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741 熱帯の国でも戦闘帽としてフェルト製のベレー帽を採用している軍隊が多いですが、暑くて困らないのでしょうか?

暑いところでは、日本軍が採用していた日よけ付きのキャップが最も合理的だとおもうのですが。

PIAT

  1.  実のところ、ベレー帽を戦闘帽として使用している熱帯の国というのを存じませんが、可能性としては、旧宗主国が使用していたのが伝統として残っているのではと思っております。
     なお、陸上自衛隊の91式略帽はベレー帽だそうです。
     

    hush



740 銃にトーションスプリングが使われずらい(使われない)のはなぜですか?
板バネ

  1. 単に私の確認不足なだけかもしれません。

    板バネ


  2. いくらでも使用されています。
    例えば ”TRIGGER SPRING” をキーワードに画像検索してみてください。巨万とヒットします。
    COIL SPRING、TORSION SPRING それぞれ半々位の採用でしよう。

    軌跡の発動機?誉


  3. これは失礼しました、TORSION SPRING とはトーションばねのことでしたね。
    今更ながら訂正と言い訳をさせていただきますと、私が本当にいいたかったのはTORSION BAR SUPRING のことでしてどうもWIKI ではトーションバーは一般的な英語でTORSION SPRING と訳すようでしたのでそのまま鵜呑みにしてしまいました、カタカナを使ったのもまずかったですね反省します。
    どうかそれを踏まえた上で回答願えませんか?


    板バネ


  4. さらに訂正しますsupring→springです(顔真っ赤w 3時まで起きているからダメなんだ、とまたもや言い訳w)

    板バネ



739 結局、「保弾板の連結運用」は、行われていたのでしょうか
私が確認する限りは、実際の動画・写真を見ても、連結して運用しているカットは「1つたりとも」存在していません。
アジ歴で確認できる資料も、保弾板の連結運用には触れられていません。
私が思うに、保弾板の連結運用は少なくとも「殆ど行われていなかった」のではないでしょうか
パンジャンドラム

  1. まず初めに私はないことの証明ができません、私の意見は行われたに近いものでありますがyes noで質問に答えることは出来ません、本当にごめんなさい。
    その上で言わせてもらえますと。
    1 歩兵操典などが軍令として制定された、これによって軍事理論の研究には許可が必要となり現行の戦術に批判的な研究は不可能であった。
    2 新兵器 新戦術の研究をすることはできたが全員更迭か退役させられた。
    3 二次戦の陸軍のほとんどは攻撃にのみ価値を感じていたが日露戦を経験していた軍人の多くはそうではなかった。ようだ
    4 そういった軍人は連隊長や分隊長に更迭もしくは退役後満州に閉じ込められた。らしい
    3、4は個人的に怪しいと感じているところ
    一旦切ります。



    板バネ


  2. 続きです。
    上が私の知っていることでそこから考えるに。

    後方では考えられなかったが前線では使われた、軍令を破るため記録には載せなかった
    もしくは使うのは最後の時だった。

    以上が私の保弾板の連結運用に関する考察です。
    もちろん行われていないとも考えられますが、生存した人の自伝によればそこまで腐ってはいないと私は感じました。
    ほとんどが推察で資料がないため回答とは言えないものとなりましたが740で質問をした身として書かせていただきました。

    板バネ


  3. 保弾版を連結した場合、その保弾版が装填位置に送られるまで二番は保弾版を高姿勢で保持する必要があるでしょう。
    それに反し二番が最終弾に続いて装填すれば連射も可能でしょう...熟練度に依りますが

    射法は3発乃至5発点射ですし、薙射は銃身保護のためそれほど連射は行いませんから連結の必要が無かったのでしょう。

    poran


  4. 1〜2は私にはもはや返事の付けようがないのでコメントは控えさせていただきます。

    また、poran様、その場合は一旦チャージングハンドルを操作しなければならないのでは?
    パンジャンドラム


  5. いえ、確認したところその必要は無い様でした。
    点射に努めるのは承知していますが、動画を見る限りでは保弾板の一連あるいは数連を指定しての連射の方が頻繁に見られます(音は後付けですが)
    https://youtu.be/NSX097c8OJk
    連結の必要があったとすればここだと思いますが必要性だけあっても肝心の強度不足により実用性がなくあまり多用されなかったのかもしれません。

    パンジャンドラム


  6. 通常だと装填時に槓桿を引き直さないとならないと思うのですが、槓桿を引かずに其の侭連射していると思われる画像も有ります。(前の保弾板が撃ち終わる寸前に装填してます)
    二番の熟練度に拠るのかも知れませんが、姿勢はやはり高くなる様です。

    槓桿を引き直すのは1秒も掛りませんから、連射に見えるかも知れません。

    重機の取説が見つかりませんが、99軽機ですと銃身保護の為連射は通常300発迄に制限されています。
    重機も余り変わらなかったと記憶してます。

    強度ですが、当然装填した保弾板は重すぎて撃ち終わる寸前でなければ二番が保持する必要が有るでしょう。

    poran


  7. リー・アーメイの軍事大百科 機関銃編という番組で九二式の実写の際にチャージングハンドルを操作せずに次々と流し込んでいたら記憶があります。(因みに保弾板の装填は難しく、コツが要りますから、それにもたつく彼らでは連結の必要性はあったでしょうね)
    もしかしたら編集でカットして連発しているように見せていたのかもしれません
    パンジャンドラム


  8. 明治39年「野戦に置ける機関砲の研究」では日露戦争に於ける機関砲の使用実績から保式機関砲の編成/戦術を論じています。
    当時露兵は堡塁より上体を起こして応戦しており、突撃も密集隊形を取っていたため「保式」の射撃法は「薙射」を主とし毎分540発位の急射撃をが多かった様です。
    緒戦時は位置を秘匿し肝心の時に一挙に急射撃をするのが肝要とあり、防御のみならず、友軍の突撃と退却の援護に最適との記述も有ります。

    「保式」は背の高い三脚架で射手(当時は1番)は三脚上の腰掛けに座り射撃しており、地面に65cmの穴を掘って掩体陣地を作っていました。
    この状況なら装填手(当時は2番)が姿勢を高くして、連結射撃も可能かも知れません。

    38式以後は低姿勢の日本式の三脚架になると同時に戦闘法も変化し薙射を主とする好目標が少なくなったので点射に変わってきたのでしょう。
    でも連結部分は名残として残っていたのかも...

    保弾版ですが3回の使用が限度だった様です。(歩兵の弾薬が流用できた保式/3年式は再使用が出来たでしょうが、92式実包は保弾版で補給されてましたから特殊実包以外再使用はしなかったでしょう)

    poran


  9. いや、どうやらオープンボルトの機関銃は構造上、2回目以降のコッキングが不要なものが多い様ですね。ブレダM37もその様ですし。

    あと、>>保弾版ですが3回の使用が限度だった様です。(歩兵の弾薬が流用できた保式/3年式は再使用が出来たでしょうが、92式実包は保弾版で補給されてましたから特殊実包以外再使用はしなかったでしょう)

    ここがよくいまいち飲み込めないのですが、どういう事でしょうか。
    保弾板自体の物理的な再使用限度は7〜8回、或いは20回という情報が見られますから、運用上の都合という事でしょうか。三回が限度と言われると三回以降はもう使えなくなるかの様に聞こえますので。
    それに特殊実包以外とはどういう件か分からないのですが…。
    そもそもの数が普通実包より少ない特殊実包の類は特定の保弾板に何度も使われるという事ですか?外形は同じはずですが…

    パンジャンドラム


  10. 日露戦争では薙射を主用したため補給に問題があり歩兵の弾薬を流用して、戦場で保弾版に最装填してました。その際に3回程度の使い回しが出来たと云うことです。

    何度も使い回していると見える、米国での射撃を見ても装填に苦労している様に見えます。

    >特殊実包以外とは
    92式普通実包は保弾版に装填して紙函に入れて補給されました。
    鉄甲/曳光実包は通常の5発装弾子3個入りの紙函で補給されたからです。
    poran


  11. そういう事でしたか。
    ところで機関部の破損が多かったのと三十年式実包の薬莢切れ問題を抱える保式機関砲で最終防護射撃の様な数百発を連発する様な激しい運用が出来たのでしょうか?
    三八式の様に塗油装置も無いですし、ボルトやエキストラクターは貧弱なままでしたから。
    保式はどうも作動が怪しい様な…。ショートリコイルが上手く真似出来なかった馬式よりは使えたものでしょうが
    パンジャンドラム


  12. 三八式の様に→三八式でそうした(追加した)様に
    パンジャンドラム


  13. やはり故障は多かった様で、該本には以下の記述があります。

    現今採用ノ機関砲ハ機関精巧ナルヲ以テ自然ノ結果多数ノ弾丸発射ノ後ハ往々故障ノ続発スルヲ免レス故ニ使用ノ点ニ深キ注意ヲナシ戦術上ノ要旨ニ鑑ミ善ク其特性ヲ利用シ好所ニ威力ヲ発揚スルノ道ヲ請セサルヘカラス換言スレハ濫リニ之ヲ用フルコトナク瞬間ニ多数ノ弾丸ヲ集中スルヲ要スル時期ト場所ニ用ヒ以テ戦闘の効果ヲ収ムル如クセサルヘカラス

    要するに故障を防ぐ為「普段から使用せず、好機に一挙に射撃せよ」ですね。
    当然故障の排除法の熟達と熟練砲手の損耗防止も説いています。
    日露戦役後の著述ですので国軍機関砲として改良保式が最適と有ります。(馬式とレクサーとの比較)
    poran


  14. ありがとうございます。実際の運用法には機関銃の信頼性も絡んできますからね。もしかして保式での故障の反発した経験から、戦後のいずれかの時期において機関銃用法が変わり急発射を行わなくなったとすれば皮肉ですね。三年式機関銃は実包への塗油がある限り非常に高い信頼性を誇っていますから、三百発の連発は無理なく可能だったかと思います(薬室の形状は悪かったですが)

    パンジャンドラム


  15. 300発は常用限度で「1500発に至るも銃の機能には影響無きも銃身加熱のため銃身命数を短縮するを以て特別の場合以外常用限度を超えるへからす」とありますので300発しか連発出来ないわけではありません。
    書き足りず失礼しました。

    国軍の機関銃は予備銃身を1本しか供給されてませんから銃身の摩耗は一大事だったのです。
    一応銃身の命数は1万発程度とされていますが使用法に依ってはかなり少なくなったでしょう。

    支那事変で作戦間銃の更新ができず、数万発射撃した92重機は1500の照尺で射撃して5〜600米に散乱して弾着した記録があります。
    poran


  16. 1500発ですか?回転不良は無く?凄いですね。それは三年式や九二式の値ですか?出来れば情報元を教えて下さい。
    身内贔屓も多少含まれるかも知れませんが、旧陸軍の重機は「非常に高い信頼性と耐久性」を備えるもので、いざとなれば最終防護射撃も可能なものであったと考えています。
    そこでの急発射時の実態を知りたくて質問しました。
    以前の質問と被るのですが三年式以降の機関銃はどれだけの信頼性でどれだけの連発が可能なのでしょうか
    パンジャンドラム


  17. 各種の戦訓を見ても重機に関しては「特殊実包の補給が少ない」等の不満があるのみで「機構は堅牢にして且つ故障少なし歩兵兵器中さも信頼するに足る」等の褒め言葉ばかりです。

    >どれだけの連発が可能
    一概にはいえません.....射弾1発に付き1度銃身温度が上がると考えるのが普通ですから自ずと.....

    戦前の「偕行」には中々興味のある記事が多いですよ。
    尤も深読みが必要な事が有りますけど。
    例えば11年式軽機の装弾子排出孔の拡大の実施記事から装弾子のサイズの不同を疑う.....当時はJIS規格ですらDINの6割でしかなく、精密工業は無いと云ってもよい時代でしたから。
    手力で装填する小銃には少々の誤差は許されますが、精密機器たる軽機には0.1粍の誤差でも故障となります。
    そう考えて調べていくと面白いですよ......やりきれなくなる事も在りますけど。



    poran



738 どこに投稿するか迷ったのですがこちらに。核実験の爆発によって巻き上げられた土砂が降り注ぐ様子を空中から撮影した動画を見たことがあるのですが、この実験の詳細と撮影方法を教えて頂きたいです
PlanB

  1. http://www.nicovideo.jp/watch/sm953934
    この2:19頃に映っている映像です
    PlanB


  2. 設置されていた防爆型カメラが爆風で空中に吹き飛ばされて、偶然撮影された映像、のように見えます。
    桜ヶ丘


  3. たしかに映り方が意図して撮ったと言うより偶然撮れた感じですね
    PlanB



737 英王室に王子が誕生したことを祝って祝砲が発射された、というニュースに関して伺います。
QF 17 pounder ですが、駐退機が妙に鮮やかな白に塗られていたり、先端形状が先細りのものと太いものとあったり、英語版ウィキペディアにある画像とはいささか異なるように見えます。なにか改造等施されているのでしょうか?

ふたつの部隊が41発と61発(20+21+20)を発射したようですが、どのような由来でこうした数となっているのでしょうか。

  1. 62 発ではなくて 61 発ですか ?
    出典は何でしょうか。

    61 発が 62 発の誤りだとすると、
    a) 基本の 21 発 + ハイドパーク (Hyde Park) に対する敬意の 20 発 = 41 発
    b) 基本の 21 発 + ロンドン塔 (Tower of London) に対する敬意の 20 発 + ロンドン市 (City of London) に対する敬意の 21 発 = 62 発
    です

    momo


  2. 失礼しました、62です。
    基本や、〜に対する敬意の20/21は何に由来するのでしょうか?


  3. 21が最高位で、位が下がるに従い数も下がるようですが、21=7×3、7や3が西洋では縁起がよいからですかね?
    出自の確かそうな上のサイトを参照事。
    https://history.army.mil/html/faq/salute.html
    https://www.royal.uk/gun-salutes

    太助


  4. ありがとうございます。



736 レーダーについての質問です
機械的に走査を行うレーダーで、360度回転と特定の方向だけの首振り走査を変則的に
行うようなレーダーは存在するのでしょうか?
(特定のパターンで動作が切り換わるような物、手動でモードを切り替える物等の仕様は問いません)
じゃっく

  1. 太平洋戦争時の日本の電探はAスコープでしょうから、360度回転→特定方向への指向という手順をとったのでは?

    太助


  2. SCR-584は如何でしょうか?
    https://en.wikipedia.org/wiki/SCR-584_radar
     このレーダーは、探索モード(ヘリカルスキャンモード)ではアンテナを4rpmで機械的に回転させ、PPIディスプレイでの解析を人が行ったそうですが、人が目標を選定してやり自動追尾モードへ移行させると、従来のニカルスキャン方式では人がRスコープを覗きながら行っていた作業(受信電圧が等しくなるように俯仰ハンドルを操作する)を機械が行い、常に目標にアンテナが自動で向くようになっていたそうです。
    Luna


  3. ×従来のニカルスキャン方式 → ○従来のコニカルスキャン方式
    Luna


  4. ×俯仰ハンドルを操作する → ○旋回・俯仰ハンドルを操作する
    Luna


  5. >太助さん
    ご回答ありがとうございます
    まさにそれなんです、360度走査で大まかな目標の位置が把握できた後は
    当然その目標を精密にスキャンしたいと考えるだろうと思ったのですが
    機械式しかない時代の物では以外とそれが見つけられなかったもので・・・
    じゃっく


  6. >Lunaさん
    ご回答ありがとうございます
    これは面白いですね、現在のフェーズドアレイレーダーの機能を機械的に
    実現している感じなのですね
    しかしこの時代にここまでの物があったとは驚きです
    じゃっく


  7. >>じゃっくさん
    具体的には次のサイト(海軍レーダー徒然草)の「人間リモコン」項のようなことをしていたようです。
    http://www1.odn.ne.jp/~yaswara/antennan/turedure.html

    あと本題から外れ、詳細も調べていませんが、太平洋戦争時に「フェイズド・アレイレーダー FH Mark 8」なるものもあったそうです。米英恐るべしですね。
    http://home.e01.itscom.net/ikasas/radar/usrdf04.htm

    太助


  8. >太助さん
    これはまさに「手動でモードを切り替える物」ですね
    (同時期にフェイズドアレイやら、Lunaさんが教えてくださった自動追従のレーダーやら試験してた国なんて・・・)

    自分でも一つ答えを見つけたのですが、ロシアのシルカのレーダーは索敵とFCSを兼ねているので
    変則的なレーダーと言えそうですね

    じゃっく



735 クローズドブローバックでバネを複数使い、複数回スライドを引く様な形態の銃は、作られた事は在ったのでしょうか?

青江

誰か答えて下さい。

734 改造三八式野砲と九五式野砲とで弾と初速・最大仰角が大差ないのに最大射程が改造三八式の11600mに対して九五式は10700mと劣っているのは何故ですか
パンジャンドラム

  1. 九〇先鋭弾で10000mとちょっとだったと思います。11600mの資料は何ですか?
    my


  2. 少なくとも改造三八式野砲弾薬八七式鋼性銑尖鋭弾弾薬筒仮制式制定の件には九○式よりやや旧式の八七式尖鋭弾(試作品?)でさえ11550〜12150mの射程を誇っていますが…。
    全備弾量6粁五○○とあり、九○式尖鋭弾の全備6.37kgと大差ありません。
    パンジャンドラム


  3. では改造三八式野砲の一般に知られている最大射程の数字というのが11600mかと思いますが、これはどういう条件で達成されたものなのでしょう?
    パンジャンドラム


  4. 「14年式10糎高射砲仮制式外2件審議の件」Ref.C01001237800によると31口径の改造三八式は重量6.0sの尖鋭弾を使用し装薬740g、初速594.3m/s、仰角40度で最大射程が平均11520.1m、射程の公算躱避+-81.53mとなっています。
    expery


  5. なるほど、納得出来ました。改造三八式の数字はやや軽い弾を高初速で飛ばしているのですね。どうりでおかしいなと思いました。ありがとうございます。
    パンジャンドラム


  6. 実用された弾薬筒を使った射程じゃ無いですね。いろいろ議論もありますがご参考まで
    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%88:%E4%B9%9D%E3%80%87%E5%BC%8F%E9%87%8E%E7%A0%B2

    my


  7. 追記 野砲兵第四連隊跡に改造三八式野砲が置いてあり、九○式尖鋭弾弾重6.34kg初速520m/s、射程10700mと諸元が書いてあるそうでした。九五式と最大射程は全く同じでした。
    パンジャンドラム



733 大東亜戦争中の日本軍について質問です。実は現在大戦初期における日本陸軍歩兵を主役にしたジオラマを制作しようとしているのですが、南方作戦初期のフィリピン侵攻やマレー作戦に参加した部隊は大半が96式軽機関銃と38式小銃を装備していたとヤフー知恵袋とここで拝見しました。そこで、私も96式軽機関銃と38式小銃を装備させた上でジオラマを制作しようと思いますが、ここでふと疑問に思ったんですが、
@三八式小銃、及び九九式小銃の弾薬盒は共通なのか?
A九六式軽機関銃及び九九式軽機関銃の弾倉入れは共通なのか?

B九九式短小銃と九九式軽機関銃への未練が捨てきれないのでwikiに乗ってる部隊以外に南方作戦において九九式普通実包を装備した部隊を教えてください。できれば全滅・玉砕した部隊以外で…
みかん段ボール

  1. はっきりとは言えないのですが
    1.38実包と99実包の紙箱は略同型です、99小銃の取説にも「違う」との注記がありません。
    2.同型に見えますが、取説にサイズが書いて有りません。歩兵用は1挺につき8個弾倉16個が定数です。
    3.関東軍から抽出された派遣隊は全て99式の筈です。

    軽機は十一年式の方が多いですよ。

    poran


  2. 返信が遅れて申し訳ありません。
    十一年式軽機関銃ですか。となれば九九式軽機関銃はおろか、九六式軽機関銃もあんまり出回ってなかったのですか…意外でしたね。ありがとうございます。
    みかん段ボール



732 九七式車載重機関銃についてお聞きしたいのですが、九七式車載重機関銃は装弾数が20発と当時の車載重機関銃を見てもとても心もとないと思うのですが…
点射を心掛けたとしてもすぐに弾切れを起こしてしまい、車内で箱型弾倉を交換するとなるととても不便だと私は思います。
また、重機関銃の名称ですが実態はZB26軽機関銃を原型にして、重量も12kg程度であり、重機関銃というより軽機関銃の枠だと思うんですが何故重機関銃という名称になったのでしょうか。似たような重量の九一式の頃は車載軽機関銃という名称という点でも疑問に思います。
まっさん

  1. 九一式は口径6.5粍の三八実包で九七式は7.7粍の九七実包を使用するからです。
    当時7粍7口径は九二重機しかありません。
    6.5粍と7.7粍では威力が段違いだったそうで支那事変では「車載軽機を7粍7の重機に変えないと
    戦車としての威力を発揮できない」との意見が出ています。

    20発弾倉は外形を小さくして、車内での取り回しを楽にするためです。

    poran


  2. 実際にその懸念はあったようで試作に終わっていますが試製四式車載重機関銃なるものが製造されています。原型となったのはサドルマガジン(75発)のMG15かベルト給弾(弾数任意)のMG17ですので、装弾数の増加を図ったものかと思われます。
    そして勿論、良質なピアノ線が量産出来なかった事もあり信頼性面で不安をかかえた代物であったでしょうね。20発弾倉では少なかろうという意見も尤もですが、ではなぜそうならなかったかを考えてみましょう。日本軍戦車の機銃射撃能力に制限を課していたのは本当に車載機関銃のせいだったのかを。
    答えはnoです。日本の戦車にはベンチレーターがありません。確かに、車内にはエンジンの強制冷却の為の吸気孔が備え付けてあり、非常に高い換気性能を備えています。
    しかしそれで十分だったかと言われれば違います。砲塔内はかなり安全でしたが、配置と数の問題です。車体前部の機関銃操員は15発の連発で軽い一酸化炭素中毒の症状が出たというのですからそんなに連発できる代物ではないのです。
    では砲塔機銃ならどうか?これもダメです。簪式とよばれるマイナーかつ旧式の装備方法で、銃床を展開して併用する事で行進間射撃が可能となる絶大なメリットがありましたが、その使い勝手の悪さから同軸(主砲連装)機銃にとって代わられたものです。そもそもが射撃の機を失いがちなのです。
    なのでこれらの制約もあり、九七式車載重機はむしろ故障の少なさ(九一式と比べて)と威力大なる事から、好評を以って迎えられたのです。
    これがイギリスやアメリカであったら、かなりの問題になっていたでしょう。実際にZB30の派生型ことブレンガンの信奉者とも言えるほど好評を与えていたイギリス軍でさえコンペにおいて勝ち残ったのはベルト給弾でチャージングハンドルがグリップ式というZB vz.37重機関銃ベースのベサ機関銃で、ブレンガンはブレンガンキャリアなど二線級兵器への使用への穴埋めとして使われていた状況です。
    パンジャンドラム


  3. 九七式車載重機関銃以前に日本陸軍の戦車の設計の時点で独特というかおかしかったんですね・・・・・確かに射撃機会が少なく、戦車自体が機関銃を連射できる環境じゃないのならば20発でも不満が出なかったのも納得です。
    そして日本陸軍の簪式の配置は私個人としても到底使いやすいとは思えませんでしたがやはり使いにくかったんですね。
    ありがとうございます勉強になりました。
    まっさん


  4. 追記ですが、日本軍戦車の機関銃について軽く調べたところ制圧射撃ができず、バズーカ砲に一方的やられる戦車が続出した、と書いてました。対戦車無反動砲に関しては同軸機銃がある戦車でも一度接近されると損害を被ってることを考慮するべきかもしれませんが、やはり実戦でも日本軍戦車の独特な配置の機銃は有効というか、実用性に関しては微妙だったのかもしれませんね
    まっさん


  5. 訂正します
    ×独特な配置の機銃
    〇独特な配置と独特な設計の車載重機銃
    です
    まっさん


  6. どこのライターが言ったか知りませんが、その様に日本軍戦車が歩兵携行対戦車火器の前に多くの損害を出した原因を車載機関銃だけに求める事は尚早でしょう。
    確かに20発という装弾数は本家ZB26を車載転用したのを除けば寡聞にして聞いた事がない少ない数字ですが、朝鮮戦争におけるT-34だって、初期ですら、「いくら当てても止まんない!」とクレームが上がっています。実際に命中したかはさておき、容易く射撃位置につかれてしまっているのです。新型が多数投入された後半はもはやカモで、「部隊の中で誰が一番多く撃破できるか」の賭けの対象でしかない」、とされたほどです。63発の装弾数のDT車載機関銃を装備し同軸機銃もあるT-34でこれなのですから、まぁ大概のケースは気づいたときにはもう手遅れなんでしょう。
    歩兵携行対戦車火器を発射前に始末するなら黄燐弾などの化学攻撃や火炎放射器などで予め炙り出しておく事です。

    パンジャンドラム


  7. あ、語弊がありますね。黄燐弾は化学兵器ではないですが、マレーとかでチビ弾使ってるのが英軍にバレて以降、所謂化学兵器の類は報復を恐れて大々的には使えなくなり、細々と使っていたのが昭和19年には大陸指令2061号で化学兵器の後送と使用禁止が命令されてしまったので、化学攻撃的用途に使えるのがこうした服に付くと強烈な火傷をもたらす発煙弾の類をぶち込むぐらいなんですね。あ、でも化学攻撃ではないんです
    また用途が違うため同軸機銃の代用とはいきませんが、M3 37mm砲が使った様なフレシェット弾も近距離の面制圧においてはかなり威力を発揮します。
    対戦車兵の排除なら他に手はあるのです。何も機関銃だけに頼る事はないかと。もちろん機能は高いに越した事はありませんがね。
    パンジャンドラム


  8. 上で言うように同軸機銃を装備して九七式車載重機より多くの弾数を持つ戦車でも対戦車兵に対して損害を出してるのは重々承知していますが、だからとは言っても九七式車載重機の装弾数が少ないのは事実だと私個人では思います。
    私個人の考え、というかイメージでは制圧火力で不足していて敵歩兵に対して効果を発揮できなかったと思うのですが実際は違うんですかね?箱型弾倉故に再装填は速いと思いますけど。無知故にちょっとそういったイメージがこびりついてしまっているのでちょっと偏見があるかもしれませんが。
    まっさん


  9. 貧乏な日本陸軍の機関銃用法は3発乃至5発点射です。薙射は余程の好目表以外行いません。
    戦車/装甲車射撃教範でも点射が主になっています。
    その用法からすれば20発は少ないのですが忍びうるでしょう。(30発弾倉では俯角射撃が不可能になります。91式でも45発装填すると俯角射撃が出来なくなります。)
    実際に部隊から装填弾数について不満は出ていません。

    戦訓では敵を制圧するには機銃のみでは不可、火砲が必要となってます。
    機銃のみだった軽装甲車隊の小隊長車に37粍砲を積んだのはそのためです。

    地物を利用して遮蔽している敵を機関銃で制圧するのは不可能に近いでしょう。
    まして戦車は死角が多いのです。
    陸軍の対戦車戦闘法でも肉攻を成功させるには、第一に随伴歩兵と戦車との分離/随伴歩兵の撃滅を挙げています。
    日本の場合、随伴歩兵が付いていない事が多いのが問題ですね。

    但し瓦斯中毒はその通りで「砲28発 銃900発」で乗員は治療に2日を要した戦訓もあります。
    砲3発 機関銃4〜50発で悪寒甚だしく、戦闘数時間で戦闘能力に相当の減退をきたすとのことで、余りの苦しさに拳銃孔を開けて呼吸した戦訓も載っています。
    poran


  10. 拳銃孔から呼吸するということですが、チハや新砲塔チハにピストルボートってありましたっけ?それとチハ改なら機銃手の位置に砲塔が来ていますから、ガス中毒になりにくそうと思いますが違うんですかね
    便乗質問


  11. つまり車載機銃に関しては九七式でも十分有用だったということですか。
    ありがとうございます。九七式に対するイメージが良い方へ変わりました
    まっさん


  12. >拳銃孔から呼吸
    89式での状況でした。チハ改については資料が有りません。

    狙撃銃/軽機の眼鏡照準具は装着した時、弾着点に応じる焦点鏡分画の十字線の移動が出来ずに目分量で狙点をずらして射撃しますが97式は調整螺の転輪の移動で300米に合わした様です。
    今回戦車/装甲車射撃教範を見直したら手書きで調整法が書いてあるのを見つけました。
    92重機はどうだったのでしょうか.....

    poran



731 三八式騎兵銃についてお尋ねします。
減装弾を使った場合の初速と600m飛んだ時の弾速度を教えて下さい。

青江

  1. 弾道計算できるWebサイトは「Ballistic Calculator」で検索するといくつか出てきますよ。

    三八式実包に近そうな6.5x55mm Swedish Mauser, Sellier & Bellot FMJ, 140grの弾道係数を使い、
    四四式騎銃の初速708m/sで計算すると、
    600m飛翔後は413m/sになります。

    推測の回答ではご納得しないでしょうけど、呼び水のつもりで書いておきます。
    超音速


  2. 数年前AnsQ.442で38式騎銃で増装していった場合の最高初速限界を話題にしました。
    米国SIERRA社のリローディングデーター 6.5 JAPANESEを利用して、38式騎銃通常弾公称初速708m/s→762m/s 約7%のUPが
    最高初速限界と推測しました。

    今回の減装弾の初速推測も同じリローディングデーターを利用します。画像掲示板2-NO.4660にUPしました。
    6.5mm小銃弾重さ9g≒140grain弾丸の表を利用します。

    38式騎銃での通常弾 公称初速708m/s薬量2.15g≒33.1grに対し薬量1割減装弾ですから
    2g≒30.3gr の薬量だと 2100fps≒ 640m/s 程の初速になりそうだと推測出来ます。

    軌跡の発動機?誉


  3. ありがとうございました。

    青江



730 日本陸軍の戦車砲や野砲や速射砲に使われた榴弾について質問なんですがこれらの榴弾の炸薬にはどういった爆薬が使用されていたのでしょうか?やはり下瀬火薬や茶那薬が多かったのでしょうか
桜花

  1. 榴弾は基本的に茶褐薬で平寧薬、安瓦薬、等もありますが少なく代用薬は殆ど硝斗薬が使用されています。
    茶那薬は少威力を必要とする瓦斯弾に、黄色薬は威力は大ですが腔発/自爆の危険があり注意が必要で使用は限られます。
    poran


  2. 便乗で質問です。高性能爆薬であるペンスリット(PETN)系爆薬は榴弾の炸薬に関しては航空機関砲弾に使われるのみで、陸戦用途には導火線程度しか使われていません。なぜでしょうか?RDX系と違って危険さは然程ではないかと思いますが。まぁ、それでも航空機関砲弾にはRDX使ってますけど。ペンスリット系の何がいけなかったんでしょうかね。
    パンジャンドラム



729 十五糎榴弾砲の九六式榴弾の効力について質問です。戦後師団火砲で主流になったのは155mmのものでした。その理由が榴弾の効力が大きい事が一因に挙げられると思います。STANAG 4569でも戦後155mm榴弾砲の至近弾に耐えるかどうかは一つの基準になっているほどです。
それでは戦前の日本軍の十五糎級榴弾はどうでしょうか。
日本軍の尖鋭弾を除く純然たる榴弾効力に特化した榴弾には大きく分けて、九二式榴弾(十五糎榴弾砲用):威力半径36m、弾重36kg(炸薬7.67kg)、九六式榴弾(九六式十五糎榴弾砲専用の重弾):威力半径34m、弾重39.48kg(炸薬8.4kg)、九三式榴弾(十五糎加農用):威力半径60m(!)、弾重40.6kg(炸薬7.77kg)が挙げられます。炸薬は同じ茶褐薬(TNT)でしょうが代用炸薬の類は分かりません。
榴弾の効力としてはこの中で加農の九三式榴弾が最も広範囲を殺傷できるものと見れますが、榴弾の効力を示す指標が威力半径しか存在しないのでなんとも断定しかねますが、これは九六式榴弾は有効弾片の個数が減ったから威力半径の定義(破片1個/m^2以上の密度を持つ範囲)において低下していたのでしょうか。加農用の炸薬比率が少ない九三式榴弾は遠距離においても有効弾片の密度が落ちず、破片の生成には優れている様に思えます。
戦後のM107榴弾は43.9kg(信管含む)にTNT6.96kgとやや控えめながら、上記の規格の様に一定の脅威度として位置づけられ戦後西側各国軍のトレンドとなる威力がありましたが、九六式榴弾の様に無闇矢鱈と炸薬量を増しても破片が小さく粉々になってかえって有効な榴弾効果を阻害するのでしょうか。それとも、戦後の榴弾のトレンドには逆向するととはいえ、爆風での殺傷効果を狙ったものでしょうか。九六式榴弾の効力・破片生成に疑問ありです。九六式榴弾の効力全般に関して何か知見や日本軍の資料がありましたらご教示下さい。
パンジャンドラム

  1. 96式15榴用96式榴弾は制定されたのでしょうか?
    昭和12年8月に上申されていますが、13年1月28日 96榴弾を除いた95破甲榴弾/92榴弾/尖鋭弾/96代用弾等が制定されています。
    12年8月31日付の技術本部第一部の「96式15糎榴弾砲弾薬」表には96式榴弾の部分はXで消してあります。
    陸軍兵器弾薬諸元表でも96式15榴の弾丸は92榴弾/92尖鋭弾であり95破甲榴弾/榴散弾は「弾丸の在庫分のみで新規製作無し」になっています。(弾丸は38/4年式15榴と同じ、薬莢が違うだけ)

    代用炸薬は硝斗薬が多いようです。
    poran


  2. 早速回答、感謝します。
    九六式榴弾は九二式榴弾に比べてマイナーな砲弾ですがアジ歴で見つけることが出来ます。制定もされています。むしろ九六式専用と銘打って設計されたからには大々的に生産されているかと。
    C01001625000
    代用炸薬は書いてありましたね。見落としていました。
    ここによれば人馬の殺傷および野戦築城の破壊が目的とあり「効力亦大ナリ」と高評価を得ています。嘘や意地で書くとも思えませんしやっぱり炸薬による爆風もまた侮りがたいんでしょうか。しかしそれをいうなら迫撃砲の爆発のそれに遠く及ばない筈ですがね。腔内弾道学の観点や失敗百選にもある三菱の高圧タンクの破裂事故の様に、高圧に耐える弾殻だと爆圧も高いのですかね?花火の黒色火薬なんて空気中で燃やしてもボッて燃えるだけですし
    パンジャンドラム


  3. C01001625000の2枚目を見て下さい、「96式榴弾を除き」と記載されています。
    諸元表も以前北島中将の書類をコピーした時の一部ですので確度は高いと思っています。

    鋼の需給が逼迫した際、鋼性銑榴弾(銑鉄に鋼の削屑を混ぜた物....銑の中でも最低の銑を使用)が制定されましたが弾体強度が弱く破片が小さくなるので炸薬量を野砲級で800gを400g迄減らしています。
    破片が小さいので有効距離は当然小さくなります。尤も書類上では威力半径は20mで変わってませんか゛.....

    当時火薬も資源的に逼迫しており、「威力大ならず、吸湿性に大なる不利あるも資源的に極めて有利」と判定されている硝斗薬を茶褐薬の代用に使用するほど追い詰められていたのです。
    茶褐薬の8割程度の威力の硝斗薬では当然威力半径も小さくなったはずです。

    既に支那事変の最中に多量生産の為「弾種の整理」を始めており多弾種で必要量に満たない補給か小弾種で補給量を多くするかの議論を進めていました。......これが96榴弾が制定されなかった原因かも知れません。
    poran


  4. そうでしたか。では書類上だけの存在である九六式榴弾は語るに値しませんね。となると十五糎級榴弾で挙げられるのは九二式榴弾と九三式榴弾。これの効力はどれほどなんでしょうね。特に九三式榴弾は航空爆弾にも匹敵する威力半径ですし。威力半径60mの十五糎砲など他に寡聞にして知りません。測定方法の違いはありますが。
    パンジャンドラム


  5. 当時小/中口径砲を調べてましたので....
    93榴弾の資料は無いようです。コピー代が高かった時代でしたから節約したのかも?
    (ただ抗力の記載は無かったかも知れません)
    poran


  6. 何としても威力半径60mを叩き出した九三式榴弾の真相が知りたいですね。これだけの破片密度、面制圧には持ってこいですし。まぁ九六式榴弾は生産されなくて良かったかな、という感じです。しかしこれ(93式)でもなおドイツや米国や戦後の42〜43kg程度の十五糎級榴弾ものより軽量なんですよね。榴弾の効力に於いて同級火砲で米独に劣るといった話や当事者の認識は聞いたことがないですし、榴弾の弾殻と炸薬量とのバランスはどのあたりが理想なんだろう…
    パンジャンドラム



728 最近九六式軽機関銃に使われた三八式実包について調べているのですが、
@九六式軽機関銃は日中戦争で鹵獲したZB26を調査し、薬室を改善することにより減装弾から通常装薬の三八式実包の使用を可能にした。と所々拝見しますが、これは本当なんでしょうか? 

A個人のサイトなのでここにはリンクさせませんが、そのサイトでは九六式軽機関銃の薬室を改善し、通常装薬の三八式実包が使用になったため、減装弾の生産を中止にした と書かれていましたが、これは本当なんでしょうか?

どうかご教授お願いします
みかん段ボール

誰か答えて下さい。

727 第四師団の装備について質問したいのですが、装備に書くのか組織に書くのか悩んだ末こちらに書かせていただきます。第二次世界大戦中、第四師団の主力小銃は38式小銃、96式軽機関銃なのでしょうか?それとも99式小銃、99式軽機関銃なのでしょうか?
園田

  1.  この間、こちらで教えて戴いたのですが、旧日本陸軍は小銃を地域別に分けていたそうです。ただ、どっちがどっちだったか覚えていなかったのですが、藤井非三四著「レアメタル」の太平洋戦争(2013年Gakken)という本に、内地と関東軍には99式歩兵銃、中国と南方には38式歩兵銃を配備していたとあります。もっとも、38式歩兵銃を装備する部隊が同じ6.5mmの96式軽機関銃を装備していたかというと、「どうもそうではなかったようだ」とあります。もちろん、これは開戦時の話であり、関東軍から抽出されて南方に派遣された部隊がどちらを装備していたかは分かりませんが、99式だったと思われます。
     第4師団(淀)に関しては、開戦劈頭にフィリピン攻略に参加しておりますので、歩兵銃は38式ということになりますが、軽機がどちらだったのかは分かりません。
     
    hush


  2. hush様ありがとうございます。つまり弾薬に限った話をすれば、師団規模では混成して使ってた、というのが最近の説なんでしょうか?なんだかいろんな説が多すぎて頭がクラクラしますね
    園田


  3. >師団規模では混成して使ってた
    「38実包と99実包の混成」との意味なら違います。
    38式と99軽機の混成は通常ではあり得ません。(末期の海没/集成部隊ではあるかも知れません)
    11年式軽機と96軽機の混成の部隊はあります。当然11年式/96式の単一装備の部隊も多いです。

    開戦時侵攻部隊で99式を使用していたのは挺身部隊だけで輸送船の沈没で再装備が必要になった時、南方軍は99実包を補給されて居ない為内地からの補給を要請しています。
    poran


  4. んんっ? えーとつまり三八式小銃と九九式軽機関銃の混載はありえない、ということでしょうか?となると第四師団は三八式小銃を装備していて軽機関銃は九六式軽機関銃を運用した、ということでしょうか?
    園田


  5. 開戦時の装備は三八式小銃と十一年式軽機関銃です。
    poran


  6. なんと十一年式ですか!?あれは開戦前には九六式軽機関銃に交換されたとどこかの雑誌で読んだ覚えがあるのですが、今はまた新説が出たのですか?
    園田



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