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443  知り合いの小説家から聞かれて、答えられなくて難渋したんですが、
1936年頃の日本の駐独陸軍武官事務所の所在地って、どなたか分かりますでしょうか。
便利少尉

  1. 駐独日本大使館と同様、ベルリン市内だと思います。もう少し後の大島駐独大使の頃、日本の武官はベルリンの大使館で外交官と一緒に勤務していたようだし。ただ、当時の日本大使館の建物内にあったのではないかとも思うのだが・・?
    アリエフ

  2.  その小説家によれば、ベルリンまではほぼ間違いないのだが、どうやら駐在武官事務所と大使館とは別のところにあったらしいとのこと。
    そう言われてこちらも面食らったのですが、彼としてはベルリンの何とか街くらいまでの住所が知りたいらしい。
    参考になりそうな資料の心当たりもなく、みなさまにお知恵を拝借した次第です。

    便利少尉

  3. 本件に関しては、私も以前どこかでベルリンの日本大使館と陸軍武官府は別々の場所
    云々という記述をどこかで読んだような記憶があるのですが、それが何であったか思
    い出せませんし、それに住所まで書いてあったかも分かりません。

    ただ、何か手がかりが載っていそうなものを漁っていたら、次のようなものを見つけ
    ました。

    有末精三「第一次三国同盟うら話」(丸 戦争と人物10「秘められた戦記」)が、記す
    ところによりますと「ノイレンドルフ広場二番地の武官室は、元ユダヤ人金持ちの所
    有だったらしく、地価二階、地上四階の豪壮な独立家屋であった。武官以下陸軍将校
    だけでも二十数名をかぞえ、一大大使館の様相を思わせる豪壮さであった。」とありま
    す。

    この文章では、特に日本大使館と陸軍武官の場所が同じだとか別だとか言っていないの
    ですが、文脈上おそらく上記は「陸軍武官室」であり、また大使館とは別であったと見
    なせるものです。

    これらの話は、昭和11年11月25日ころなので、一応質問の意図には合致しますが、
    有末は当時イタリヤ駐在武官であり、たまたまベルリンに出張した際の記述であります
    ので、上記の場所に関して本当にそうだったかに関しては、確度の面にやや危惧があり、
    何らかの別の資料によって再度調べるべきだと考えます。

    今泉 淳

  4. はじめまして。普段ROMの者です。
    小説ということで申し訳ないのですが(汗)、帚木蓬生著「ヒトラーの防具」
    (新潮文庫、上下巻)が1938年時のベルリン駐在武官補佐が主人公でして、
    その中の記述に「アホルン街の袋小路にある日本大使館」、そして
    「ノーレンドルフ広場をはさんで真向かいが陸軍武官事務所になっていたが」
    とあります。参考文献等あげられていないようで、ウラがとれませんが
    御参考までに。
    MB

  5.  今泉さん、MBさん、ありがとうございました。彼に伝えておきます。
    しかしどんな話になるのやら。あまりここの皆さんの嗜好に叶った小説とは思えませんが。
    便利少尉

  6. 在独武官室の住所は恐らく、
    Berlin W.7 Graf spee strasse 2 ではないかと思います。
    在独武官室宛のドイツ三菱商事会社の便箋複数にその住所が確認できます。
    ちなみにMitsubishi Shoji Kaisya G.m.b.hは
    Berlin W.9 Hermann Goring strasse 6 にあり
    グラフ・シュペー通りからヘルマン・ゲーリング通りへ手紙を書いていたのですね。
    BUN


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