ちょっと気になると夜も眠れない。

航空機関係
Ans.Q

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1379 WWIIでは、輸送用の大型グライダーがありましたが、機体の材料は何でしたか?
ちなみにwikipediaによると、英軍で最大のグライダーであるハミルカーは7トンもの貨物を積むことができて、全木製と書いてありましたが、具体的な材質の記載はありませんでした。
1378に引き続く素人質問ですが、よろしくお願いします。
PIAT

  1. 英語版wikipediaには、材質は主にスプルース及び樺の木(birch)と記載されていました。
    超音速


  2. 超音速様 早速回答いただき、ありがとうございます。

    ハミルカーは長さ20m・幅30mもあります。
    その機体に7トンもの荷物を積んで空を飛ぶわけですが、どのような方法で機体(特に翼)の強度を確保したのでしょうか?
    『鳥人間コンテスト』では、飛び立った瞬間に翼が折れるグライダーが多いことから考えました。

    PIAT


  3.  ハミルカーやハリケーンもそうでしょうが、モスキートは樹脂をしみ込ませた合板でできており、木材をそのままで使用しているわけではありません。
     ソ連機の場合は、ここの1361で
    リーン様が回答されておりますが、モスキート 合板 樹脂で検索をかけてみてください。
     
    hush


  4. http://visualoop.com/blog/8693/vintage-infodesign-23(下のほう)

    透視図の画像です。
    見ての通りの構造ですが、全木製ではなく高品位鋼材によって主桁を補強する構造になってるそうです。

    hushさんの言及しているのは樹脂含浸木材(Resin impregnated wood)というものです。ハミルカーに使われているかは知りませんが、モスキートもラヴォチキンも全体がそれでできているわけでなく重要部分にのみ使用され、他は通常の合板と適切に組み合わせて作ります。

    そのほか、スピットファイアやBf109・Fw190が装備する木製プロペラは樹脂含浸木が使われています。
    樹脂含浸木の板を中心として外側にスプルースなどの木材を貼り合わせて作るのです。
    超音速



1378 ホーカー・ハリケーン戦闘機について質問いたします。
ハリケーンの機体の後ろ半分は木骨・布張りでしたが、材料は何でしたか?
モスキートは合板(いわゆるベニヤ板)でできていたそうですが、ハリケーンはオークでも使っていたのでしょうか?
布張りはキャンバスだったと思いますが、ジーンズのような材質だったのでしょうか?

PIAT

  1. 航空機の木骨は軟木を使います。
    ハリケーンの具体的な材質指示は判りませんが、欧米ではスプルースがほとんどでした。
    代用材として、ポプラも使われたそうです。
    http://dlisv03.media.osaka-cu.ac.jp/contents/osakacu/kiyo/111C0000001-108.pdf

    布は羽布と言って、麻や木綿の細い糸で緻密に織った薄い布です。
    この上にドープと言う塗料を塗るので、おそらく布目は見えなかったと思います。

    少なくても今のグライダーに使われている羽布+ドープは、一見樹脂フィルムの様に見えます。
    わんける


  2. わんける 様

    回答ありがとうございます。
    スプルースはマツ科の針葉樹で日本名は『ベイトウヒ』と言い、建築材・造作材・家具・パルプなど様々な用途に使われているそうです。
    ポプラについては、児童書の出版社か並木しか知りませんでしたが、マッチ棒に使われるようです。
    共に柔らかい材質が特徴なので、強度が重要な飛行機に使われているのは意外でした。
    『羽布』という言葉は初耳でしたが、検索すると様々な情報があるので、これから調べてみます。
    どうもありがとうございました。

    PIAT


  3. ハリケーンの胴体構造で強度を担っているのは鋼管トラス構造の内部骨組みです。
    その周りに木製の整形枠をはめ込んで外側に羽布を張っています。
    したがって木製部品は強度には関係ありません。

    ご存じだろうと思いましたが、2.のレスを見てもしかして誤解してるかもと思いましたので、念のため書いておきます。
    超音速


  4. 超音速様  新知識をいただき、ありがとうございます。
    ハリケーンの後部の骨組みは全部木製だと思っていました。

    そもそも、私は飛行機の構造には無知であり、木製飛行機に興味を持ったきっかけは、数十年ぶりにプラモ屋へ行って一番カッコイイ双発機を購入したことです。それが、モスキートで、説明書を読んだところ、機体が木製だと知りました。
    そこで、レン・デイトン『戦闘機』に「ハリケーンの後部は木製」との記載があったのを思い出したので、今回質問させていただきました。

    PIAT


  5. >2
     細かいことを申しますと、スプルースはトウヒ()属の総称です。ベイトウヒ(米唐檜)は、北アメリカ産ですので、ハリケーンに使われたかどうかは疑問です。ですから、ヨーロッパで一般的な、英語でNorway spruceと呼ばれるドイツトウヒ、つまり、ヨーロッパでクリスマス・ツリーに使われる木ではないかと思っております。
     なお、デ・ハヴィランドがモスキートに用いたのは、樺材に軽量のバルサ材を挟み込んだ合板です。
     
    hush


  6. hushさんにさらに細かく補足しますと、モスキートは樺材・バルサ材のほかスプルース材・樹脂含浸木材・金属の金具やボルトも使われ、これらを適切に組み合わせて作ります。
    超音速


  7.  後で考えれば、長年の艦艇建造によりイギリス国内の樹木は払底していたそうですので、カナダから入れたスプルース、つまりベイトウヒを使っていた可能性もありますね。
     また、樺と書いたのも、1379の1で書かれているようにbirchのほうがいいのかもしれません。もっとも、欧州白樺は日本の白樺と近縁種だそうですが。
     あと、1で書かれているように、軟木が使われるのは、曲げやすく、軽いからで、オークのような稠密な木材は堅いですが、折れやすく重いです。
    >6
     フォロー多謝。
     
    hush



1377 現在、イギリスのR 38飛行船について調べています。
その中で、R 38の計画では連装機銃を12機装備するとなっています。
この連装機銃とは、どの銃を指しているのでしょうか?
飛行船

  1. また、銃を装備した飛行船の写真を探してるのですが、
    ゴンドラや船体の上に設置されているという文章は見かけたものの、実際に装備している写真は見つけられませんでした。
    写真を見られるサイト等を紹介して頂けないでしょうか?
    飛行船


  2. https://www.pinterest.jp/pin/532480355928642176/
    https://www.sciencephoto.com/media/870996/view/r31-airship-gun-position
    https://www.reddit.com/r/battlefield_one/comments/6vsl7j/a_german_reargunner_poses_with_his_machine_gun_in/

    R38では有りませんが。
    キーワードを変えて丹念に探すと出てきそうです。
    暇人


  3. 有り難うございます。
    他の事例から、R 38がどのように装備を付ける計画だったのか想像が出来てきました。
    飛行船


  4. 連装機銃は恐らく、ヴィッカース重機関銃でした。
    飛行船


  5. ずばりな所も有りましたね。
    配置の文章+図面が有りました。

    ttp://www.airshipsonline.com/airships/r38/
    暇人


  6. 有り難うございます。
    機銃の配置位置はこの図面から読み取れるのでしょうか?
    飛行船


  7. そのまま見て、前面上部の見張り台?にGUNと有るのを見ました。
    画像を保存されて拡大して見れば他にも確認出来るのでは無いでしょうか。

    タラップ?が有ると思しき場所の上部には見張り台?の様な物が有ります。
    恐らくそこにもGUN表記が有るのでは無いかと思います。

    面倒なので、保存して確認作業まで行っておりません。
    暇人


  8. 本当に有り難うございました。
    飛行船


  9. 船尾に一基、後方のHood?に二基、前方のプラットフォームに一基と1ポンド砲一基、操縦カー?に2基、各エンジンゴンドラに一基ずつで六基だと思われます。
    飛行船



1376 誉関連の開発史などでよく誉開発は栄が実験室で1400馬力運転を達成することができたから〜云々と言った記述を目にします
この1400馬力運転を達成できた栄というのはどのような改造が行われたのですか?
単純に過給機ブースト圧を上げればいける馬力なのでしょうけど栄の許容ブースト圧がが250oHgで誉11型が400oHgとかなり差がありますし栄のシリンダーのままではうまくいきそうにはないように思えるのですが…
また、誉11型から21型で許容ブースト圧がさらに100oHg上昇していますが、これは冷却フィンなどを採用できたおかげなのでしょうか?それともシリンダー自体を再設計したとか…?
リーン

  1. 「栄の『1400馬力』運転」=やっていない。
    「誉の冷却フィン」=当時の空冷発動機の殆どに冷却フィンはある。
    まずはここから。



    BUN


  2. すみません寝ぼけて書き間違えました
    冷却フィンじゃなくて植え込みヒレ式冷却フィンです…
    これを採用したことでシリンダー温度を10℃近く下げれたというのを見たことあるので誉21型が馬力向上できたのはそれが原因なのでしょうか?
    あと栄1400馬力運転やってないっていうのはそもそもそんな計画ないって意味でしょうか…?それとも計画はあったけどやってないって言うことでしょうか…?
    リーン


  3. 誉試作のきっかけどなった栄の1500馬力運転は耐久審査を伴わない実験運転ですから、特別な改造は無かったと推定されます。
    ブーストと回転を上げ100オクタン燃料を使用した実験運転である事が「中島飛行機エンジン史」にあります。

    それはさておき、誉のシリンダーは機械加工で冷却フィンを削り込んだ鋼の筒で、鋳込み式の冷却フィンはありません。鋳込み式の冷却フィンはシリンダーヘッドに用いられています。


    BUN


  4. 100オクタン使用ということは状態的には92オクタン+水エタノール噴射相当ってことですか…栄31型の水エタ噴射の計画値とか考えるとそこまで突拍子もない数値ではない…?
    鋳込み式の冷却フィンってすべての部分がそうだったわけじゃないんですね…勉強になりました
    ところで栄から誉11型にブースト許容圧が上がってますけどこれは結局シリンダーが増えたことが原因でしょうか?


    リーン


  5. オクタン価100の航空揮発油を遣っているからそう書いているので
    水噴射(「水エタ噴射」とは言わない これは酒を飲むことを指した冗談)併用ならばそう書きます。
    勝手な深読みはしないように願います。
    BUN


  6. ノッキングの起こしにくさ的に92オクタン+水エタノールで擬似的に100オクタンとしたって言う風な話をよく見るのですがそれとはまた違うってことですか…?
    無論この2つが別物というのは分かるんですけど馬力的にはどうなのでしょうか…?

    リーン


  7. 100オクタン燃料の国産化見込みが立たなくなったので、その代替策として戦時規格燃料の航空九一揮発油と水を噴射する方式(水が主体でメタノールは氷結防止用に混入)を採用したのです。
    栄の1500馬力運転時には水を噴射する装置はありません。
    BUN



1375 ご機嫌よう御座います。技術的にいって航続距離無限大の航空機は可能でしょうか。かつてそういった計画や構造は存在したのでしょうか。
キャンサードリーム

  1.  NASAが翼面にソーラーパネルを張り付けて、そこから得られる電力でプロペラを回して成層圏を半永久的に飛び続ける無人全翼機を研究してたような記憶があります。・・・もう30年近く前の事だと思います。
    おうる


  2. 屁理屈ですが、気球や飛行船も航空機に含まれるので、悪天候や構造寿命等を無視すれば理屈ではいつまでも飛んでいられそうですね。
    みいつ


  3. 2016年に名古屋に飛来したのでご存知の方も多いと思いますが、ソーラーインパルスというプロジェクトがあります。

    日中に太陽電池で充電しつつ上昇し、夜間はバッテリーの電力と位置エネルギーを使用して飛行、というプロシージャーを繰り返します。

    理論的には半無限の飛行が可能と思いますが、実際は乗員の生理学的限界・天候・機械的信頼性に制限されます。
    超音速


  4. 米軍にはかつて原子力飛行機のプロジェクトがありました。
    陸軍航空隊時代の1946年から構想がありましたが、1951年に空軍・NACA・原子力委員会(AEC)合同の原子力推進航空機(ANP)計画となりました。
    コンベアに実験機X-6の製作、GEに原子力ジェットエンジン開発が発注されました。
    先行してB-36を改造してP-1小型原子炉(1メガワット)を搭載するNB-36Hが作られましたが、原子炉は推進には寄与しないもので、防護シールドの試験を目的としたものです。
    1957年までテスト飛行が続けられました。
    原子炉本体よりずっと重いシールドに遮蔽されてるとはいえ乗員の被ばく量はかなりのもので、原子力ジェットエンジンも放射性物質をまき散らしながら飛行するという現代からみればとんでもないものでした。
    結局当時の技術で原子力ジェットエンジンというのは無理で、実用にはほど遠い状態で計画中止となりました。
    その後も冷戦時代は核ミサイル母機として根強く構想だけは続けられたようです。
    なにせ1960年代には核爆弾を抱えたB-52が常時空中待機しているという核アラート体制が継続していたのですから。
    超音速


  5. 航空機の定義から微妙に外れるかもしれませんが、
    人工衛星は、通信・観測・偵察などの用途で着陸不要の航空機として使われています。
    わんける


  6. ソーラーインパルスはあくまでも記録樹立のためのプロジェクトで、巡航速度70キロ時では輸送機関としては使えません。
    なのでプロジェクトの意義はバッテリー・モーター・インバータなどの電動機技術の進歩を図ることなのでしょう。

    1.で言及されてるのは、2001年にNASAが飛ばした「ヘリオス」という無人航空機のことでしょう。将来的に火星の大気圏で飛ばせる探査機の実現を目指したものだそうです。

    4.で言及した原子力爆撃機というのはつまり空飛ぶ戦略原潜で、敵の先制攻撃で地上の基地が全部やられてしまった時に備え常時空中待機するのです。
    原子力航空機というものが実用化したとしても、飛行中に荷物の積み込みができない以上、輸送機関として利用するのは難しいと思います。

    他の方が例示された気球・飛行船・人工衛星などが質問主さんのイメージに合うものかはわかりませんが、これらも(現代では)主に輸送機関として以外に利用されているものです。
    超音速



1374 震電の機銃についての質問です
確か丸かどこかで読んだのですが、震電には30mmが2門射撃モードと4門モードがあると読んだ記憶があるのですが
この撃ち分けってトリガーが2つあるのですか?それともスイッチで切り替えるのでしょうか?
リーン

  1. 計画要求書補足事項に
    「2.発射把柄ハ瓦斯加減柄ニ装備ス 3.発射切換様式ハ左ノ通リトシ下方二銃ノミ及四銃同時 切換把柄ヲ絞弁把柄頭部ニ附ス」
    とあります。
    電気発射方式ですから引き金を二つ設けるようなことはせずに切換レバーを操作して発射管制器で切り替えれば済みます。
    BUN


  2. ありがとうございます!
    ずっと疑問だったので…
    ちなみにその切り替えレバーって実際に完成した試製震電には装着されてますでしょうか?
    図面とか残ってないのかなぁ…?
    リーン


  3. 計画要求書補足事項は必ずしも実行されるとは限りません。
    発射管制器の切機能は恐らく計画された練習用機銃二挺に関連しての事と思いますが、兵装搭載機は昭和二十年の他機種と同じように同時発射モードのみになっていた可能性も大いにあります。
    BUN


  4. 大変わかりやすくてありがとうございました


    リーン


  5. 追加で質問なのですけど、震電の計画要求書の原本もしくは補足事項が掲載された本ってどこで読めるのでしょうか?
    計画要求書の一部を掲載した書籍はいくつかあるのですけど補足事項まで掲載されたものは見たことがなくて…
    リーン



1373 零戦52型丙についての質問です。
52丙の生産は三菱と中島の双方が行っていたようですが、
写真を見ていると52丙と特定される零戦は
側面の迷彩が中島製の塗りわけパターンになっているものばかりで
尾翼下まで暗緑色になっている三菱製の塗りわけが見つけられませんでした。

もし52丙で三菱製の塗りわけがされている写真をご存知でしたら
掲載されている書籍などを教えていただければ幸いです。
イントレ

  1. 三菱製五二丙型または六二型の写真であれば、
    例えば世界の傑作機第9集に三三二空所属機の写真が掲載されています。

    BUN


  2. BUN様、貴重な情報をご提供いただき有難うございます。
    早速、入手したいと思います。
    イントレ


  3. モロタイ島で連合軍が手に入れた三菱5622号機の写真ならネット上でもたくさん見ることができます。
    塗装をはがした写真ばかりじゃないか、と思われるかもしれませんが、そこだけはもとの塗装が残された胴体後部左側面の製造番号記入欄が全体灰色です。中島式のパターンなら、ここは暗緑色と灰色の二色になるところなんですね。



1372 ハ145についての質問です
以前ここでハ145は時期によっては誉21型を指すことがあるということを知りましたが、丸編集部が出した図解・軍用機シリーズ7の疾風回にてキ44-3型についての説明で
「鍾馗は発動機をハ145(誉10型)あるいはハ45(誉11型)に換装して~」
とありました。ハ145は時期によっては誉10型を指したことあるのでしょうか?
リーン

  1. 航空発動機の場合、「誉一〇型」といった呼称は「誉発動機一一型〜一×型」の総称として使うと決められています。
    ですから質問のもとになっている文章がそもそも間違っています。
    BUN


  2. つまりハ45が誉11型を指すときにハ145は誉12型を指してた時があったということですか?
    リーン


  3. 12型っていうかあったかもしれない13型とかも指してたことがあった可能性があるってことですかね?
    陸軍の命名規則的にハ45の後のはずですし…
    リーン


  4. 違います。残念ながら質問が取り上げている文章が
    頭から間違っているので意味をなしません、というお話です。
    BUN


  5. つまり本を書いた編集の方のミスだったってことですかね…?

    リーン


  6. 編集者ではなく執筆者でしょう。
    情報の乏しかった昔の出版物には
    間違った内容も多いということです。
    BUN


  7. 二次資料を読む時はそういったものにも気をつけないといけないんですね…
    勉強になりました
    リーン


  8. 二次資料だからではありません。
    何を読むときにも同じように気を付ける必要がありますよ。
    BUN


  9. 一次資料でもNK9とMK9の混同とか結構ありますもんね…いい教訓になりました…
    リーン


  10. 自決しました
    世界の傑作機にあったのですね…
    リーン


  11. 自決・・。
    BUN


  12. おぅふ…震電の方の話と間違えました…
    :y=-( ゚д゚)・∵;; ターン
    リーン



1371 (Revi C/12A) は、下ですが、
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Revi_C12-A.jpg
https://www.deutscheluftwaffe.de/wp-content/uploads/2017/03/Fl.52108-1.jpg

そうすると、A型の製造番号(808)の機体では、
風防の下をくぐらせて取り付けている様に見えます。
https://me109.info/display.php?from=site&lang=de&auth=e&name=version_display&fotonummer=5027
https://me109.info/display.php?from=site&lang=de&auth=e&name=version_display&fotonummer=1497

しかし(従来 B-1と間違われていた)A型の(6-15)では、
照準器は(C/12A) に見えますが、
https://www.scalenews.de/wp-content/uploads/2017/05/messerschmitt-bf109b-1-walkaround-038.jpg

風防の前後を見たかぎりでは、前に何もない様です。
http://alternathistory.com/files/users/user4907/Captured%20Me%20109s%2001%2004.jpg
https://www.scalenews.de/wp-content/uploads/2017/05/messerschmitt-bf109b-1-walkaround-009.jpg
https://www.scalenews.de/wp-content/uploads/2017/05/messerschmitt-bf109b-1-walkaround-033.jpg

見つけた画像から推測するのですが
これは(C/12A)のサンフィルターと受け皿を取り去った物を
取り付けたと考えれば良いのでしょうか?

(6-15)の写真のある所。
https://www.scalenews.de/messerschmitt-bf-109-b-archiv-fotos-walkaround/
http://www.moskittech.ru/messerschmitt-bf-109b-1.html

照準器を集めた所。
http://gunsight.jp/b/1/sight-g.htm
https://www.deutscheluftwaffe.de/beobachtungsgeraete
http://www.deutscheluftwaffe.com/instrumente/katalog/revi/revi.htm

他に情報をご存知の方、ご教示ください。お願いします。
(本とかサイト等)
百九

  1. 画像は照準器を取り付けたものと取り付けていないものの思われます
    そこから照準器を分割して取り付けたのではないかとの質問の趣旨がわかりません
    たしかにRevi C/12Aの図からは画像2、3はフィルタ部が離れすぎてると思われますが
    照準器のリストにも予備照門がアームで離れた位置にセットされているのもありますので
    単純にC/12Aのヴァージョン違い、別機種と考えた方が自然と思います
    Tu


  2. Tu さん、ご指摘有難うございます。

    109B のマニュアル (pdf) を見て下さい。
    https://ww2aircraft.net/forum/attachments/bf-109b-pdf.89202/

    #43 に (C/12B)
    #44 に (C/12C)
    #72 に (C/12B と C/12C) が有ります。

    私の推測ですが、(Werk-Nr 808) には (C/12A) を強引に取り付け
    (6-15) には風防内に収まる様に (C/12A) のサンフィルターを
    取り去ったものを取り付けたのではないでしょうか。
    そして、Bf109B の為にそれを標準化したのが (C/12B) ではと考えています。
    <私の検索では (C/12B) については他に見つけられませんでした>

    そしてサンフィルターは必要だそうですから、
    風防内に収まる様に考えられたのが (C/12C) では無いでしょうか。
    更に #43 では風防正面に (Vorbau → ポーチ、巾着) と呼ぶ
    出っ張りが作られています。

    風防正面の出っ張りが判ります。
    http://www.asisbiz.com/il2/Bf-109D/Messerschmitt-Bf-109/pages/Messerschmitt-Bf-109B2-J88-Spain-1938-01.htm

    他に下で (Revi C/12A) の指摘があります。
    http://forum.12oclockhigh.net/archive/index.php?t-3421.html

    予備照門は Ju87 の急降下爆撃用のものの事でしょうか?
    百九



1370 いわゆるキ44-III型はいつ頃完成して、そして何機生産されたのでしょうか?
多くの市販本では昭和18年6月に完成して、少数生産、もしくは1機のみ生産とあります(1機はおそらく吉沢准尉の航空情報でのインタビューがソース?)
しかし審査部の木村航技少佐の残した資料ですとまるで違うようなことが書かれています

17年11月16日の記録ではキ44III型の生産予定員数は5機で、3号機は11月中旬完成予定、53号機?54号機?はどちらも17-12上旬に完成予定とありました。
そして17年11月19日の記録ではキ44III型は来月上旬(17-12?)に飛行可能と書かれてて、武装は胴体は13oだが、主翼武装は13oを止めるかどうか至急決定ノコトと書かれて、11月20日には駒村少将武装は13o×4と言っていたそうで
17年12月5日でもなおキ44-3は5機と記載され、完成予定が3号機は17-11上・中・下、12月中下に53、54号機とありました
年明けの18年1月23日P882のB-17対策会議の記録では駒村少将がキ44-3は初期目的達セリ、Vi 10km/h低下、Vmax 5km/h低下とあり、
3型についての最後の記述が18年3月16日で審査予定に関しての話で、キ44-3は3月審査予定となってます

17年12月に入っても3号機の完成時期が訂正されてなくて、しかも審査も18年3月と疾風試作一号機とほぼ同時期ということは本当に11月中に出来上がった可能性があるのでしょうか…?
一般の18年6月説がたとえ審査開始の時期だったとしても3か月以上も食い違ってたのでどちらかが間違いなのだと思うんですけどどちらなのでしょうか…
それともキ84無印とキ84-I型甲が別であるようにナンバリングが振り直されたのでしょうか?
確かに一般に言われてる3型の武装と木村少佐の手記の武装とは異なってますけど…
リーン

  1. 資料を見ていない私がコメントするべきではないのでしょうが、
    キ44-IIIは計画の早い時期にキ-84に発展したので概略しか存在しないとしか思えません。
    開発が同じ時期で、発動機も同じ誉系のは145ですから。
    いま我々がキ-84としている機体を何らかの理由で「キ44-III」と呼称してる可能性はないですか?
    にも。


  2. ハ145のテストベッドに供されたキ44或いはキ84を「キ44-III」と呼称してる可能性は…
    にも。


  3. .1368でBUN氏がそう書いてました>1.
    にも。


  4. 自分もそのAnsQ読んだんですけど、どうも審査部の資料や戦後の復員局、海外の資料、53年年に発売された酣燈社の『日本軍用機の全貌』、そして秋本実さんの著書を読むと少なくとも試作されていたことは確かなようなのですね
    疾風の試作1号機の19u翼の構造がキ44-3型と近かったという話もありますし、実際に中島飛行機のテストパイロットをなさっていた吉澤准尉も3型の試験を行っていたと証言してるんですよね
    秋本実さんは3型の完成時期は疾風試作1号機より3ヶ月遅い昭和18年6月としていて、これが現在の主流の説ですけど
    上でも書いたように審査部の木村昇航技少佐の手記だと17年11月下旬にはすでに3号機が完成していたらしく…
    さらに17年12月30日の審査部連絡にてホ301装備を催促するときに3型ノ2号機などホ301テスト機として2機のキ44が欲しいとあって
    年明け18-1-4のB-17対策会議ではホ301テスト機について触れており、「試作2機、一機ハ3型ヲ流用ス、2機ノ改修後審査番号ヲ知ラセ、生産機及改修機ノ時期ヲ報告セヨ(4月ノ予定ナリ)」とあり
    そして18-1-13の部長会報ではキ44-IIホ301の図面完成は1月末、部品3月10? (ホ301テスト機の)1号機(3型改)3-20、重量=2820kg、2号機(整備中)3-末 とあるんですね
    実在したのは確かなんだと思うんですけどなぜこの話が今存在してる説と違うのかが気になって…
    リーン


  5. 若しキ44-IIIが存在するなら
    1.キ84が失敗した時のバックアップ
    2.(発動機であれ兵装であれ)装備のテストベッド
    のふたつ位しか存在理由がありませんからね…
    にも。


  6. まあ疾風が思いのほかよかったからテストベッドに回したって説が1番しっくりするんですけどね
    プラン自体は疾風よりも半年以上も早くから存在してたんで…海外の本だと陸軍工廠で川崎が開発したホ5用のプロペラ同調装置のテストに使った、なんて話もあるみたいですからねぇ…
    川崎が同調装置を完成させたのが18年4月ですからこの同調装置を搭載した3型が6月に完成したっていうなら十分ありえますし…

    リーン


  7. 航技研が開戦前に「キ84」とする、と決議している「キ44 III」と二式戦闘機三型とは別の飛行機ですよ。
    BUN


  8. え?そうなのですか!?
    17年11月19日のメモではキ44-3の試作機来月には飛行可能とあってそのあとにキ44-3をキ84に置キ換ヘタリとあったので同じものを指していたのだと思ったんですけど…
    もしかして野沢正さんが著書の「日本航空機総集 第5巻中島編」で、「はじめは、二式1450HP単排気を装備したものもあり〜」のハ109装備個体のことなのでしょうか?
    だとするとメモにあったキ44ペ32装備、ハ45空中試験機ってのが3型のことなのかなぁ…?
    リーン


  9. 文字化けしてる…
    日本航空機総集 第5巻中島編の「はじめは、二式1450HP単排気を装備したものもあり〜」
    リーン


  10. はい、別の飛行機です。
    古い解説はそこを混同しています。
    BUN


  11. そういう事だったのですか…
    ではこの3型っというのはどのような機体だったのですか?
    木村少佐の資料にはホ301のテストにつかったとしかなかったので…
    リーン



1369 第二次世界大戦中の戦闘機や爆撃機や攻撃機などの飛行について聞きたいのですが、当時の操縦において計器のみを見て飛行することはあったのでしょうか?
海軍兵

  1.  門外漢ですから、間違っているかもしれませんが、当時は、夜間戦闘機や夜間爆撃というものがあったのですから、計器飛行をしていたはずです。
     日本の場合、レーダーが未発達の部分があって、特に航空機搭載用のそれはあまり役立たなかったようですが、アメリカの場合は、エンタープライズが夜間戦闘機専用とされたぐらいで、かなり計器飛行を行っているはずです。
     また、戦争末期になると、アメリカの艦艇は、日本と違って電波封鎖をしていませんので、誘導電波に乗って帰投というのも通常のことになります。
     もっとも、誘導兵器が未発達ですから、排気管の炎を見てとか、サーチライトに照らし出されたのを攻撃するということにはなりますが。
     なお、発着時には有視界飛行となりますが、これは現在においても一緒だろうと思います。
     
    hush


  2. あります。例えば日本海軍の中間練習機には操縦者の視界を全く奪う、計器飛行用の覆い幕が用意されています。
    BUN


  3. 質問の計器飛行が離着陸を含むと解釈して回答します。

    現代でも利用されている計器着陸システム(ILS)は1930年代末には民間航空ですでに実用化されており、米国などでは主要な空港で使えるようになっていました。

    軍用機での導入は大戦末期あたりで、B-29やB-17GにILSが装備されてます。
    超音速


  4. 1935年初飛行のMiles Nighthawk が完全計器飛行可能(を謳った)機体の嚆矢(のひとつ)かと思います。
    おそらく客席部分で切断され、後から操縦席を覗きこめる形態で1936年のヘンドン航空ショウにおそらく出品されています。不鮮明なのですが、ふたりの人物とともに写っている写真があります。飛行可能でなかったことが、出品機リストにない理由と推測しています。またこの胴体と翼が完成機としてカウントされたことがあるのかは不明です。
    ウラを取りたくて英空軍広報に問い合わせましたが詳細不明との回答、Miles社がどこかに含まれているはずのBAEシステムズからき回答を得られませんでしたので、 確実ではありませんが。

    スピット、ハリケーンのお披露目と同じ時点で、完全計器飛行は相当な新規性があったとすれば、第二次世界大戦中をひとくくりにするのは難しいと思われます。


  5. 英独でもランカスターやHe219などにILSが装備されてました。


    各種の計器航法システム(IFR)は戦時中夜間爆撃と迎撃に激しい戦いをした英独で発達してきました。
    多彩な方式があってざっくばらんにしか書けないのですが、
    ・地上の無線局(艦船含む)からの電波を受信する方式。これは敵に妨害・欺瞞されることがある。
    ・自機から電波を発信して地上側で受信し、方位を教えてもらう方式。これは一度に多数機が来ると順番待ちとなる。
    ・地上のレーダーに誘導してもらう方式。順番待ちの欠点は上と一緒。IFFが必要。
    ・機上レーダーで地形を確認したり母艦を探したりする方式。広い洋上で何も見えないときは他の方式と組み合わせる。

    戦後もGPSのなかった時代から現在まで、戦前〜戦時中に完成した計器航法システムが利用され続けてきたのです。
    超音速



1368 疾風試作一号機の主翼武装について質問なのですが、2017年1月号の丸の飛燕特集の時に試作一号機の19u翼には20oホ5は搭載できなかったという記述がありました。
しかしながら昭和16年10月の富田技師によって作成された次期飛行機試作状況なる表の中ではすでに後に鍾馗III型と計画統合されるキ63の要求の時点で主翼にホ5を搭載することが要求されており、昭和17年の航技報に記載された重戦研究計画においても次期主力戦闘機は胴体には13o機関砲2門、主翼には20o機関砲2門搭載してエンジンはハ145(時期的に誉21型のこと?)とすることを中島に要求していました。
このように事あるごとに次世代機に20oクラスを搭載することを要求してきて、中島もそれに答えられるように設計をしていたのでしょうが、実際に疾風試作一号機で主翼に20oクラスを搭載できない設計だったのはあり得るのでしょうか…?
疾風の19u翼は新規開発ではなく鍾馗III型の19u翼の設計からの流用だったという話もありますし、その鍾馗III型は武装がキ63時代から20oクラスを搭載することを求められて、実際に甲では20o4門と言われてますから設計上では搭載できると個人的に思うんですけど…
それとも鍾馗III型も20o搭載できなかったのでしょうか?一応第一復員局が1947年に作成した陸軍航空技術沿革史では鍾馗III型の武装がホ103×4となってますが、これもにわかには信じがたいと言いますか…
リーン

  1. 仰る通り、キ44IIIにはホ五はできなかったのではないかと推測しています。
    基礎要項を策定した時期にはホ五は完成していないため、艤装上の問題が見えていなかったので、実際に武装を搭載する主翼は拡大されたと考えています。
    そのためにキ84は一号機のみが旧主翼で組み立てられ、続く二号機ですぐに拡大主翼へと変更され、もともとこの形で量産する計画の無い一号機は「キ84」と呼ばれ、拡大主翼を装備した二号機以降が「キ84 I」即ちキ84一型と呼ばれているという解釈です。
    初めて航空本部主導で試作されたホ五の開発経緯と、一号機のみに取り付けられた小面積主翼、そして初飛行が行われる前の段階で既に量産を意識していないと考えられる一号機と二号機の名称の違い、といった要素を説明するには今のところそれしかないと思っています。
    性能低下をしのんで主翼面積を拡大した例はキ61 IIにも見られますが、これもホ五を主翼内に収めるための面積拡大であることが確認できます。
    BUN


  2. 返答ありがとうございます
    疾風開発中にホ5が出来上がったので設計変更が間に合わなかったから試作一号機には搭載のための設計変更をやらなかったということですか…
    しかし中島はバルジ式を採用したりしてなかったのですか?
    確かに中島はガンポッド式やバルジを好まなかったそうですけど、疾風102号機の丙型30mm搭載の写真だと空薬莢受け以外にもちょっとモッコリしたバルジのようなものが見受けられるんですけど、これを試作一号機にやったということは無いでしょうか?

    それと鍾馗3型の方ですけど、昭和46年に元第一陸軍航空技術研究所の科長であった安藤技師が作成した資料ですとキ44三型は武装が20mm2門37mm2門っていう乙型相当の武装になってるんですね
    携わっていたであろう方が鍾馗と屠龍を混同したとは考えにくいですし、そうなると鍾馗はホ5よりも嵩張るホ203を搭載してたことになりそうなんですがこれは一体…横に倒したら入るという話もあるそうですが…
    (海外の資料だと何故か主翼にホ5が搭載できなかったからマウザーを搭載して試験したということになってた…)
    リーン


  3. バルジについて
    これから試作機を製作するのになぜいたずらに抵抗増大、速度低下を招くバルジを設けるのか、落ち着いて考えてみてください。主翼を再設計した方が遥かに合理的です。

    それから「日本陸軍機の計画物語」は貴重な情報が沢山収録されていますが、それ故に気を付けなければならない点があります。
    陸軍航空技術研究所で安藤重雄さんが担っていた仕事は基礎計画の策定ですが、これは「できる」ことを示しているのではなく「やりたい」ことを概略でまとめてその裏付けを推算しているので、海軍で言えば「性能標準」に似た雰囲気がありますが、もっと仮想に近い性格を持っています。

    例えばこの本の中に昭和16年8月26日「研究機主要諸元一覧表」が掲載されていますが、ここの重戦案には発動機がハ45であるにもかかわらず、武装はホ五をモーターカノンとしてプロペラ軸内発射としています。
    発動機とプロペラの現状では明らかに「できる」訳が無い話です。

    それが基礎計画というもので、実際に製作できるかどうかを置いて、まず「やりたい」ことに向けて基礎的な計算をしています。
    必ずしもここに書かれている事に基づいて実機の設計が行われているのではなく、「やりたい」ことの上限が示されているので、そうした意味で貴重であっても、これで試作機の細かい仕様が決まっている訳ではありません。
    けれどもこの重戦案を見ても、20oの翼内装備を考え始めたのは16年秋以降なんだな、と推測できるので重宝するのです。

    この本には試作がいつ、どのように進捗したのか、まったく触れていません。
    それはそうした内容の資料ではなく、安藤重雄さんが伝えたかったテーマから外れるからですが、キ44IIIをキ84とするとの決議は16年12月27日に行われていて、キ84としての中島への内示は12月29日に下されています。
    ということはそれ以前にキ44IIIの研究は中島に伝えられている事を示しています。
    翼内へのホ五装備は16年の9月から12月までの間の何処かの時点で決まっていると考えられます。19uの主翼はそうした曖昧な時期に基礎設計が行われていたものと考えられるのです。キ84の一号機はそうした意味で旧キ44第二次性能向上機のとキ84の中間的な存在となっているのでしょう。

    それがこの本に収録されている資料をちゃんと読むにはそれを補完する資料が必要になって来るという厄介な部分です。
    これから先にもまだまだ楽しいことが残っている、ということですね。
    BUN


  4. あ、いえ、試作一号機にバルジ云々は設計段階のことではなくて、陸軍から変換されたあとに中島でテストする時のこと言ってました。
    紛らわしくて申し訳ありません…
    自分が聞いた話ですと試作一号機は完成後に陸軍に引き渡したあと、中島で別のテストをするために返還されて
    その際に武装した可能性がある。そしてその武装構成は甲型とも異なるものだったっていう話なんですね
    疾風の丙型の試作機では小さいながらもバルジがあったのでもしかしたら…と思った限りです。

    あと疾風の話から逸れるんですけど、鍾馗3型がホ5用のプロペラ同調装置のテストヘッドにされたという話は事実でしょうか?
    海外の資料ですと、18年4月に川崎がホ5用同調装置の開発に成功して5月に陸軍に対して説明会を行ったあとに陸軍から中島に対してこのプロペラ同調装置のテストを命じられて、7月に中島がこの説明会を受けたあとに鍾馗3型をこのテストに使い、その試験データが疾風乙型に活かされたとあるんです。
    二宮さんの回顧でもこの説明会について触れてあったので戯れ言と切り捨てようにも妙にしっくり来てしまって…
    リーン



1367 一二試艦上戦闘機で要求兵装が20ミリだったのになぜか対爆撃機用の一三試局地戦闘機で13ミリに変わり、一四試局地戦闘機では20ミリに戻っています。
 これはどういう理由でしょうか?
ioj

  1. 昭和十三年の航空機種及び性能標準案(昭和十三年九月三十日 横須賀海軍航空隊司令より軍令部次長宛のもの)が13ミリ機銃の研究を求めているからです。20o機銃は既に完成品のあるものを輸入している訳ですが、この13ミリはこれから開発しようというものです。
    昭和十四年の性能標準で局地戦闘機が20oとなっているのはMG151をHe100と共に購入する計画があるからで、この時点では新局地戦闘機の発動機は液冷却で行く構想なのです。

    そして性能標準はその時に構想された将来の機種の大まかな性能をまとめたものですから、「十三」試局地戦闘機というものはありませんし、十四年の性能標準案も「十四」試局地戦闘機の要求性能ではありません。
    BUN



1366 最近いくつかの写真を拾いまして、気に成った事の内の一つですが。
http://www.asisbiz.com/il2/Bf-109D/Messerschmitt-Bf-109/pages/Messerschmitt-Bf-109B-03.html

主翼付け根付近にあるのは、潤滑油の三角マークと思うのですが、
この機体は何なのでしょうか。
ご存知の方ご教示ください、お願いします。
百九

  1. 門外漢で有りますが・・・。
    Bf 109B 03 と記載が有りますが違うのでしょうか?
    B型の試作3版機かと思いますが。

    画像を拾ったと思しきサイトにはB01〜03まで画像が載せられています。

    暇人


  2. ご指摘有難う御座います。
    アンテナワイヤーが3本なのと、確実では無いですが
    照準器がうまく納まっている様に見えるのは
    B 初期型の特徴だと思いますが
    主翼にオイルタンクがある事がもやもやしています。

    貴方が見られた内で(B 02) は、スラットが短い事から
    B 後期型と思います。
    (B 01) は、アンテナと木製プロペラから B 初期型と思います。

    ここで、V 機の一覧がありまして、
    http://www.klueser.eu/Me109.php

    (V4,V6,V7)が B 型の原型とされています。
    (V4,V6)はスペインに送られていますから、それ以外で
    思いつける事は、B 量産型(初期型)とゆう事でしょうか、
    (01,02,03)は、(asisbiz.com)が便宜上つけた数字と
    考えれば判らなくもありません。
    百九


  3. 百九 さん

    これは失礼しました。
    どの様な理由で疑っておられるのか、興味が有った次第でした。
    暇人


  4. 暇人さん
    刺激が有ると考えが広がる様で助かります。有難う御座います。

    今すこし纏まってきたのは、同じサイトですが、
    説明では、スペインの(B-2)と有りますが、
    兵士の格好から、ドイツ本国に配備された(B 初期型)だと思います。
    http://www.asisbiz.com/il2/Bf-109D/Messerschmitt-Bf-109/pages/Messerschmitt-Bf-109B2-J88-Spain-1938-01.html

    画像をダウンロードして少し拡大すると判り易いかも知れませんが、
    風防を見て下さい。この出っ張りは(BF109-B)のマニュアル(PDF)で、
    #43 で (Vorbau → ポーチ、巾着)と成っています。
    又照準器は(C/12B)に成っています。
    #72 では、上が(C/12B)で下が(C/12C)に成っています。

    <109B その他のマニュアル>下でダウンロード出来ます。
    https://ww2aircraft.net/forum/threads/new-bf-109-manuals-thread.17837/

    この事を言及した所は見つかっていません。
    色々探しています。
    百九



1365 航空機関砲のホ-203についてお聞きしたいのですが、ホ-203の使用弾薬と榴弾の炸薬量についてご教授頂けないでしょうか?
みかん段ボール

  1. ttp://www.warbirds.jp/kakuki/sanko/kakbuso.htm
    ttp://gunsight.jp/b/1/ja-gun.htm
    ttp://pwencycl.kgbudge.com/J/a/Japanese_37mm_Ho-203_gun.htm
    ttp://www.airwar.ru/weapon/guns/ho203.html

    ロシアのサイトが詳しそうですね。
    暇人



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