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723 ガソリンのオクタン価はエンジン馬力に直結する為、しばしば話題に
なっておりますが、ディーゼル燃料のセタン価は聞いたことが有りません。

これは、
1.セタン価はディーゼルエンジンの馬力にはあまり影響しない。
2.軍用ディーゼル燃料にはセタン価の指定がない。
3.セタン価がマイナーな為注視されていない。
どれなんでしょうか?


安井 賢一

  1. 強いて言うなら1かな?

    ガソリンエンジンの場合は、出力を高めようと圧縮比を上げたり過給圧を高めたりするとノッキングが発生しやすくなっていきます。エンジン出力向上の最大の障害がノッキングであり、それを解決するための重要な要素がオクタン価です。

    ですが、ディーゼルの場合は出力を高めようと圧縮比を上げたり過給圧を高めたりすると、逆にノッキングは発生しにくくなっていきます。セタン価の低い燃料を使ってディーゼルノックが発生する危険性が高まるのは、過給圧や圧縮比が低い場合なので、エンジン出力向上にとってセタン価はあまり影響しません。セタン価が一番影響するのは暖機運転等アイドリング中の安定性です。
    ディーゼルエンジンの性能を語るうえでセタン価がほとんど扱われないのは、そのためです。
    おうる


  2. 時代と国の指定がありませんのでコメント程度になりますが、現在の日本ではセタン価は押さえているようですね。

    海上自衛隊
    https://ssl.bsk-z.or.jp/kakusyu/pdf/24.6shutokukennkyuu.pdf

    海上保安庁
    http://www.kaiho.mlit.go.jp/04kanku/nyusatsu/shiyoumizuho11.pdf


    旧帝国海軍でも同様かと。
    以下、若干の文字化けがありますが3ページ目からのコピーです。
    http://www.hess.jp/Search/data/13-02-024.pdf
    ----------------------------- 
    海軍は最初シエール重油を石炭がわりに燃やしていたが、後にシエール油はセタン価が高いことが解り、重油を硫酸洗携してジーゼル油とし,潜水艦燃料として利用した。
    -----------------------------

    (硫酸で洗ったのは悪臭を除去するためです。日本海軍燃料史参照。)


    また日本海軍燃料史の1009ページから「頁岩油の性状及成分について」という記述があるのですが、頁岩油生産品品質例としてCetane価が「撫順重油51」「一号軽油52」「二号重油58」「特軽油77」とあり、1012ページ目にはシェール重油海軍規格の表として「第2号:セタン化38以上」の記載があります。(化は誤字かもしれませんが。)


    つまるところ、セタン価は規格で押さえられていると思います。

    以上、ご参考まで。

    太助



722 陸上自衛隊のミニミについて質問です。演習やイラク派遣時の写真や動画を見ると、
ミニミ用のマガジンポーチを持ってる人が居ないような…
陸上自衛隊のミニミ用のマガジンポーチを知ってる方がいらっしゃいましたら、メーカーなど詳細を教えて頂けませんでしょうか。
みかん段ボール

誰か答えて下さい。

721 37mm砲の37mmという半端な口径(ヤードポンド法でも1.457インチ)の起源・生まれた経緯を知りたいのですが
ttps://ja.wikipedia.org/wiki/QF_1%E3%83%9D%E3%83%B3%E3%83%89%E7%A0%B2
世界初の37mm砲はこの1ポンド砲ということで合ってるでしょうか?
また、そうだとした場合、37mmという口径が生まれた切っ掛けは
@炸裂弾を撃てる機関砲を新開発しようとしたが陸戦条約で400g未満の炸裂弾が禁止されていた
A400gは0.88ポンドなので新型機関砲には数字を丸めてキリのいい正1ポンド砲弾を新開発して使う事にした
B口径についてあまり考えずに重さを1ポンドにすることにのみ注意して砲弾を開発した
C出来上がった「重量が1ポンドの砲弾」がたまたま37mmだった
ということで合っていますでしょうか?
そして、47mm砲・57mm砲も同じような経緯で、3ポンド・6ポンドの砲弾を作ろうとしたら
たまたまそういう口径になったから口径の数字が半端なのを気にせずそのまま採用したということでしょうか?

もう一つ質問なのですが、アメリカやドイツの火砲は「○インチ砲」「○○cm砲」のように
口径を丸めた数字にすることを優先している一方
イギリスの火砲、特に陸軍火砲は砲弾の重量の数字を丸める方を優先する傾向があるように感じます
口径の数字を丸めること、砲弾重量の数字を丸めることはそれぞれどんなメリットがあるのでしょうか?
Ikhatovisch

  1. 37mm砲は、1.5ポンド砲と呼ばれていたと記憶しています。
    1ポンド砲は、口径35mmだったと思いますよ。
    2ポンド砲は、40mmで4ポンド砲が、47mmです。
    青江


  2. 過去ログ
    http://www.warbirds.jp/ansq/4/D2000556.html
    超音速


  3. 1870年代にオチキス(Hotchkiss)37ミリ5砲身ガトリング砲というものが作られました。
    ttps://en.wikipedia.org/wiki/Hotchkiss_gun
    37ミリ砲の発祥はこの年代あたりからだと思います。
    超音速


  4. 19世紀までのフランスも、砲弾の重さ由来の○○ポンド砲という呼称で大砲を作っていて口径はメートルでもインチでも半端です。ただしフレンチポンド(livre)=1.079英ポンドです。
    なので、37ミリ・47ミリ・57ミリ砲も各々まず1ポンド・3ポンド・6ポンド砲として開発されたのです。
    上記のオチキス37ミリ5砲身ガトリング砲(当時はRevolving Cannonと呼ばれた)は1868年サンクトペテルブルグ宣言に従って1ポンド砲として作られたのは間違いないです。
    なので、ノルデンフェルト1インチ機砲の半ポンド砲弾は実質弾となっています。日本にも導入されましたが、条約を批准してない日本では炸裂弾も使われたそうです。

    >口径の数字を丸めること、砲弾重量の数字を丸めることはそれぞれどんなメリットがあるのでしょうか?
    私見なのですが、
    徹甲弾の貫通力・榴弾の威力半径というものは口径に比例します。口径の数字で呼称すると大砲の威力を直感的にイメージできる。
    いっぽう砲弾重量は大砲の重さそのものにつながります。装填や移動が人力の大砲の砲員や段列に関わる将兵は自らの負担に直感的にイメージできる。
    こういうことだと思います。

    超音速


  5. 1.の青江さんの回答の37ミリ1.5ポンド砲というのはこちらだと思います。
    ttp://www.navweaps.com/Weapons/WNBR_1-5pounder_m1.php
    40ミリ2ポンド砲がこれで、
    ttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%8A%E3%83%B3%E3%82%B9_QF_2%E3%83%9D%E3%83%B3%E3%83%89%E7%A0%B2
    47ミリ4ポンド砲というのはこれかな?
    ttps://en.wikipedia.org/wiki/47_mm_APX_anti-tank_gun
    超音速



720 日本海軍が真珠湾攻撃に際して、浅海面用に調底深度の浅い特別な航空魚雷を開発・使用したことは有名ですが、英海軍がタラント軍港を奇襲する際の記事にはそのような逸話を見聞したことがありません。これは、

1)英海軍の航空魚雷の調底深度が元々浅かった(浅く設定することが可能だった)。

2)タラント軍港の停泊地の水深が真珠湾のそれより深かった。

のいずれかでしょうか?それとも上記以外の理由が何かあったのでしょうか?
識者の皆様どうか教えてください。
備後ピート

  1. 3)雷撃をソードフィッシュで行ったので97艦攻より水面に近い位置から低速で落とせたから、を忘れてます
    にも。


  2. 例によって世傑ソードフィッシュから
    「真珠湾泊地の水深は45フィート、タラント外港の水深は50フィート前後とされるが、タラント攻撃で使用した18in.Mk.XIIにどんな仕掛けをしたのかは不明だ。手元のイラストリアス艦長の報告では魚雷の設定を、27ノット、33フィート、走行距離(safety range)300ヤードとしか書かれていない。」
    超音速


  3. 浅海での雷撃で問題になるのは調定深度では無く空中から水中に落着する瞬間の沈下なので、
    ですから真珠湾攻撃用の航空魚雷に付けられた物はその一時的な沈下を抑える為の横鰭でした。
    調定深度そのものは寧ろ水底に刺さらない範囲で深い方が望ましい筈、小艦の底を通過させる事で大艦を選択的に狙えます。
    にも。



719 日本軍の九○式鉄帽の生産数を知りたいのですが、教えて下さい。
パンジャンドラム

  1. 鉄帽は被服ですので、統計を見た覚えが.....
    poran



718 ZB26とブレンガンの射撃精度の差について質問です。
ブレンガンは「射撃精度高過ぎて制圧射撃に使えない」などと評されるほどの精度を発揮した一方、ZB26は「命中精度不良」(C01001850200 13枚目)ときっぱり日本軍に言われています。射撃の度にガッシャンガッシャンとパンマガジンの振動に射手が襲われるルイス軽機を使ってた英軍と、精密ではないにせよ6.5mmの弱装弾の弱い反動を10kg近い重量で押さえ込めた十一年式を使ってた日本軍との違い、と言えばそれまでですが、ブレンガンが本家を上回る射撃精度を持っていたのでしょうか
ブレンガンの方がバレルが12センチほど長く、重量も軽量なZB26に比べて1kg以上重く(短銃身型のmk4は同じぐらい)ですよね
銃が長く重い事で大きなモーメントを有するブレンの方がやはり高いのですか?(この理屈で言えば必要な20インチにも満たないほど銃身が短い九九式は悪いか?となりますが九九式の半数必中界についても聞きたいです)

パンジャンドラム

  1. 失礼しました。九九式の銃身長は550mmでした…。施綴長が493mmと取扱上参考にありますので薬室抜きでの長さは20インチに満たない、です。
    パンジャンドラム



717 サブマシンガンの訳語としての「短機関銃」という用語は何時頃誰が使い始めたのでしょうか?
戦前の陸海軍の用語では自動短銃、機関短銃、自動拳銃を使っていたようです。
自衛隊が装備したミネベア製短機関銃は「9mm機関けん銃」ですし。
けい

  1. トミーガンのウィキペディアフリー百科辞典にて、
    『敗戦後の1950年に発足した警察予備隊に対しては、米国からM3グリースガンと並んで供与され、”サブマシンガン”の訳語として「短機関銃」という言葉が作られ「11.4mm短機関銃M1」として制式化された。』
    デスコン



716 日本海軍の5インチ50口径の防弾と40口径の高角砲の防弾の弾体は、同じものなのでしょうか?
重量は、同じ23Kgですし生産からすると同じ方が合理的な様にも思えます。
実際は、如何でしょうか?
青江

  1. 砲弾の長さも同じのようです。
    デスコン


  2. 英語のサイトなのですが、両者とも使用した砲弾にCommon Type 3 ISがあり、大きさ重さも同じでした。
    デスコン



715 日本軍の機関銃の薬室傾始変更後の各種機関銃の生産数を考察したいのですが、何方か教えて下さい。
日本軍の機関銃は1939年7月に薬室のテーパーをZB26に倣って変更した事で、薬莢の薬室への張り付き・千切れ・突っ込みなどを減らす事に成功しております。今まで信頼性が低かったのは主に薬室の形が悪かったんです。
そこで、十一年式軽機関銃、九六式軽機関銃、九二式重機関銃、九七式車載重機関銃のそれぞれの1939年以降の生産数を教えて下さい。
信頼性の改善された機関銃の生産数を知りたいです。
パンジャンドラム

  1. 1939/1940は資料無し
    1941
    十一年式軽機関銃 0
    九六式軽機関銃  3000
    九二式重機関銃    2500
    九七式車載重機関銃  1000 
    1942
    九六式軽機関銃  1000 7月迄
    九二式重機関銃    10000
    九七式車載重機関銃  436
    1943
    九二式重機関銃    10000
    九七式車載重機関銃  246
    1944
    九二式重機関銃    2708
    1945
    九二式重機関銃    859
    poran


  2. 上記は終戦後の統計ですが初期の頃が小倉と名古屋の記録と違っているので...
    小倉陸軍造兵廠 1939 
    十一年式軽機関銃   2400
    九六式軽機関銃    1800
    九二式重機関銃    4000
    九七式車載重機関銃  1800 

    1940
    十一年式軽機関銃   2000
    九六式軽機関銃    2000
    九二式重機関銃    4000
    九七式車載重機関銃  1600 

    1941
    十一年式軽機関銃   1500
    九六式軽機関銃    3600
    九二式重機関銃    5000
     
    名古屋陸軍造兵廠 1939
    九七式車載重機関銃  1000 

    ※1 1944年から自動火器の生産が急落するのは「航空協力」で地上火器の生産施設を航空機関銃
       に変換したからです。
    ※2 十一年式の薬室変更は38年の9月22日に改正図が交布されている様です。
      十一年式の(96式も)問題は嵌合部品の偏心公差設定が出来なかった事でしょう。
      熟練者の鑢仕上げに頼った製造法では何処が悪いのか判断出来なかったのです。
      これが修正されるのは九九式になってからです。
    poran


  3. 返信遅れて申し訳ありません。工廠が分散しているのですかね。やけに値が小さいので。
    むしろ1938年以前の実績を総生産数から引く方が早いと思いましたが、1938年以前の実績はどうなっていますか?
    パンジャンドラム


  4. 日立や中央工業の民間生産分もありますし、おそらく一番目のデータは工廠の、それも一部の最も過小な記録だと思います。
    一般に伝えられる総生産実績の合算表でも見つかればいいのですが…。
    パンジャンドラム


  5. 昭和15年度の生産数
    軽機 11600  11年式及び96式
    重機 4580   92式及び97式

    昭和12年10月〜16年3月累計
    軽機 27001
    92重機 10444
    97車載 3391

    南部/日立等の協力工場分は造兵廠の合計に含まれる筈です。

    昭和18年度の兵器所要数調査
    99軽機  所要数20000  生産予想11000止まり
    92重機     3000       5000

    昭和19年度生産計画と見通し (航空協力のためこの後激減する)   
    99軽機     16750       13000
    92重機     3000        3000

    poran



714 大砲の砲身の、銃弾や弾片に対する強度について質問します。
戦車や装甲軍艦の砲身の大部分は装甲の外に露出しているわけですが、当然ながら砲身に銃弾や弾片が当たる可能性が有り、実際に当たっていたと思います。どの程度までならば問題なく使用できたのでしょうか? 内側からの力には頑丈なのは分かるのですが。
砲塔から飛び出した復座駐退機や、一部の装甲車の機関銃などは装甲でカバーされていますし、激烈な砲撃を受ける要塞砲では、砲身全体を砲塔内部に収容したり、露出した砲身を装甲でカバーした物も有ります。“非装甲の砲身部”という“防御力の不均衡”について、どの程度の割り切りがなされているのでしょうか?
特に戦車の場合、至近距離からの機銃掃射などを受ける機会も多いと思います。少々の機銃弾などで主砲が使用不可になるのであれば、まともに戦闘できずに砲身を交換してばかりになると思いますので、それなりの対弾性は有るのだろうと想像するのですが。
きっど

  1.  フェルディナントやパンターに対するソ連軍作成のマニュアルによると、「対戦車銃以上の火器で砲を狙え」となっています(『クルスクのパンター』・『重突撃砲フェルディナント』)。それでも砲口付近でも数cmの厚さがあるので、小口径の機関銃では無力に近いと思います。

    5cmKwK38と8.8cmKwK36の断面図
    http://www.warbirds.jp/kunimoto/german/5cm0007.JPG
    http://i62.tinypic.com/4v1v9c.jpg
    バツ



713 日本軍の軍刀について質問です。
九五式軍刀や九八式軍刀に代表されるように日本陸軍では下士官、士官など指揮官階級においては軍刀を必ず装備するよう指導されておりますが、
まさか実戦において敵兵を斬りつける為に装備してるわけではなく、指揮を行う際使う、というものだったと聞きました。

そこで私は思ったのですが、ただ軍刀をブンブン振り回すだけではなく、手旗信号のように決まった軍刀の振り方で合図があったのでしょうか?
みかん段ボール

  1. 実戦において敵兵に斬りつける為です。
    poran


  2. 下記、興味深いですよ。

    ttp://ohmura-study.net/101.html
    暇人


  3.  何かの本で読んだんですが軍刀の切先を地面に刺し柄頭に拳銃を持ちつつ撃つと命中することが格段に増えたと書いてありました。

     軍刀を銃架の代わりにしたようです。
    板野ファン



712 小銃と銃身の管理についてですが、平時の場合で小銃は、個人で管理するのではなく部隊で管理するものでよろしい?例えば銃にナンバリングがしてあり、使用したら、発砲履歴や清掃履歴、交換履歴を記入するみたいな感じですが?
あと銃身の交換頻度は何発目安何でしょうか?その場合空砲は1発にカウントされるのでしょうか?
それと銃身清掃は、使用毎でしょうか?
これは余談ですが、後輩が使用した後先輩が使用し手入れが甘い❗ということで、制裁されるということが、結構有りそうですが

まさのり

  1.  どの国の、いつの小銃かが書かれていないので、回答がつかないのではないのではないかと思っております。また、御質問の主旨がよく分からない部分もありますが、とりあえず、旧日本陸軍の38式歩兵銃で考えてみます。
     この銃は、製造番号が菊紋とともに刻印されており、その番号をもとに1挺ごとに台帳が作られているはずです。そして、兵士に貸与され、その兵士の責任で管理されます。したがって、他人が使うというのは想定しにくいのですが、手入れが甘いということで制裁の対象になるというのは、日常茶飯事であったようです。というのは、各銃の台帳には、どこにどのような傷がついており、それは、いつ、誰がつけたか記録されていたからです。したがって、新しい傷がついた場合は、制裁されます。
     銃身の交換頻度について調べてみましたが、よく分かりません。ただ、大抵の小銃の銃身命数は数千発と書いてありましたので、単発式の同銃の場合、ライフルが摩耗してしまうほどとなるとかなりの長年月が必要でしょう。
     銃身清掃は必要です。火薬に含まれる硝酸成分は銃身を錆びさせるからです。
     
     銃器類はよく分かりませんし、もしも、御質問が自衛隊や他国を想定されている場合は、もっと分かりません。また、こちらも戦記や亡父から聞いた話を基にしている部分があり、平時ではありませんので、思い切り勘違いしている部分もあろうかと思いますが、その場合は御寛恕ください。
     
    hush


  2.  英語でググれば多分出てくる話でも、ググるキーワードがわからないことってありますよね。この場合は「Barrel life」のようです。民間でM16(AR-15)を撃っている人たちが掲示板で話し合っているところでは、「55 grain ammo(.223レミントン)を撃っていて、模範的な手入れをしていれば6000〜7000発までは照準のブレを感じない。運が良ければ10000発。もっと重い弾を使っていたら3000〜5000発。モリブデン・コーティング弾だともっと銃身は長寿命」だそうです。いっぽう正確さを競うBenchrest shootingをやっている人は、700〜800発で銃身交換するのが普通だそうです。
    http://m14forum.com/m16-ar15/71803-barrel-life-standard-ar-15-a.html
    http://precisionrifleblog.com/2012/07/09/practical-tips-to-extend-barrel-life/

     旧日本軍の99式小銃、自衛隊の64式小銃は銃身内がクロムメッキされていて、類似の銃に比べて寿命は長かったと言われます。
    マイソフ


  3. 旧軍では小銃の銃身交換はしません。
    横弾が出るようになったら「廃銃」として新しい銃と交換になります。
    poran


  4.  フォロー多謝。
     そういえば、上官の銃を磨きすぎてクロム・メッキが剥げてしまったという話がありました。
     
    hush



  5. JACAR C01001115700「兵器調弁の件」では、十一年式軽機関銃の廃銃身から空砲銃身を生産する指示が出ています。おそらく訓練用に、空砲専用の銃身を作ることは実際に行われていたわけですね。

     またJACAR C02031428800「討伐出動部隊兵器弾薬復旧費予算書」には、台湾歩兵第1連隊などが全小銃について8発ずつ射撃試験を行い、30〜32%の廃銃が出ることを見込んだ銃の新調予算、弾薬予算などが記されています。このころ台湾北部のタイヤル人を圧迫して武器を取り上げ、抵抗を排除する作戦が何度か行われており、それによる損耗の大きさを射撃試験に先立って見積もったと思われます。
    マイソフ



711 なぜ日本軍は四一式山砲を切らなかったのでしょうか。
九四式山砲とカタログスペックで比較すると砲列砲車重量も砲身重量も大差なく、かつ九四式の方が砲身が一割強長いですよね。初速は352→392m/sにアップしてます。
つまり旧式の四一式は下位互換っちゅう事です。
方向・俯仰旋回角も狭い狭い。
ま、歩兵連隊砲としては精度が高すぎ歩兵の手に余ると聞いた事がありますが…
ですが、大は小を兼ねます、精度や射程、射界はあるに越した事は無く…
果たして1935年秋にもなって九四式の生産を食ってまで四一式の生産ラインを再開させる必要があったのかと…

九九式七糎半戦車砲も四一式山砲ベースに自緊砲にしたり砲身を延長したり、閉鎖方式を九四式山砲と同じスタイルにしたり液気式駐退復座機にしたりと一見すると迂遠とも取れるやり方を取ったのも謎です。
スタートを九四式から始めていれば辿った改良がかなり被ってた筈だとしか思えません。



パンジャンドラム

  1. 過去ログです。切るに切れなかったみたいに感じますね。
    http://www.warbirds.jp/ansq/4/D2000133.html
    暇人


  2. 兵器の絶対量の不足とは関係なく、既に「上位互換」が存在するのにわざわざ旧式砲の生産を再開させた意味が分からないんです。
    四式戦闘機が足らないからと言って九七式戦闘機の生産を復活させない様に。
    単に生産ラインを復活させる四一式山砲の分だけ九四式の生産力に回せばいいだけの事では、と
    再生産分と既存のお下がりで四一式山砲での混成を狙ったのでしょうか?
    日本軍は火砲の統一にはさほど拘っていない様ですが。

    パンジャンドラム


  3. 生産ラインを変えると初めの内生産量が落ち込むのではないでしょうか。
    暇人


  4. 1935年秋の時点で四一式山砲は一度閉じかけた生産ラインを拡張しています。
    同時期の九四式山砲の生産ライン拡張に回しても同じでは。

    パンジャンドラム


  5. 四一式山砲用の砲弾が余っていたのではないでしょうか?根拠はありませんが。
    デスコン


  6. 砲弾は共通では?
    九四式が想定していない、九X式シリーズ以前の古い砲弾が残っていたとしても、日本軍は十加の砲弾すら十五榴で飛ばす集団ですし、弾帯の交換で何とでもなる筈です。
    パンジャンドラム


  7. 当時の陸軍の軍政官僚の組織原理から「九四式山砲と互換性のある砲の開発生産を民間企業から募る」は排除され、
    四一式山砲の生産設備を再稼働させる事だけが軍政官僚の組織原理に叶いつつ定数を満たす手段だったのでしょう。
    抑この時期の四一式山砲は最初から歩兵連隊の歩兵砲に供する事を目的として生産されており
    連隊歩兵砲を砲兵と同じ九四式山砲にせず四一式山砲にした事には砲兵のセクショナリズムも関ってる蓋然性が高い。
    にも。


  8. これは、四一式を歩兵砲として採用すると決定した。ただこれに尽きるかも知れませんね。
    四一式を考えると。

    満州事変勃発 1931 歩兵砲として使用した結果、当然の如くそれまでの歩兵砲より良いという評価。1932満州国建国。1933国連脱退。それまでの状況から軍備の拡充はしたいところ。必要になったからといって勝手にすぐに生産とは行きません。満州事変後に歩兵砲として採用する事に決定し、予算を計上し承認されて生産されたのでしょう。満州事変時の歩兵連隊には装備済みです。で有れば装備の統一性やら取り扱いの教育等では同一機材を装備した方がスムーズに行くと思います。で、1935 歩兵砲への小改造をし生産。 1936ほぼ、歩兵連隊に配布。

    で、一方の九四式です。1935 水戸で実用評価試験。で、制式化。ここまでの生産数は試製4門その他2問。こういった状況です。九四式にしていたら、歩兵砲の更新が更に遅れたでしょう。
    暇人


  9. 既存の山砲を小改造で済ませ歩兵砲として連隊に配布するならば、既存の山砲兵連隊から四一式山砲を取り上げてしまわねばなりませんか?
    師団砲兵がゼロになる師団もあれば独立山砲兵のいくつかも消滅するでしょう。
    トータルで見れば日本軍が身内で火砲をやり取りしあってるだけで何の火力増強にもならない気がしますが、連隊砲の定数は純増ではないのでしょうか。
    私は35〜36年に一度閉じていた生産ラインを復活させ一気に量産し配備した、まさに「生産再開」だと思っていましたが。

    この時点での話ならギリギリ、今で言う「陸自にカールM4」的な後出しジャンケンではなく「兵科間の情報共有が不十分だった為に新型山砲への認知が不十分だった」と取れる範囲に見えます。
    九四式の生産が始められるのは四一式山砲(歩兵砲)と同じ1935年秋頃ですし。
    この連隊砲という一大調達計画は大きな力が働いて、相当な生産ライン拡充のリソースも本気度もあったと考えています。




    パンジャンドラム


  10. >>これは、四一式を歩兵砲として採用すると決定した。ただこれに尽きるかも知れませんね。

    私も、そう思えます。
    四一式「ありき」に見えてしょうがありません。

    むしろそれ以外の理由がまるで「ただのフォロー」にしか感じられないほどに、強烈な印象を与えられます。

    実際はそうでもないのでしょうが「教練が」「制式前の新鋭火砲だから」とかは、正論であっても「後付け」に見えます。
    まず四一式を採用という事が決まってから、後から付いてきた様な、そんな気がします。

    日本軍内部での結束の強さ次第で、砲兵と同時期に、いやむしろ砲兵より早く九四式山砲を連隊が手にする世界線があったかもしれないです。
    連隊砲追加という編成上大きなテコ入れがあり相当の予算が動いた歩兵科に対しての山砲兵の当時の現状を考えれば…

    パンジャンドラム


  11. 餅は餅屋と云うか、同級品ならより高性能なものを本来運用する兵科に持たせるのが普通は合理的だと思います。
    四一式の九四式に対する数少ない利点として「構造が単純で扱いやすい」があるのではないでしょうか、
    私も四一式の新造は愚かだと思います、新型山砲は先ず砲兵隊が受領し
    連隊砲に転用する砲兵の山砲は砲兵隊のお下がりを原則とすべしと考えるからです。
    にも。


  12. 御質問の様なことは、緊急性、予算との兼ね合い等でどの分野でも、何時の時代でも、どこの国でもなされています。
    現代でも、次期戦闘機としてF35が生産がされていますが、同時に1機何十億もかけてF15の近代化もなされています。なお、F104の場合にも近代化が検討されたが(青木氏)、F4の導入時期を早めた様です。
     結局、あの当時の我国の工業力では、時期を満たしつつ十分な数の94式を製造できなかったということです。
    UK


  13. 11.>四一式が実際に九四式より扱いやすいかは兎も角、扱いのノウハウの溜めがあった、特に応召された兵の中から扱い慣れた者を見つけやすかった事は、想像が付きます。
    にも。


  14. 四一式とは、果たして歩兵科が最良とし求めた砲だったのでしょうか?それ以前の歩兵砲やら九二式等を見ているとそれらはまるで玩具の様です。歩兵科は、携行?し易い砲が欲しかったのでは無いでしょうか?勿論、威力を無視は出来ませんが。
    九二式以降も重歩兵砲の開発は続けていたとの情報も見ます。取り敢えず四一式だったのでは無いでしょうか?

    後、7でも述べられていますが、やはり九四式を最初に受領するのは砲兵科だと思います。
    例えば四一式ありきの理由としてこんなのはどうでしょう?
    四一式はもう生産止めるの?歩兵砲に使ったら良かったんだよね。新型の山砲を開発中なの?じゃぁ、新型を量産するまでに歩兵砲として作らせてよ。

    後は両者の価格差やら工数差が気になる所でちょこっと調べていましたが情報が出てきませんでした。
    暇人


  15. 昭和20年2月の価格は以下の通りです。
    41式山砲(歩兵用) 11000円  
    94式山砲 13500円 

    poran


  16. >15
    有難う御座います。やはり、ちょっと差が出ますね。
    暇人


  17. 皆さんありがとうございます。
    四一式は暫定的なものだったが試製九七式歩兵連隊砲が駄作入りした為に継続されていた様ですね。
    大隊砲の様に開脚式で射界&仰角があるのは同じでも、更に「軽量さ」を求めていた様ですね。
    なので九四式も(そして四一式)も重量過大で操砲人員・馬も食われるのが不満だったのでしょう。
    連隊砲の理想はどこにあったのかと言われれば結局重迫に辿り着いてしまいますね。

    パンジャンドラム


  18. 便乗で質問します。
    試製九七式歩兵連隊砲はバネ復座式で開発されてます、四一式連隊砲などのように歩兵連隊に広く浅く?配布装備する場合、砲兵連隊に空気圧搾機などを装備す場合と違い前線に広く分散した歩兵砲連隊砲に圧搾機をあてがうのが隘路となったのかな?とか想像してます。まあ速射砲は空気複座式なので違うのかもしれませんが。このへんどうなんでしょうか?
    my



710 一式四十七粍速射砲についてですが榴弾の加害半径について知ってる方いませんか?
ぽん助

  1. 榴弾の威力範囲、危害範囲 等で検索すると、御質問にずばりではないかも知れませんが、種々のデータ、測定値、図表等がヒットします。
    なお、「加害範囲」も意味が不明確です。
    UK


  2. https://www.google.co.jp/search?client=firefox-b&dcr=0&q=%E5%8A%A0%E5%AE%B3%E5%8D%8A%E5%BE%84%E3%81%A8%E3%81%AF&spell=1&sa=X&ved=0ahUKEwiDhrKAsc_WAhVEmZQKHRwjARkQvwUIIygA&biw=1062&bih=532

    加害半径を知恵袋では有りませんがgoogleで検索するとこんな感じになりますね。
    暇人


  3. >>2
    威力半径もしくは殺傷範囲について、と言うべきでしたね。

    となると37mmが7m、57mmが16mとなるとだいたい8m〜15mの間ですかね
    ぽん助


  4. 威力範囲やら危害半径でしょうかね。

    1でも紹介されているグラフやら他でも見ると14mとか出てきますね。
    暇人


  5. 面白い事に鹵獲したソ連の45o砲と日本の57o砲の溜弾の威力を比較したところ、殆ど変わらなかった様です。
    暇人


  6. >>5
    それは聞いたことありますが、確かあれは試験において機銃陣地に対して試射した際、直撃させた場合ではありませんでしたか?
    同じレポートでは有効範囲では45mmは57mmに劣るとも記録されてるはずです

    ぽん助


  7. >6
    自分はそこまでの資料は見ていません。風向きで威力も変わるとかの物までは見ました。
    暇人


  8. アジ歴「押収四十五粍・九〇式五糎七戦車砲比較榴弾射撃研究記事」(C01004696500)によると
    判定としては押収四十五粍砲の榴弾効力は九〇式五糎七と比較して「特ニ大ナル遜色ナキヲ以テ榴弾効力の見地ヨリ戦車砲トシテ忍ビ得ルモノトス」ということになっています。

    但し、この時試験に供された榴弾は弾重2.15kg、初速330m/sで、かなり大きな(長い)弾です。
    一式機動四十七粍砲、及び一式四十七粍戦車砲砲弾としてこのような長榴弾が使用されていなければ、当然ながら効力は低下するものと思われます。
    横から失礼します



709 モーゼルC96には多数のコピー製品があると聞きますが、一方で拳銃
そのものの構造はとても複雑に見えます。

20世紀前半に自動拳銃のコピー生産を試みるとすればコピー候補として他に
コルトやルガーも存在していますが、技術力やコスト面で考えた場合、それら
と比較してC96は「より簡単にコピーできる」のでしょうか?

17式

  1.  C96が「より簡単にコピーできる」かどうかは存じませんが、ルガーP08のほうが難しいという印象があります。しかし、C96が大量にコピーされたのは、管見の限りでは、全然別の事情であるように思われます。
     というのは1919年に中国に対する武器輸出が禁止されており、その対象から外れていたものの中で、もっとも威力があったのがC96だと思われるからです。つまり、多弾数、弾速の速さ、そして銃床をつけると200mもの有効射程があったことから、カービン銃の代用品として使用されたと考えられるからです。
     その上、自動拳銃には珍しく、銃把は、弾倉がないため、大型拳銃の割には比較的小振りです。中国人は、華北のほうは大きな人が多いですが、華南は小柄です。日本人もそうですが、当然、掌も小さく、通常の自動拳銃は使いづらかったようです。
     したがって、中国におけるC96の人気は絶大で30万挺もがドイツから輸入されます。これに目をつけたかどうかは存じませんが、スペインでコピーされたものも輸入されます。これが1927年のことですが、中国は、その前年にドイツ人顧問を招いて小火器の生産を行っており、28年にはトミー・ガンと銃弾を共用できる17式が完成しています。
     C96のコピーが多いと言っても、ほとんどがスペインと中国であり、それは中国における人気の高さに由来するものではないかと思っております。
     もっとも、専門外の領域ですので、ほとんどWikipediaの記述を基に書いております。したがいまして、間違っていたらごめんなさい。
     
    hush


  2. >hush様
    ご回答ありがとうございます。Wikipediaの記述は私も読んだのですが、中国事情でいうと当時ドイツは小銃から機関銃まで援助しているようなので、C96はそんなに火力として重宝されたのか、というのが疑問のきっかけでした。

    そこから単に拳銃として考えると、中国やスペインという同分野であまり聞かない国がコピーして独自の改造までしているため実は製造しやすい銃なのか、と。
    特にそういう事実がないのであれば、やはりご指摘通り性能や運用面での人気からと見た方が自然かも知れません。
    17式


  3. 純然たる「製造しやすさ」だけで判断するなら、
    薬室の閉鎖を遊底のバネと質量だけで行うが故に製造公差に自動銃の水準を必ずしも必要とせず
    手動銃の水準で十分動作する物が量産できる単純ブローバック方式の銃に如く在りません。
    現にルーデンドルフのWW1ドイツ軍はC96系の銃ではなくベルグマンMP18を採用しました。

    (当時の中国語圏・スベイン語圏で特に頻発していた)
    低強度紛争に対峙する使用者にとって、重さが当時の一般的な小銃と余り変わらず、
    長さは小銃より短いが、それでも拳銃よりは圧倒的に嵩張る単純ブローバックのサブマシンガンより
    高級な生産財を使い高価であっても、長さも重さも小銃と拳銃の丁度中間、というC96の小型軽量さは、
    替えられない利点だったのでは。

    マウザーC96は米M1カービン同様或は其以上にPersonal Defense Weaponの祖形なのでしょう。
    にも。


  4. あと忘れてはいけないのは、遅延ブローバックは一見単純に視えますが
    製造公差や使用弾薬の質が揃ってる事が厳しく要求され、其等を実現できない所では稼働率を保てません。
    「製造しやすさ」という点をみれば遅延ブローバックは単純ブローバックの真逆なのです。

    重く複雑だが、緩い公差でも動作する物が製造出来、不均質な弾薬でも動作する設計というのがあり、
    銃身から弾とガスが飛び出したその後から遊底が動作する原則の反動利用はそう設計し得るのでは?
    散弾銃で古くから使われてきたのはその様々な強さの弾薬に対応して動作する事が理由です。
    にも。


  5. 自動火器の反動利用式とガス圧式の違いは、遊底の開閉を司るガスピストンが銃身と兼ねられてるか、銃身から独立しているかの、違いです。
    にも。



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