なども作れていたんですか? だとしたらその割合は? 収支(石炭〇トンあたりガソリン〇リットル)はどれくらいだったんですか? おうる |
「タール工業五十年史」
昭和26年12月30日発行 日本タール協會
この本には人造石油の工場や操業状況など当時わかっていた事が網羅されています。人造石油の定義には入りませんが、戦前から長く使われてきた、コークス製造、都市ガス製造における副生ベンゾールから作られた、モーターベンゾール、ソルベントなどの(航空機燃料、自動車ガソリンに使われた)、生産状況が詳しく書かれています。これらの取得率は使用石炭の1%程度のものでした。
下記の文章は昔、どこかに発表したものですが、転記してみます。
「本邦人造石油事業史概要」 −非売品−
昭和37年11月25日発行 本邦人造石油事業史編纂刊行会
のP227に「人造石油製品の品質」という章がある。
一部軍需を除いて、国内民需に供給された人造石油製品は、日本人造石油三池、滝川両工場の石油合成製品と、日産液体燃料若松、帝国燃料興業宇部、内幌、内淵、日鉄輪西等の低温乾溜製品であった。其の品質、使用状況は概ね次の通りであったが、何れも精製設備未完備の下で生産されたものであることと更に質より量の戦争下の要請に応えての製品であることから使用上の支障は少なくなかった。(以下石油共販株式会社増田五郎氏の報告を主として使用した。)
1.1 揮発油
(1) 合成揮発油
無色透明で外観は優良であるが、パラフィン系炭化水素を主体とするため対爆性低く、オクタン価は40以下のものが多かった。普通の運転には支障はないが坂路ではノッキングを起こすので天然揮発油かモーターベンゾールを適当量混合使用するを可とした。
(2) 低乾揮発油
低乾油特有の強い臭気があり、外観は淡黄色及淡褐色で透明ではあるが、時間がたつにつれ、色相が濃くなり、甚だしい時は黒褐色と化し、同時にゴム質を分離沈殿した。これには多量に不飽和炭化水素及び石炭酸等の酸性油を含むからであった。また硫黄分がおおいためにプラーグ及びピストン等に堆積物が附着し、しばしば機関を停止しなければならなかった。硫黄分の多いのは日産、宇部油化、宇部興産で0.5〜1.5%に達した。又未燃焼物が潤滑油をうすめるのでこれを取りかえる必要を生じ、車の手入れ修理に時間を空費することが多い状況であった。
1. 2 灯油
(1) 合成灯油
パラフィン系で硫黄分皆無の上、安定性、発煙状況良好なので理想的な灯油であり天然石油より良質であったが市販されなかった。
(2) 低乾灯油
不飽和分、芳香族炭化水素が多いため発煙甚だしく灯油としては不向きでもっぱら軽油、重油に混合して石油発動機用燃料として使用した。
1. 3 軽油
(1) 合成軽油
戦時は規格乙1号、2号、3号として戦車の高速度ヂーゼル機関用として、専ら軍需用となり一般に販売されなかったが、高セタン価を有し優秀なものであった。
(2)低乾軽油
規格甲1号、2号として市販されたが、酸性油分多く貯蔵中に重合又は縮合を起す欠点あり、殊に戦争末期には精製用の苛性ソーダの入手不能のため充分な精製が出来ず、次第に機関をいためることが多くなり、焼玉機関の外使用出来ない状態であった。日本油化工業が一時生産した高温タール分溜軽油は、プラグの汚損甚だしく天然軽油と混合して辛うじて使用された。又一時切削油として使用されたが、含有の酸性油が手先を荒し、皮膚に炎症を起すなど保健に問題が生じた。
1. 4 重油
(1) 合成重油
規格1号及び2号は市販されなかった。
(2) 低乾1号重油
酸性油及び凝固点で種々の障害があった。酸性油含有限度の規格は、25%以下であったが、一般に20%前後のものが多く出荷された。天然発火温度は酸性油の含有量に比例して上昇する性質を有した。天然一号重油と低乾製品とを比較してみると次の通りであった。
一般にセタン価低く、焼玉及びヂーゼル機関にも不良であった。燃焼性も酸性油5%を超える場合は悪く、焼玉機関の停止することがあるので、始動後直ちに荷重をかけることは困難で、始動にも天然重油の約倍の時間約(10分位)を要した。圧縮比を高め噴射時期を死点前5〜7度位に調節すれば良い結果を得たが、消費量は9500〜9700カロリーで「アフター・バーニング」等のため10〜30%多かった。機関の汚損はタール質を含有するため、天然石油に」比し多かった。タール酸による腐食性は予想より少なく、燃料ポンプのバルブが腐食する程度であった。鉄製バルブは酸性油に腐食されないので沈殿生成物が沈積するが、砲金製のものは腐食されるので、表目には沈積せず絶えず新しい表面を表していた。
人造石油重油の沈殿生成物は主として遊離炭素とタール酸の重合により生成した樹脂質の沈殿で貯蔵中にも発生した。又天然石油重油と混合した場合、分子量の小さいタール酸は沈殿物を生成せず、分子量増加に従い、重油中に溶解しなくなり沈殿物となった。これを加熱すると凝集及び沈殿を早めた。そのため使用中は機関を停止し、パイプ、ノズル、ピストン類、リング等を天然石油で清浄にして、始動に支障のないようにした。凝固点は15℃以下に規定されているが、石蝋分を多量に含むので冬期及び寒冷地では加熱しないと使用出来なかった。それで機関の始動には灯軽油で行い、重油タンクは廃気管を通して温め流動性となってから重油に切換えて使用した。粘度は低いので蠟分さえ溶解すれば流動性は充分であった。水分は分離悪く一般に多いが燃焼不良となる場合が多いので実用上出来るだけ分離する必要があった。硫黄分、残留炭素は天然石油に比較して少量であった。
(3) 低乾2号重油
酸性油分は50〜60%で、凝固点は規格になかった。従って常温では蠟分のため固化し、運転使用上種々不便が多かった。天然石油との混合は沈殿等を生じて失敗多く、加熱用に使用される場合にも熱源を要した
1. 6 低乾ピッチ
人石1号重油を製造する時生産されたが、原料のタール中には炭塵を多量に含むので、これより作られた「ピッチコークス」は電極には使用出来なかったが他の用途として天然石油よりのアスファルト、ピッチの逼迫下に代用として大いに使用された。
ここまで言われれば、低温乾溜から得られた液化油は水素添加しなければ到底使い物にならないことは誰でも分かる。其の当時でも当然理解していた。【水素添加に必要とする高圧反応塔は、国内では日本製鋼所室蘭工場と呉工廠でしか生産できなかったし】、開戦までは、素材を独逸や米国からも輸入していたのである。その他付帯設備も含め、水素添加を大々的に進めることは、日本の国力、技術力では到底無理なことだったのである。
(【】記述は明らかな間違いです。)
ほとんどの石油製品は製造が可能です。ただし、品質、収量の点で大きな問題を抱えた物も多いです。全体的に見れば使用石炭の数パーセントの取得率でしかありません。ナチス独逸と比べると、技術力、設備が圧倒的に劣っているので比べてみてもしょうがありません。
日本の頁岩油やドイツの人造石油について触れてもいいのですが、また、話が長くなるので止めましょう。(年寄りはクドイ)
リクト
もしよろしければ、こちらをどうぞ
https://www.fischer-tropsch.org/primary_documents/gvt_reports/USNAVY/USNTMJ%20Reports/USNTMJ-200L-0712-1078%20Report%20X-38%20N-7.pdf
リクト
ドイツの人造石油の価格が輸入石油の10倍に達することもあったとされているとはいえ年間云十万トンも生産していたので、使用石炭の1%だとはさすがに想像の外でした。
おうる
人造石油ではありません。
ナチスドイツでも、10%はいきません。そもそも平時には考えられない代物です。
リクト
まさのり
| 1009 |
映画「野火」などを見ると、戦闘に敗北した部隊は重火器を失って殆ど小銃だけの集まりになっている様に見えます。実態としても軽機関銃や重機関銃との分担比が崩れてしまうのはやむを得ないことなのでしょうか。 GM |
・実態その様になるかどうか
・小銃兵の戦力価値は機関銃が火力を分担することありきのものだと思うが、それら機関銃を欠いた小銃兵の戦力価値はどの程度低いのか
GM
重火器を失ったらその重火器部隊には小銃すら満足にありません。一応、個人防衛用に拳銃は装備しているぐらい。
>・実態その様になるかどうか
そりゃ重火器が失われて補充が受けられなきゃそうなるでしょう。
>・小銃兵の戦力価値は機関銃が火力を分担することありきのものだと思うが、それら機関銃を欠いた小銃兵の戦力価値はどの程度低いのか
装備が完全従属状態だったとしても補給が受けられないなら戦力としては期待できません。
当然、装備を失うほどの被害をうけたなら後退して再編と補給を受けるまでは戦力としては期待できないでしょう。そもそも軍の指揮統制下にあるのかどうかさえ怪しいのに戦力として評価の対象足り得ないのでは?
おうる
局地戦は陣取り合戦ですので相手に有利な場所を占拠されたら
(撃ちおろされるような場所、相手が視認できない場所から攻撃される等)
無線や伝令、現地指揮官判断で後方に引くというのは良くあると思います。
その際ネックなのが「支えられないほどの猛攻を受けた状況」で
重火器を一緒に撤収か否かという事だと思いますが
重機分隊は人員死傷が多くなれば物理的に運べませんので放棄
軽火砲等も後方に戻す余裕がなければ閉鎖器や照準器のみ破壊ないし投棄
軽機は味方の撤収援護で殿になるでしょうから状況によっては
やはり投棄して(撃針等抜き取って)後方に下がるというのは有と思います。
(その過程でやられて戻らない=喪失というのもあると思います)
余裕をもって陣地撤収なら重火器等の損失は「抑えることはできるが」
0にはできません(野戦陣地等に据え付けてるものは特に)
持っていける物、持っていけない物、再興を期して兵員収容を優先するか
重火器に拘って下がるタイミングを逃して莫大な兵力を失い孤立殲滅されるか(44年以降のドイツ軍の東部等)
状況によるとしか言えませんし、負ける側、下がる側というのは
最大限回収を試みるが、難しい場合は重火器は投棄する物だと思います。
訓練された兵は補充が利かないが兵器は本来は
いくらでも補充は出来るという建前(日本の場合はやや異なりますが)が
万国共通な気がします。
答えとしては
1.キスカ撤収やダンケルク等、小銃すら投棄するという事例があります
2.概ね1/3程度の火力になると思いますので陣地守備の貼り付けには
転用できるでしょうが攻勢に投入は指揮官が躊躇うレベルと思います
(反転攻勢が近々で逆襲開始まで時間が空いてない場合は除く)
ももんが
重火器の収容は課題ですね。そもそも大きな人的打撃を受けている状態では、できないというのを前提に考えるべきでしたね。
健在な兵士を集めて、重機関銃等は再支給で再編成するのが本来のスキームなのですね。「野火」を見ていて感じた不合理感の正体が言語化されました。
本来再編成されて火力と束ねて正規部隊として再起すべき兵が、烏合の衆として消費しまうことに対する引っ掛かりなんだと。
機関銃や歩兵砲などを補充用にプールした復帰専門の部隊を用意する等、ロバスト性の軍隊設計も重要ですね。
GM
たとえば兵力1000で戦闘により半分に減じるケースを想定すると
ロバスト性が無ければ1000名は一度の戦闘で重装備喪失に伴い500名の烏合化してしまうが、
ロバスト性が担保されていれば都度再編成して、初項1000、公比0.5の無限等比級数の和であり、延べ戦力としては2000に匹敵するということです。
GM
「修理中の物」「鹵獲した物」「たまたま近場が輸送中継点で積み込み待ち」
「別部隊向けに集積された物」「たまたま通りかかる別部隊(腰の大砲で)」
「近場が集積デポだった」
定数以外にも意外と転がってる物ですのでそこから捻出して
近々の空いた穴の帳尻を合わせるのがやはり各国努力してたと思います。
ももんが
さぁぷらす研究室 様
https://www2u.biglobe.ne.jp/~surplus/tokushu32.htm
日本軍の一つの方面、事例でいえば
・戦力の減った部隊は人員再編(重火器喪失状態でご質問の状況)
・残置装備や鹵獲品で再装備
・前線へ再投入
というまっとうな手順で戦力の回復を図り再投入されてます。
具体的な部隊の名称が確定できないのですが
フィリピン戦では戦車師団なども現地残置返納(定数外)の
89式戦車で再編したり、輸送途上海没した戦車隊が
別方面輸送の為?に台湾に残置されてた95式軽戦車で再編された戦車隊が
投入、余剰車載重機で軽機部隊を再編したり聞いたことがあると思います。
下がれば後方には
「前線に持ち切れず残置された装備」「返納で倉庫に眠ってる装備」
「鹵獲集積されたまとまった量の装備」
があった事例として紹介しておきます。
ももんが
たとえば兵力1000で戦闘により半分に減じるケースを想定すると
ロバスト性が無ければ1000名は一度の戦闘で重装備喪失に伴い500名の烏合化してしまうが、
ロバスト性が担保されていれば都度再編成して、初項1000、公比0.5の無限等比級数の和であり、延べ戦力としては2000に匹敵するということです。
GM
ももんが様、参考情報ありがとうございました。
おうる様もありがとうございました
GM